In Circles_1
アスを見送ったのち、玄関へ通されると、立ったまま老人が口を開いた。
「申し遅れましたが、儂はチト。して、お前さん達はあの子の何を知りたいのかね?」
「はい、実は彼らからこのような依頼を受けまして――」
俺は早速ギルドの依頼書を鞄から取り出し手渡した。
ー 最近どういうわけか、僕と兄は入れ替わってしまいます。
何故このようなことが起きているのか、調査し元に戻していただける方、心よりお待ちしています。 ー
「…………。」
どうやらなにか思うところがあるらしい。
チトさんはそれに目を通すと、少し考える様に目を閉じて静かになる。
そんな様子を見て、もしかするとチトさんなら俺の感じていた違和感の正体を解明してくれるのではないだろうかと、そう思った。
「お疲れのところ悪いのだが、あの子が戻る前に一つ見せておきたいものがあるでの。こっちへ来てくだされ。」
「え、はぁ……。わかりました。」
しかし何の脈絡もなく、ただ静かに通された部屋の扉は、幾重もの厳つい錠前がかけられていた。
なにかを封印しているかのような、重苦しく異様な光景。
それは少なくとも一般家庭に当たり前のように存在していい雰囲気ではなかったと思う。
「え」
これ――中に、なにが……。
その重苦しい封印の扉を前に、僅かに不安と恐怖で鼓動が早くなるのを感じた。
けれどそんな俺に反して、チトさんは慣れた様子で一つずつ丁寧に鍵の錠を解いていく。
この時俺はすでに、この空間の「何か」がおかしい――そう感じていた。
「お待たせしましたな。それでは中へ。」
ギィッ――と異様な金属音が軋み、嫌に耳をつんざく。
その冷たい扉がいよいよ開かれ、中へ通されて真っ先に目に飛び込んで来たものに、遂に俺たちは言葉を失った。
四角い部屋、ベッド、白い掛布団、そして眠る――双子。
そこには確かにあの双子が眠っていた。まるで死んだように――
「…………。」
チトさんに続いて、恐る恐るベッドのそばまで近づく。
安らかな寝顔、やはりあの双子だ。けれどよくみると右目の下に黒印がない。
しかしその代わりに、左目の下には星形の痣があった。
これは奇跡をもっている証だ――
「これ……。」
「これが、弟のナツ。かれこれ5年はこのままでの。」
チトさんの言葉を聞いた俺はその信じがたい光景に唖然としていたが、けれどふと、あるものに意識を吸い寄せられた。
本当に、何の変哲もない部屋だ。
そしてこの少年が眠っているその脇に小さなテーブルがある。
そこに写真立てがあった。
写真に映るのは、真っ赤な灯台の印象的な海岸。
そこに20代前半くらいのカップルが立っている。
短めの赤毛の綺麗な女性――はて……。どこかで、見覚えのあるような……。
そしてよく見ると、男性の方はこの老人の面影がある気がした。
もしかしてこの男性、若いころのチトさんだろうか……。
だとしたら、隣の綺麗な女性は――
「あまり時間もないのでの、呆気に取られているところすまないが、アスが戻る前に話がしたい。
なにしろアスはこの子が生きてることを知らんのでな。」
「はい……。あの実は、気になることがありまして……。少しだけ、彼に触れてもいいですか?」
「構わんが、無理に起こそうとしても無駄だぞ。儂は先に出ておるでの。」
少し冷たくそう言うと、チトさんは何かを諦めた様に双子に背を向け部屋の外へ歩き出した。
ー アス、一緒に帰ろう……。 ー
俺は死んだように眠る少年の顔に触れ、その想いを聞いた。
この少年が――本当に、ナツなんだ……。
アスの本当の弟、それは今このベッドで安らかな眠りについている。
じゃぁ俺達が今まで話ていたナツは――
ナツは、兄は不慮の事故で亡くなった。
確かにそう言っていた。けど――
…………。
ダメだ……。混乱して考えが纏まらない……。
ふとファラと目が合う、心配そうに眉をひそめていた。
「しー君……。」
「さぁ、お前さんたちも早く出ておくれ。」
その後急かされるように部屋を追い出され、チトさんは再び扉を硬く封印し、俺達は無言でリビングに移動した。
重苦しい空気の中、テーブル越しに向かい合う形で椅子に座り、いまだ動揺を隠せずにいる俺達に、遂にチトさんがポツリと呟く。
「さて……。それじゃぁ、始めようか。」




