Monochrome_1
「ふ~ん、元に戻してほしい、なんて変わった依頼ね。」
「あぁ、依頼主は双子らしいんだけど。」
ライラと母親の一件からひと月、しばらくぶりにギルドを訪れた。
というのも、恥ずかしながら特に金銭に困らずにいたからだ。
初仕事の報酬はなんと本来の十倍、20万レラほど。
ウタさんの話では――
「本来なら母親の捜索、子供の預け先や心のケア、害獣討伐の手配――と全て私の管轄だった。
あれだけの重労働を僅か数日でこなしたお前たちに、無報酬と言う訳にはいかないだろ。
何しろ今はペニーワイズの再来だったりと、他の書類で手いっぱいだったからな。
今回は本当に助かったぞ、ありがとうな。」
ということらしい。
……。まぁ、ペニーワイズなんて、きっとどこにもいないんだけどね。
そんなわけで、しばらく働かなくてもいい、ただのそれだけで気が楽になった。
ファラの母親探しという名目で旅を始めたが、実際にはこの問題児の御守りで手いっぱいだった。
さらに初任務からなかなか壮絶だったこともあり、俺も少し気を休めたかった。
そこで俺達は一人部屋素泊まり一泊3000レラの安宿をひと月ほど借りて、呆れた事に旅を始めて一週間足らずで早速休暇を取っていたというわけだ。
ボーラさんの家に居た頃と比べると、ベッドは幾らか大きくなった。
そして如何せん素泊まりな為、食事は常にファラ任せ。
実は一度「たまには俺の手作りでファラに美味い物を食わせてやろう」と思い、日本での記憶を頼りに腕によりをかけてチャーハンを作ったのだが――
「ごめん、しー君……。コレ、ベチャベチャ……。美味しくない……。」
あろうことかあのファラがわずか一口でやめて、静かにスプーンを置いてしまった。
「あと、なんか、にがい……。」
そのファラの表情はなんだかとっても寂しげだった。
あのピーナッツ虫を食べた時でさえ、もっといい顔していた気がする。
そんなわけで俺はその後料理の道を一切断ったのだ。
しかし何もせずボーっと過ごしていると、流石に暇にもなる。
時折恩返しとしてボーラさんの屋台を手伝いながら、お客さんや街のヒトビトから情報収集を試みた。
けれどもこれだけあちこちからヒトが集まるケズバロンで、手掛かりらしいものは今のところ全くない。
正直これ程まで魔女や前世の記憶についての情報を得られないとは思っていなかった。
そこで久しぶりにギルドに顔を出したというわけだ。
手掛かりと言うほどではないが、リンネの業苦で悩んでいるというその双子の依頼者は「最近、お互いが入れ替わってしまう」という。
どっかで聞いたことのあるような安い設定だが、手掛かりが何もない以上、戦線復帰も兼ねて仕事を引き受けてみようと思った。
なにしろ他の依頼ときたら、ゴミ拾いだとかペットの散歩、挙句チラシ配りといった慈善活動ばかりで、こういっては何だが、まったく実りがなさそうだった。
「基本的にここらは平和だからな、前回のように危害を加える獣の出現もほとんどない。
大概は黒印持ちや、街のヒトビトのお世話やお手伝いがほとんどだよ。
ここが閑散としているのもその為だ。だからといって書類の後始末をすべて私に押し付けるのはどうかと思うがな。」
そういうとウタさんは面倒くさそうにタバコをふかした。
そういえばなんでウタさんはこんな不遇な扱いを受けているのだろう。
毎度の事とはいえ、流石にこの書類の山を一人に任せるのはイジメに近い。
「あの、ウタさんて書類の後始末ばかりしてますけど、任務に出向くことはないんですか?」
「ん?? あぁ、昔ちょっと任務でやらかしてな……。
事態はどうにか収めたが、その関係で今はここにクギ付けにされてんだ。」
そう言うとなにやら極まりが悪そうに目を逸らし、煙草の灰をトントンっと落とした。
何したんだこのヒト……。パワハラか?
「んで、その双子は街からダバで2時間程度のところに住んでいる。
森を抜けた先には村もあるからな、宿をそこで取るのが良いかもしれん。
前回と同様、おかしな事があれば報告を優先してくれ。」
ウタさんから簡単な情報と目的地の記された地図を受け取り、俺達はさっそく街を出発。
しかし入れ替わってしまう業苦とは、それはそれで苦労しそうだ。
果たして力になれるかは解らないが、ひとまず会って話を聞いてみようと思った。
「えっと、この地図……。んー……、わかりづれぇ……。」
ケズバロンを出発して、森を抜けた先から道が解らなくなった。
ウタさんから周辺の地図をもらったのだが、完全にウタさん監修&製作の手書きだった。
「これがケズバロン…アニーク樹海がココ……。あれ、おかしいな、ケズデットの位置が合わない気がする……。
俺たちこのまま行くとケズデットに着いちゃうぞ……。」
「え? どうしてそうなるの……? ちょっと貸して! あ、ほんとだ……。
……ねぇ、もしかしてアタシたち、迷ってる?」
あ~らら、はやくも出端をくじかれた。
迷いに迷い、出発から4時間が経過していた。
周囲には何もない。
まぁ、最悪ダバの足跡をたどれば戻ることは出来る……。
もしそうなったらウタさんにはまず絵心教室に通ってもらおう。
「ファラ、ひとまずお昼にしようか……。」
「そうね……。ダー君も疲れてるし、アタシももうお腹ペコペコ……。」
ダバから降りてファラは昼食の用意を進める。
周囲を見渡す。
ほんとーうに、何もない。
もしかして全く見当違いのところに来てしまったんじゃないだろうか。
まだ日も高いし、焦りはしないが気疲れというのはしっかり感じていた。
「ん~やっぱおいしいわね~。」
自画自賛、自分の手料理を子供のように頬張るファラ。
相変わらず具は肉だけだった。魚介はどうした魚介は!!
「はい、ダー君。あ~ん。」
ダバはデレデレとファラにくっつき、嬉しそうにハンバーガーを食べている。
そんな様子を見守りながら食事をとっていると、遠くにダバ影があることに気付いた。
「あれ……。こっちにくる……?」
それはどうやらこちらに向かって来ているようだ。




