Liar_4
数日後、メノさんと荒くれ者たちの蔓延る酒場、マッシュルームヘッドで会った時に聞いた話。
「ライラと言う名前、気になって少し調べてみたんだが『神聖な夜』という意味があるらしい。
それからヒト世界には『嘘つき』という言葉があるそうだな。」
「あぁ…多分それ英語の『ライ』ですね。でもこの場合『ライアー』かな? あ……。」
「あぁそうだ。『ライアー』これには何か因縁めいたものを感じた。
だからどうという話でもないのだが、ライラの母親はあの娘を通して、自分の罪と向き合い、本当の姿を取り戻そうとしていたのかもしれん。そう思ってな。」
メノさんはそういうと、ジョッキに並々注がれた真っ黒なクワーティを飲み干した。
「じつは今回、結局奇跡を使ったんです。
真実はともかくとしても、やっぱりライラには母親の想いだけでも届けたくて。」
「そうか……。そうだろうな。結果論になるのかもしれないが、きっとそれで良かったのだろう。
他者の想いを背負う事、そして想いを救う事は、自分で思うよりもずっとずっと難しい。
救うどころか、あわや壊してしまう場合もある。
或いは周囲を巻き込んだり、自分が壊れてしまうというのが実際のところ、ほとんどだろう。
オレはそれを身を以て知っているから、それがどれほど勇敢な行いか、どれほど器の大きい人物かが良くわかる。
正直かなり驚いたぞ。本当によく頑張ったな。ほら、おまえも飲むといい、俺のおごりだ。」
メノさんは笑いながら2つのジョッキに並々とクワーティを注ぐ。
「実は俺も驚いています。
あんな小さな女の子を一人救うのに、これほど大勢のヒトの力を借りることになるなんて、はじめは思いもしませんでしたからね。あ、乾杯。」
静かにジョッキをメノさんと交わす。
乾杯、細やかに。
グッと一気に酒を喉へ通す。
「うっ……。この酒は、一層強烈ですね……。」
そしてやっぱり、その美味しさはまだ解らなかった。
ハッハッハッとメノさんが嬉しそうに笑う。
「俺、やっぱりまだまだ半人前ですね。」
なんとなく、口から出た言葉だった。
けれどメノさんは少し考える様に視線を落とすと、呟くように語り始めた。
「……。これはオレの持論で、他者に話すようなことでもないのだが……。
本当の一人前と言うのは、他者を頼る事が出来る者だと思っている。
そしてそれは依存や利用、甘えとは違う。ヒトを信じる勇気、信頼関係の上に成り立つものだ。
頼るべき時をわきまえ、迷わず仲間の力を借りれる心の強さなのだと。
それが出来て初めて一人前と言えるんじゃないか、とな。
だからお前はオレから見れば、十分に立派な一人前だと思うぞ。」
「あぁ、そういえば、メノさんのお手紙大作戦が失敗した時、よりにもよってあのファラにカウンセリング受けてましたよね。
あれも一人前の証ですかね?」
「ブーーーーッッッッ!!」
さっそく酔いが回ったのか、柄にもなく気の利いたことを言って、酒にむせるメノさんを笑いながら周囲を見渡す。
カウンターにウタさんがいる。
見知らぬハンターの胸ぐらを掴んで何やら泣き叫んでいる。
ファラはまた腕相撲大会に熱中している。突然大きな歓声が上がった。
「まじか! ゴライアスが敗れたぞぉおお!!」
どうやらあの巨人のゴライアスを打ち負かした猛者がいるようだ。
すごいな! 一体どんなヤツが……。
しかし、俺は目を疑った。
「ちょ、まー、てー、よぉ~……。」
歓声を上げる酔っ払いに囲まれ、笑顔で右腕を高く高く掲げていたのは、シッターのイスタさんだった。
「なん、だと……。」
あぁ、これはきっと、悪い夢だ……。
俺は無意識のうちに窓の外に視線を逸らしていて、そして現実逃避という言葉の意味を身を以て思い知った。
窓の外には今日も月が浮かんでいる。
半分に欠けたそれは、これからまた少しづつ満ちて満月になっていく。
月の綺麗な、良い夜だった。
母親の最後の願いはライラにちゃんと届いた。
自身のいなくなった世界で、ライラはこれからも生きていく。
それは辛く苦しい日々になるのかもしれない。
けれど、もう泣き虫ではなくなったライラを見たら、きっと嬉しく思うだろう。
………いや、もしかしたら寂しがるのだろうか。
なにしろ甘えん坊なのは、あの泣き虫な母親の方なのだから。
「母親……。か……。」
「ん? どうした、シーヴ。」
「あ、いえ。ちょっと物思いにふけってただけですよ。」
俺の母は、どんな人だったろう。
ふとライラとの対話の中で自分が流した、あの涙の理由が気になった。
なぜあれほどまでに、胸を締め付けられたのか……。
けれどあれは――温かかったのだ……。
あの時、胸の奥を例えようのない激情に焼かれた。
それはきっと、記憶に思い出せずとも俺が母から受け取った温もり、愛情の大きさなのだろう。
欠けた月を眺めながら、顔も名前も、影も形も思い出すことのできないその人を、ライラと話した時に流したあの涙を、俺は信じたいと思った。
3章は世界仰天ニュースみたいだねぇ~。




