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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 3章 エンバー
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Failure_2 

「あらおかえりなさい。今日は随分遅かったわね。

 冷めちゃったけど、ご飯出来てるわよ。お腹空いてるでしょう?」


 休むことなく走り続けた俺達は、ボーラさんの家に着く頃にはヘトヘトだった。

荷物を2階の部屋に置き、濡らしたタオルで汗をふき取り、服を着替えてリビングへ戻る。

ボーラさんは食事の用意をしてくれていたようで、テーブルの上には美味しそうな食べ物が並んでいた。

それを見た時、腹が抗議の悲鳴を上げた。

そういえば結局…何も食べていなかったんだよな……。


「わぁ~! ありがと~う!

 アタシもぅすっごいお腹空いちゃって倒れそうだったのっ! いっただきま~すぅっ!」


 ファラは飛びつくように席に座りさっそく食事に手を付ける。

ん? おまえ散々食ってたろ。


「ほら、ボーっと突っ立ってないでシーヴちゃんも座りなさい。 さっさと食べないと全部なくなっちゃうわよ。」


「あ、はいっ。」


ボーラさんにせっつかれ、言われるままいそいそと席に着く。


「今日は大変だったみたいね。それで、その子のお母さんは結局みつかったの?」


 束の間の団欒、温かく穏やかな、食卓。

ボーラさんは俺達が食事をとっている姿を見て、嬉しそうに笑っている。

今だけ、今だけは――あの事は忘れよう……。


「あら、それじゃぁその子のお母さんは無事に見つかったのね。シーヴちゃん、お手柄じゃない!」


 初任務の事をボーラさんに話しながら、無理な嘘をついた。

気が付くとファラの表情も少し暗くなっている。

冷めているけど、それでも美味しい料理。

スープを口に運ぶたび、喉の奥がギュゥっと痛んでしばらく飲み込めなくなる。

食事も喉を通らない、こういう事なのだろうか。

笑顔を取り繕う度、泣き出しそうになる。


「さ、しー君、明日も早いからそろそろ寝よっ。ボーラさん、ご馳走様ですっ!

 ご飯ありがとうございました、残りは明日の朝いただきます。お風呂、お借りしますね。」


 ファラが、食事を残した。

そして席を立つと、早々に浴室へ行ってしまった。

突然、賑やかな食卓がシュンと静かに冷たくなるのを感じた。


「ファラちゃん相当疲れてたみたいね。

 片づけはやっとくから、シーヴちゃんも今日は休んだ方がいいわよ。」


「はい。ありがとうございます。」

 

 どっこいしょーいちのすけのしんっ!と。

ボーラさんも席を立ち食器を片付け始めた。

俺は気が抜けてボーっとした頭を抱えて、フラフラと階段を重力に逆らいながら2階の部屋へ向かった。


 暗い寝室。

薄い、月明り。

作りかけの小さなベッドの上。


静寂。


沈黙。


耳鳴――


わずかにカチャカチャと皿を洗う音だけが聞こえる。


「ふぅ……。……………………。」


 ベッドに横たわり、泥の様に沈む意識の中、その暗い天井を見つめて考えていた。

先ほどのファラの不自然な立ち居振る舞い。

美味しい食事を残したのも、席を立ったのも、あの会話を止める為。

俺が無理してるのに気づいて、庇った。

なんで、こんな時ばっかり、気付いて、気使って。 


「何してんだ…おまえ……。」


 ずっと、誰かに守られている。

村に居た時と、何も変わっていない。

俺はまた守られて、沢山のヒトに迷惑を掛けて。


 皆の想いを信じて、奇跡を信じて、自分を信じて、ここまで来た。

この奇跡があれば必ずヒトの力になれる、ヒトの想いを救えると、そう思っていた。

それがこうも容易く、成す術もなく打ち砕かれるなんて……。

脆く、弱い自分が、情けなくて堪らない。


「ざけんなよ……。」


 ひとりごとのように、目まぐるしい思考に支配されていた時だった。

キィッと静かに扉の開く音と、そこから漏れるキッチンからの明かりが静寂と夜の闇を遮る。

慎重にゆっくりと扉が開き、そこからゆっくりと静かに閉まる。

足音を殺して狭いベッドの隣に、それは静かに潜り込んだ。


「ファラ。」


さっさと寝てしまえばいいものを、思わず声をかけてしまった。


「しー君……?ごめん、起こしちゃった……?」


ファラが小声で答える。


「いや、いいんだ。起きてたから――眠れなくて。……。さっきはありがとう。」


少しの沈黙の後、ファラは静かに喋り始めた。


「しー君、無理しすぎだよ……。さっきもそう。見てて辛いよ……。

 それに、アタシが気を使うなんて滅多にないんだからね。ボーラさんのごはん、全部食べたかったのに残しちゃった。」 


「あぁ……。」


 ごめん――そう言いたかった。

けれどその謝罪がまたファラに気を遣わせる。

そう思った。 




無理しすぎ。




そう言われてもこんな時、俺はどうすればいいのかわからない。


「ねぇ。これからは抱え込む前に相談してね。アタシ、きっと力になれるから。」


「……。あぁ、そう出来るよう頑張るよ。ファラも困ったときは相談してくれ。」



 

おやすみ。




 そう言って話を強引に切り上げた。

子供じみた受け答えだったと思う。

けれど、抱え込む前に相談なんて、できるはずがない。

状況なんていつでも同じではないし、気付いた時にはいつも袋小路だ。

「人」の悩みに、他人から享受するような簡単な答えなんてない。

きっとファラもそれを解っている。

それを知っていて、けれど掛ける言葉がみつからなくて、解っていても「近くにいる人を頼って欲しい」と伝えたかったのだろう。

解ってるんだよ――そんなこと……。


「スン……。」

 

 微かに鼻をすする音が聞こえた。

ファラが、泣いている――そんな気がした。

思えばファラもライラと同じように、生きているかもわからない母親をずっと探している。

業苦を背負った者が、最後に死に場所を求めて訪れる樹海――嫌でも想像をしてしまうはずなのだ。


 今日だって彼女なりの想いがきっとあったろう。

20年、母親の顔も声も、影も形も知らず、独り業苦を背負い、いつ破滅するともわからない日々に、ただただ不安だったろう。


 ファラの性格の明るさはヒトを集め、いつも場を賑やかで華やかなモノにする。

けれどその裏には、ヒト知れず暗い過去や、日々水面下で進行する業苦との葛藤があるはずなのだ。

バカ野郎……どっちが無理してるんだか……。


 思わず手が伸びた。

向こうを向いて静かに眠る、ファラの小さな頭をそっと撫でる。


 ー しー君……。元気だしてよ……。 ー


 奇跡を通して想いをきいた。

こんな時でもそんな想いを、こんな優しさを…涙を流すファラを愛おしく思った。


その時。


「きゃッ……! ちょっと、なに……?!」


「ぅえ?」


 え? え? 何その顔。

突然ファラが驚いたように飛び起きる。


「うそ……でしょ……?」


は。


「まさか、夜這い……?」


は?


「やめてよね…もう。」


は!?

 

「なん、だと……?」


「困ったときは相談してって、そういう意味じゃないから……。」


おい……。


「男は皆オオカミだっていうけど、流石にこれはちょっと引くわ。」


おい!!


「え……。いや……! ちがう、ちがうちがうちがうっ!

 俺はファラが泣いてるのかと思って! そう思って――そう、思って……?」


 そう思って――あれ、なんだろ……。

そう思って頭撫でて、愛おしくなって~…寝込みを襲ったのん?

いや! いやいやいや!! いや、違う!!

愛おしいと言っても意味合いが違うんだ!

女性として見てたとかじゃなく、俺の母性と言うか父性というか、娘を見守るお父さん的な意味で……!

弁明しようと思考を巡らせたが、どうにも説明のしようがない事に気付く。

なによりこの状況で、言い訳をすればするほど嘘くさく、哀れだった。 


「そ! そそそれに! おまおまえだって! よく俺の事抱き枕にし! してたじゃんかっ!!」

 

「はぁ? ちょっと、何言ってんの……? アタシそんな子供みたいなことしないから。

 ホント、まじでクソキモいから床で寝てよっ。ほらはやくっ!!」


「は! はっ!? だ、だれがっ! お前みたいな、ブ! ブサイク、襲うかっ!

 この! メスブタッ! 乞食デブウシッ!! ブタザル……。ハッ――」


 あーやっべぇ……。

っべぇわ……これべぇわ……。

あー、あの目だー……。

馬乗りのファラ、再臨。

これ、まじでっべぇわ……。


「いっぺん、死んでみる?」


ん、あれ――気のせいかな……。

一瞬、地獄から舞い戻った黒髪美少女の姿が重なった気が……。


「あ、えっとー。ははは。」


「あ?」


「お、おやすみなさいって、言いたかったんだぁー。」


「なら一生寝てろやブタクソゴラァアアアアアアアッッッ!!!」


ー そう、気付いた時にはいつも袋小路だ ー


「死ぃぃいいいいいねえええええええ!!!」


 あいやー、死刑執行。

必死になるあまり我を忘れ、思わず口をついた罵詈雑言は取り返しのつかない事態を招いた。

全治3か月ってところか。

ボッコボコのボコにボコボコられ、ギリ半殺し。


 左手で胸ぐらを掴まれ、右手で髪を鷲掴みにされ、ベッドの縁に頭が割れるほどガツガツ叩きつけられた。

既に瀕死だが更に椅子の脚の角で滅多打ち。

薄れる意識の中、馬乗りで顔をガボガボ殴られ、痛みに何度も目を覚ました。

ふっ――と気が付くと、見事なジャイアントスイングの最中。


「オラァァアアアアアア!!! このまま頭と足がブチもげるまでブン回してやらぁぁあああああ!!!!」


 ボーラさんが騒ぎを聞きつけて止めてくれなければ、きっと無残に頭部と四肢がもぎ千切れて無残に死んでいたと思う。


「コォォオオオラァアアアアア!! テメェら今何時だと思ってやがるぅうううう!! 掘るぞコラァァアアアアアア!!」


そう、状況なんていつでも同じではない。


それに人の悩みに、他人から享受するような簡単な答えなんてない。


それを俺は痛いほど、嫌というほど、この夜に身をもって知ったのだ。


ありがとう世界。




そしておやすみなさい、永遠に。




完。

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