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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 3章 エンバー
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Ash Of Eden

「あ、しー君。気が付いた……?」


 そのか細い声に、我に返った。

気を失ったらしい。

ファラの声、あぁ――無事だったんだ――よかった。

ぼんやりと、覗き込むファラの顔が見える。


「もぅ、大丈夫だ……。ごめん、ありがとう。」


体を起こすと、片膝を立てて座っているメノさんと目が合う。


「シーヴ、あの時何があった? 一瞬あの獣の動きが止まったようだが。」


「あ…えっと……。」

 

 辺りを見渡す。

外、か。

空は日が落ち始めて、夕暮れを迎えていた。

そんな中、焚火を囲んでいる。


臭い――


 血と脂、そしてよく解らない何かの混ざったむせ返るような臭いが、体に染み着いている。

ふと脳裏に焼き付くような、あの景色を思い出す。

横たわる赤黒い肉塊、血だまり、アレは…獣の死骸……。

ぼんやりと、少しづつ、ぼんやりと思い出す。


「ちょっと待って……。今の今まで気を失ってたのに……。休ませてあげないと……。」


「……。そう、だな。オレとしたことが、すまない。ともあれ無事でよかった。何か食うか?」

 

 見ると焚火の傍には食事が用意されていた。

言われて確かに、お腹はすいているかもしれない。

けれど何も食ベる気は起きなかった。

時折パチパチと音を立てる焚火を見つめて、俺は暫くそこでボーっとしていた。


 生ぬるい風が吹くと焚火が揺れ、焼ける木の臭いと体から沸き立つ死臭が重苦しく混ざる。

異常な眠気に襲われ、何度か意識を失った。

ふと意識を取り戻すたびに、2人の不安そうな表情が目に入った。

あの、爛れた肉の塊が、瞼を閉じる度に浮かぶ。

不思議な感覚だった。


 これは、悪い夢なのだろうか――そう思うと、不思議と安らかだ。

パチパチと、暖かな焚火の音、それに寄り添う様にこうして囲んでいても、何も感じない。 


「しー君……。食べないの? 美味しいよ。ほら、ダー君も美味しそうに食べてる。」


 気が付くとファラは寝転がるダバに寄りかかりながら、サンドイッチを与えている。

ダバは満足そうにモグモグと口を動かしていた。


 ふと目の前に飲み物が差し出された。

水とは違う、見たこともない澄んだ青色のきれいな飲み物だった。


「まだ気分が悪いなら、飲むと良い。落ち着くぞ。」

 

 なんとなく、メノさんから受け取ってしまった。

ただ、何かを呑む気にもなれない。

……。


 また、眠くなってきた……。

…………。


「おい、しっかりしろ。こぼすぞ。」


 メノさんに軽く頬を叩かれハッとする。

そうだな……。

俺が、しっかりしないと――


「すみません、頂きます。」


 心地よい眠気を振り払って、それに口をつける。

僅かだがとろみを含んだそれは、強烈な苦みと酸味を持っていた。

なんだ、コレ……。

透き通った見た目に反してえげつない味をしている。


「これ――いえ、凄い味ですね……。」


 なんですか? とは聞かなかった、知らない方がいい場合もある、そんな気がしたからだ。

リザードの里に伝わる伝統的な薬。

いわば気付け薬のようなものらしい。

思い切って一気に飲み干すと、すぐに頭がすっきりと覚めていくのを感じた。

良薬口に苦し、とはよく言ったものだ。


「ありがとうございます。おかげでスッキリしました、すごい効き目ですね。」


「ああ、これはリザードの里に多く生息している、クソモグリブタザルの鼻水とヨダレだ。」


「ブーッ!!!!」


「ぇ……。しー君えんがちょ……。」


 おいーーーー! 言うなよーーーー! だから聞かなかったのにーーーー!

クソモグリってっ! 鼻水ってよぉーーーー!!

うぅ…はぁ……。参ったなおい……。あ、頭いてぇ……。

名前からして多分、相当やばい生き物だぞ……。

そもそも俺はリザードじゃないからなぁ…特殊な耐性とか必要なんじゃないの……。

奇病とかにかかって死ぬんじゃねぇだろな俺……。

えーとなんだっけ…、クソモグリ…ブタザル……?

普段から虫とか食ってるあのファラも流石に引き気味で、その様子からすると相当やばい生き物なのかもしれない。


「…うっ……。」


 あぁ、今度こそホントに目が覚めたけど、また具合悪くなってきた気がする……。

うっ! おぇ……。

なんか、まだ口の中ねっとりしてるぞ……。

ひぐぅ、悪寒が……。


「ところで、さきほどの話を聞きたいのだが。大丈夫か?」


 俺の具合が悪化したことにメノさんはどうやら気付いていないようだ。

一体なんの罰ゲームだよ……。

風邪の時に首にネギ巻くみたいなノリで何飲ませてんだよ……。

リザード族まじふざっけんなよ……。

さすがに恨むぞこれは……。


「あぁ、はい……。けどその前にお水、いただけますか?」


「ん、あぁ……。」


 ちくしょうがバカタレェ……。

クソモグリブタザルの鼻水と唾液を文字通り水に流し、俺は少しずつ思い出したことを2人に話し始めた。

そうして俺が話している間、メノさんは眉間に皺を寄せ、難しい顔をして押し黙っていた。


「そう……。か……。するとあの獣が――あの子の、母親……。そう、だったか…………。

 シーヴ……。それが幻聴や幻覚ということはないのか? どうして記憶が見えたと断言できる。」


「正直、よく解りません……。けど俺、奇跡が使えるんです。

 触れたヒトやモノの想いや心の声を聴いたり、多分記憶が見れたりとか。

 今までも何度かそういうことがありました。」

 

「奇跡――か……。するとシーヴのお尻には、星形の痣が……。」


 それは言わんでいい、話の腰を折るなこのバカ。

あ、ついにバカって言っちゃった。


「あの獣の記憶を見る直前、ライラの事を考えてました。

 それが間接的に奇跡の発動の引き金になった可能性はあります。

 それにライラの事を考えた瞬間、獣の動きが止まって母親と思しき声が、なんというか、頭の中に響いたんです。

 そして同時に、獣が『ララちゃん』と涙を流しながら呟くのを見ました。

 母親と思しき女性の記憶が流れてきたのは、その直後です。」


「つまり……。ライラの想いを奇跡を通して獣に伝え、母親としての理性とその想いを呼び起こした可能性がある、と。そういうことか。」


 そういうと、メノさんは考えこむように腕を組み、再び押し黙る。

信じて貰えたかは解らないが…大方の事情は話せた。

死を悟り、ライラの事を考えた事。

獣がライラの名を呼んだ事。

獣の記憶を見た事。


 あの獣がライラの母親で、実は黒印持ちだったこと。

ライラは赤子の頃に捨てられた子で、獣がライラの育ての親だったこと。

母親は満月の度に獣の姿となり、人肉食の欲に駆られていたこと。


「業苦に蝕まれたものは、やがてその業苦に飲まれる。

 母親は人肉食の欲に耐え切れなくなり、単身アニークの樹海に逃げ込んだのだろうな……。

 獣の姿は、その成れの果てという訳か……。

 おそらく、精神はとうに限界を迎えていたのだろう。

 そしてここらには毎日、必ず見回りのハンターが多数やって来る。

 それを知っていてあの子をここに――」

 

 全部が、つながった。

疑問はもう、何一つ残っていないと思う。

濁りなく、曇りなく、ハッキリと。

少なくとも、その真実は揺るがない。

いや、まだなにか――


「実は先ほど、血だまりで…こんなものを見つけた。あの獣が右手で握っていたものだ。」


 メノさんが腰のサッチェルから何かを取り出す。

一度は拭き取ったのだろう、大分綺麗になってはいるが細かい隙間にまだ乾いていない血が赤黒く残っている。

これは――


「十字架の、ネックレス……?」


「いや、これはロザリオという。ヒト世界のものだと聞くが知らないか?」  


「ねぇ、そんな事より……。あの娘には、どう伝えるの、かな……。」


 突然遮るように、ファラが呟く。

そして再び沈黙が訪れた。

そう。なによりも、それが重要なことだろう。


 母親は、獣に成り果ててなおライラの事を想い、そして愛していた。

ライラも同じように母親を想い、その想いの分だけ愛していた。

例え辛い真実だったとしても、これはライラのとって大切な事なんじゃないだろうか……。

そう思う……。だから――


「真実を、伝えるべき、だと……。思う……。」


 僅かに声が震えた。

それが正しいと感じたが、正直自信はなかった。


「…それは、あの子の為か。」 


 メノさんが一層低い声でそう呟く。

やたらに冷めた物言い。

あの子の為か? って――


「……。」


 一体どういう意味だ?

俺が間違ってるとでも言いたいのだろうか。

瞬間的に、俺はその言葉に強い怒りを覚え――


 「当たり前でしょう。」


思わず、語気がきつくなっていた。


「ライラは、ずっと母親の事を心配していた。

 あの子には真実を知る権利がある。真実も、母親の想いも。

 それに、俺は奇跡が使えます。

 言葉を間違えることなく、完璧に母親の想いをライラに届けられるはずだ。」


「それを知ってどうなる。一度冷静になってよく考えろ、本当にあの娘の為になるのか。

 まだ年端もいかない少女に、母親の何が理解できると思う。」


「それは――いつか、きっと……。…解りますよ。」


苦しい……。


「今はまだ解らなくても、きっといつか――」


「なら……。それはいつだ。」


苦しいんだよ……。


「それは――そんなの――俺にだって……。」


「いいか、シーヴ。あの母親の想いは、それをあの場で直に受け取ったお前にしか分からないことだ。

 お前はオレたちと違って、あの母親の想いに直接触れ、そのすべてを知った。

 それを受け入れられたのは、お前が分別のある大人だったからだ。

 お前の心が、大きく強く、広く優しかったからだ。そして……。そして、お前が――」


あぁ……。


「…他人、だったからだ。」


「……。」


他人か……。


「他人……。」


ー 他人 ー


 メノさんが少し苦しそうに、そう漏らした、その言葉がすべてだった、そう思う。

いよいよ、何も言い返せない。

自分の無責任さと愚かさに、虫唾が走る。

ただただ後悔に押し潰され、不甲斐なく言葉を絶たれた。

やり場のない怒りと悲しみに虚しさが疼き、目頭が熱くなる。

気が付くとバカみたいに涙があふれ、無力で、身勝手で、傲慢で、惨めだった……。

ライラの為だと、自信もないくせに…無責任に幼稚な意見を通そうとした。

メノさんは、別に俺を叱ったわけじゃない。

きっと、ライラのこれからの人生を一番に考えていた。

だってこのヒトは、あろうことか助けるべき相手の首を、その手ではねたんだから――


 でも俺の一番は、無意識のうちに変わっていたのだろう。

醜くおぞましい獣に成り果て、無残に首をはねられて絶命した、あの母親の想いを一番に救いたいと、そう思っていたのだろう。


 キツい……。

これまでで、一番……。

どうしたら――どうしたら、いい……。


「言い方がきつくなってしまったな。飲むか。」


「……。」


 情けなく膝を抱えて泣くだけの俺に差し出されたのは、リザードの里のとっておきだった。

青く澄んだきれいな飲み物、クソモグリブタザルの鼻水と唾液。


「いりませんよ……。けど、ありがとうございます。俺、なんでこんな勝手な事…すみません……。」


 気でも触れた様に、血迷った事を言った気がする。

動揺、どうかしていたのではないかと、嫌でもそう感じる。


「お前は何も間違っていない、何を謝ることがある。その優しさに救われるものは大勢いる、自信を持て。

 それとお前の奇跡を使うにはまだ早いと言うだけで、必ず必要とされる時が来る。だからそう気を焦るな。」


 ヒト一倍、他者を傷つけることに慣れていないメノさん。

こんな時でさえ足を引っ張り、困らせているなんて。

挙句、慰められ、格好悪いったらない……。


「はい……。大丈夫です。」


俺は静かにうなずいた。


「実は考えがある。落ち着いたらまた話そう。――ファラ、ちょっといいか。」


 そういうとメノさんは、静かに話を聞いていたファラを連れて席を外した。

気が付くと日も落ち、夜の静寂。

俺は焚火の焼ける臭いと死臭に飲まれながら、小さく優しい明かりと、少しの温もりに守られていた。 

シリアスはイヤだよねぇ~………。

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