Feed The Wolf_2
命からがらケズバロン大地獄を脱出し、樹海の裏側に着いたのは昼前。
掛け損なった木札の事もあり、昨日とは逆にソコから反時計回りに移動した。
樹海を時計に見立てて9時の地点、昨日掛けそこなった木札を柱に掛け、赤い木札を無事回収。
その後、樹海の入り口付近でお昼休憩に合わせてダバを木陰に休ませ、そこからは歩いていく事になった。
ふいに先頭を歩いていたメノさんが入り口へ向かう途中で立ち止まる。
周囲をぐるりと注意深く見渡し、何かを探しているように見えた。
「ねぇ、どうかしたの??」
「あぁ。樹海の入り口、というのは正確には定められていないのでな。
入る場所によっては、逆に目的から離れることになる。
なにか手掛かりでもあれば良いのだが……。シーヴ、その娘が目覚めたのはどの辺りかわかるか?」
「なるほど……。それなら、昨日街に戻る途中それらしい場所がありました。確か――」
と、記憶を頼りにライラから聞いた情報を伝える。
ライラは大きな岩にもたれ掛った状態で目を覚ましたという。
昨日樹海から戻る途中にこの道を使ったが、確かに大きな岩のあるやたらに目立つ空間があった。
俺達は早速ライラが目覚めたと思われるその場所へ向かった。
不自然に横たわる大きな岩、僅かに湿った土、その周囲を注意深く観察するメノさんが数歩先の地面に何かを見つけたようで、しゃがみ込む。
「獣の、足跡だ……。既に消えかかっているが、どうやら樹海に続いている。
…………。この辺りに生物はまず寄り付かない、内部の生き物だと思うが……。」
ライラと母親のいた岩のあたりから樹海へ伸びた獣の足跡。
それがとても嫌なことを考えさせた。
理由はどうあれ、もし母親が単身樹海へ乗り込んだのだとしたら、獣はその匂いを辿って母親の後を追ったのだろうか。
母親は「なにか」或いは「だれか」を探しに樹海へ来た。
例え命を落とすとしても。
となると、ライラをここへ置き去りにしたのは……。
帰らぬ自分の代わりに、毎日のように見回りに来るハンターたちにライラを託す為だったのだろうか。
そうであれば、このように目立つ場所を選ぶのも納得は行くが――
「内部の獣が出てくるなど滅多にない事だが、今回はそれが吉と出たな。
この獣の行方が母親の足掛かりになるかもしれないが、恐らく危険も付きまとう。
樹海の獣は臆病だが、常に餓えていて凶暴だ。オレの予想では、母親は……。」
「…………。」
既に死んでいる。
メノさんの言葉は、それ以外に想像のしようがない。
ファラは先ほどから一言も話さない。
いつになく不安げな表情で先ほどから黙って話を聞いている。
俺は息を呑む事さえ苦しかった。
「オレは行くが、2人はどうする。」
けれど躊躇いなどない、真実を知るためにここまで来たのだから。
アニーク樹海……。
チーさんには決して近づくなと言われた。
生きて、帰れないかもしれない……。
黒印を持ったファラに至っては、もし逸れれば二度と出られなくなる可能性が高い。
緊張が一気に押し寄せ、心拍数が上がる。
「ファラ、俺は行く……。いいか……?」
「………。うん、大丈夫だお。あ……。」
「え……?」
だお……?
んだコイツふざけやがって。
「だっ! だだっだぃ! じょぅぶっ!!!」
あ、噛んだだけか。
ふざけてんのかと思った。
ファラは赤くなり、少し恥ずかしそうに目を逸らした。
そうして俺達は周囲に神経を研ぎ澄ませ、暗く蒸し熱い樹海の内部へゆっくりと、ついに足を踏み入れる。
母親の安否――ライラのあの純粋な笑顔が頭に浮かぶ。
どうか……。どうか、無事でいてくれ……。
そしてこれから、俺は身をもって知ることになる。
このアニーク樹海が畏れられる本当の意味、狂おしいほどに根を張るこの闇の正体を。
カッコいい終わり方じゃん。




