Lyla_4
街を出てダバで1時間ほど優雅に揺られ、ボケーっとしていると樹海の裏側にはあっという間に到着。
まず最初に樹海裏の木札を掛け替え、そこから時計回りに、わずか10分足らずで次の木札を掛け替える事ができた。
更に10分後には樹海の入り口に到着。
入り口の木札を掛け替える。
「ふぅ、特に異常もなさそうだし、これは思ったより早く帰れそうだな。」
アニーク樹海。
行き場を無くした黒印持ちが最後に目指すという巨大な樹海。
ここに入った黒印持ち、つまりリンネの業苦を背負うものは、樹海で永遠に迷い続け、自力で脱出することは叶わないらしい。
例えば今、ファラが一人で立ち入れば自力で脱出できなくなるという事なのだが、それはそれでちょっと面白い。
樹海には危険な生物や黒印持ち、果ては重犯罪者までもが潜んでいると言われており、内部の実態はほとんど知られていないという。
まぁ、入らなければどうという場所ではない、らしいのだが。
やはりここの雰囲気は一際、異様な冷たい暗さがある。
「しー君……アタシー……。つかれたぁー……。」
ふと太陽が随分と高くなっているのに気付く、もうお昼過ぎかもしれない。
お腹もすいてきたし、道理で先ほどからファラの元気がないわけだ。
「ファラ、ここらでお昼に――」
「まってましたぁ~!」
「し……。よぅ…………。」
ウマモン、テメェ……。
暗い入り口から少し離れた場所で休もうと移動していた時、俺がそう言い終わる前にはダバを飛び降りて弁当を広げていた。
その素早さと言ったら、まさに手品であろう。
木札を掛け替える為にいちいちダバから降りるのも俺だし、コイツはさっきから悠々自適にふかふかの毛の上で寝っ転がりながら鼻歌交じりに寛いでるだけだ。
ほんと何しに来たんだろうこの女。
広げられたお弁当、ファラが朝食の時に作ったものだ。
サンドイッチ、おにぎり、ハンバーガーと主食オンリー。
なんだか微妙に被っている気もするし。
そして重厚。
具はどれも肉だけ。
肉、美味しいけど、重い。
ひたすらに、重いのよ。
「なぁ、ファラ……。
作ってもらった身でこんなこと言いたくないし、どれも美味しいんだけど、さすがに具が……。
肉だけじゃなく、こう…もう少し検討してもいいんじゃないか?」
ヒトの手料理にあれこれ難癖はつけたくないが、これだけは言わせてくれ、重い。
「え? まぁ、言われてみればお肉ばっかり。アタシったら、魚介類をチョイスし忘れてたわね。」
おいお前。
「次は気を付けないとっ。ごめんね、しー君っ。」
「はっはっは! そーれな~~~。」
あーもういい。
突っ込むのもめんどくせ。
「ふぅ~ん~! おいしぃい~~!」
しかしまぁ、こんな飽きるラインナップにも関わらずファラは美味しそうに頬張る。
しばらくファラの食事姿に気を取られていると、ふと手元に妙な気配を感じた。
視線を落とすと、小さな生き物が大きな目を見開いて食べかけのおにぎりを物欲しそうに見ている。
「シェーーーー!!」
あれ……?
思わずフランス帰りの派手な出っ歯みたいに飛び跳ねてしまったが、なんてことはない、よく見れば小さなヒトの子供だった。
キョトンと、大粒の宝石のような瞳をぱっちり見開いて、シェーなポーズの俺をジッとみつめている。
ヒュムの――女の子、か?
「あ、えっと……。」
言わずもがな察しはつく、迷子だ。
こんな恐ろしい樹海の入り口に小さな少女だけ……。
裏側から時計回りに探索してここまで来たが、辺りには何もなかった。
いったいどこから現れたのか。
「ねぇキミ、お腹すいてるの?」
少女は目を輝かせ、物欲しそうにただ小さく頷く。
思わず手元の食べかけを渡しそうになって引っ込めた。
「ハンバーガー、好き? 他にもたくさんあるから一緒に食べよう?」
「わぁ~……。」
パァッと顔が明るくなる。
あぁ、この笑顔、プライスレス~……。
俺は栄養「肉」一点の大きなハンバーガーを少女に渡す。
それを受け取るなり、小さな一口でハグハグと目いっぱい必死に頬張る少女。
幾つくらいだろうか――5歳くらい? いやもうちょっと大きいかな……。
「おいしい!」
よかった、喋れたんだ。
目を輝かせ嬉々として頬張る。
おぉおおぉ……。かわいいじゃんか……。
なんか、胸、トキメクなぁ……。
「お水もあるよ、慌てて食べると喉に詰まらせるから、しっかり噛んで食べようねっ!」
「うんっ!」
はぁっ! くっ!!! 子供って…やっぱかわいいなぁ……!
この世界に来て初めての癒し、限りなく尊く、胸がいっぱいになる。
思わず顔がほころんでしまうところを、ファラに怪訝な目で見られた。
「ちょっと、しー君……。危ない目つきになってるわよ……。
お願いだから変な気起こさないでね……。アタシ、対応に困るから……。」
それを見ていた少女も、食べる手が止まり恐怖で泣きそうになっていた。
そ、そんな危ない目つきに、まさか……。
しかし、自分の事は自分では気づきにくいって言うし……。
自重しなければいけない、かもしれない。
「ご、ごめんねっ! 怖くないよ~。ほら、おにぎりに、サンドイッチもあるんだぞ~――って。」
あ、これ変質者の手口だなー……。
気付いた時にはもう遅い。
後悔先に立たずというが正に――少女はビャービャーと大声で泣き始めた。
はい、不審者ここに極まれり。
「あぁもう何してんの! ごめんね~、この冴えないモブ顔のブタはアタシが退治しておくから、もう大丈夫なんだよ~。」
「う”ぅ”……。」
グシャリ。
あいやー、皆聞いたっぺが? 心の壊れる音ですよねぇ? 今の。
え、ちょ、おまぇ、ひどくね……。
その後ファラがよしよしと頭を撫でていると、少女は少し落ち着いたのか涙をぬぐって嗚咽交じりに話し始めたのだが――
「おかぁさん……。どっかいっちゃって……。いないの……。」
「え……?」
突然呟いた、その少女の言葉にハッとする。
そうだ、この子がなぜこんなところにいるのか。
もしかすると大変な事件に巻き込まれた可能性もある。
俺にとってこの幼女はスチャラカポコタンに来て初めての救い――この愛くるしい幼女の純粋な可愛さに心奪われすっかり忘れてしまっていたが、もしやこれはギルドに報告しなければいけない事態なんじゃないのか?
「おかぁさん、タイヨウがでるまえにここにきて、つかれていっしょにねたの。
でも、おきたら、おかぁさん、もういなかった……。」
傾き始めた太陽の下、樹海の木陰での事情聴取は難航した。
「おかぁさん」というワードが出る度、少女が喋るのを止め、泣きそうになる。
それをなだめていると、今度はこっちの胸が痛くなるのだった。
そして一度少女の想いを読み取ろうと試みたが、少女の無邪気な想いは、母親への一方的な愛に溢れるばかりで、手掛かりとはなりえなかった。
解っている情報をまとめると、まず少女の名前はライラ・ブラッド。
ライラ――この子にぴったりのかわいい名前だ。
そしてライラの申告では6歳だった。
母親はエンバー・ブラッド。
なんと2人はケズバロンからここまで歩いて来たという。
はぐれたのは今日の明け方。
何故ここに来たのか、理由は解らないそうだ。
歩き疲れてこの樹海の脇で眠ってしまったそうで、目を覚ますと独りになっていたという。
そして、樹海には決して近づかないように、と日頃から厳しく教えられていたため、樹海の周辺を探していたそうだ。
となると……。
アニークの樹海――業苦に蝕まれた者や危険生物、犯罪者の吹溜り。
そんな場所に、ライラの母親は……。
黒印持ち……?
否、ライラの顔に黒印はない。
であれば母親も同様の筈だ。
犯罪者という線は――現時点では否定はできない……。
けれどそれなら今朝の時点でギルドの方から、関連した情報が提供されるんじゃないだろうか。
誘拐――それもどうだろう。
犯人がいたとして隣で眠っていた「子供」という大きな痕跡を残すとは考えにくい。
それに犯罪者であろうと誘拐された場合であろうと、何故ライラを連れてこの樹海まで来たのか、というのがそもそも謎だ。
ヒト探しという線は――いや、やはりライラをこんな危険な場所までわざわざ連れてくる理由がない。
どのケースもライラがネックになり、決定的なものにはならなかった。
となると……。
…………。
考えたくはないが、ライラにとって最悪のケースが思い浮かぶ。
捨て子。
日の出前のヒト気のない時間、よりにもよって危険なアニーク樹海での不自然な失踪。
思考を巡らせる程、その線が濃厚になるのだった。
「ファラ、ちょっといいか……。」
整理したことをファラに小声で伝える。
そして、一度ギルドに戻り事態の報告をする事にした。
夜明け前からずっとここに居たライラの体調面も気になるし、なにより何の準備もなく樹海に飛び込むのは無謀だと誰でもわかるだろう。
「ライラのおかぁさん、もしかしたら街に戻っているかもしれないんだ。
ここはすごい危険なところだから、一度いっしょに帰ろう。安心して、必ずおかぁさんには会えるから、大丈夫。」
「うん……。」
何の保証もない、都合のいい口約束だ。
子供を騙すのは気が引けるが、例え信頼を失おうとも今はこの子の保護を優先したかった。
母親の失踪、安否、事情、様々な憶測が頭を埋め尽くしている。
悪人、善人、ライラから母への好感度の高さを考えると何か特別な事情があったのではないだろうか。
……いけない。
捨て子という憶測が、思考の土台になってしまっている。
ともあれ、まずはギルドへ一刻も早く戻った方が良い。
この時間からすぐに戻れば夕暮れ前には着くはずだ。
「ファラ、ダバの準備は出来てる?」
「もちろん、いつでも出発できるわよ。」
そう言いながら、サンドイッチの残りを木の陰で休んでいたダバに与えている。
よほど美味しかったのか、ダバは口をモゴモゴさせながら、満足そうに鼻でサンドイッチを振り回している。
「かぁいい! このおっきぃいきものなに?!」
嬉々としてパタパタとダバに駆け寄るライラ。
背景のようにジッと座っていたからか、アレだけ大きいというのに今の今まで気づかなかったらしい。
これからこのダバに乗って街に戻るのだと伝えると、先ほどまでの涙は何処へやら、ダバのモチモチフワフワの体に抱き着き、キャッキャとはしゃいでいた。
ダバはそんなライラを見て、ゆっくりと長い首を近づける。
「うおぉ~~~!」
そして象のように長い鼻で器用に彼女を捕まえると背中に優しく乗せた。
「おぉ~! すっごいふっかふかっ! あったかぁ~……。」
相当疲れていたのだろう。
ライラはダバの上に嬉々として寝転んだ途端、スヤスヤと静かな寝息をたてて眠ってしまった。
子供好きな優しいダバのお陰で、街への帰還はスムーズに運びそうだ。
日も大分傾いてきた。あまり時間もないことだし、急いで戻ろう。




