Lyla_3
「シーヴちゃん、もう朝よ! 起きないとチューするわよ!」
翌朝、珍しくボーラさんに起こされてスッキリと目が覚めた。
更に珍しくファラが早起きして朝食を作ったらしい。
リビングの時計を見ると既に10時を回っているが、果たして俺はどのくらい眠っていたのだろうか。
「あ、やっと起きた。しー君寝坊、もうご飯出来てるよ。
今日はギルドに行くんだから、さっさと食べて出かけましょ。」
お母さんみたいな事を言いながらファラがエプロンを外す。
ボーラさんと3人で朝食を囲む。
「それでね、しー君たらお金の袋にブタ面を擦り付けて、変態みたいにウヘウヘ笑ってたの!
こんな風に!! ウ! ウヘ!! ウヘヘヘ!! ウヘッて!!」
「あらら、うふふっ! シーヴちゃんたら、やーねっ!」
「…………。」
俺そんな笑い方してたかな……。
先日の事、今日の予定、そんな他愛もない会話をしながら束の間の団欒を楽しんだ。
どうやら今日ボーラさんはお休みらしい。
なるほど通りで、もう11時になるというのにゆっくりしているわけだ。
その後いつものようにフレンさんに扉越しに挨拶だけして俺達も出発した。
ギルドに着くと、門の前に一昨日の筋骨隆々たるリザード、リオさんが待ち構えていた。
あの日同様、腕を組み無言でしばらく俺たちを見下ろしていたが、ついに緊張と沈黙を破って「わっはっはっ!」とご機嫌に笑い出した。
「よ~ウマモ~ン! 昨日はマジ傑作だったぜ! ガッハッハ!」
げっ……。
「だーかーらぁっ! なんでみんなバカにしたように笑うのよぉ!!」
息を呑むほどの壮絶な大立ち回りの後、デコピン一発でのされたおバカなウマモン。
どこに行ってもファラは笑いものにされていた。
確かに名を上げた、しかし意味が全く違う。
俺がファラの立場ならもうこの街にはいられないが、この娘のメンタルはどうなってんだろう。
しかしそのお陰か、一昨日と打って変わって容易くギルド内へ入ることができた。
中は予想に反して静かで、ハンターの出入りも少なく、酒場やアンセムでの喧騒を思うと寂しいところであった。
「いらっしゃ――プッ、ウマモン。」
受付で申請をする時またもやお姉さんに笑われた。
お姉さんは若干申し訳程度に顔を逸らし、口元を右手で覆ってはいるが隠しきれていない。
チラッと隣にいるファラを見たが、どうやら気付いていない様子。
バカでよかった。
「なぁファラ……。あそこの席で、待っててくれ。」
「え? うん……。」
不思議そうに首をかしげていたが、珍しくいう事を聞いてくれた。
ファラには悪いが、じっと座って目立たないように努めてもらった方が良さそうだ。
そうして早々にギルドハンターの登録申請を済ませたところでさっそく初仕事を当てがってもらったのだが、同時に、どこか機嫌の悪そうな女性が受付のヒトに代わって奥の扉から出てきた。
そしてそうかと思うとこのヒト、俺の顔をジーっと見て先ほどからだんまりを決め込んでいるのだが――
「……。」
「あの、なんです?」
「――似てるなぁ。」
「は?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。」
どこかの軍服のように見えるが、ギルドの制服だろうか。
右腕に金色の腕章をつけている辺り、かなり位の高いヒトとみえる。
美しい藍色の長髪を、丁度つむじの辺りでお団子にし、それを鈴のついた不思議なかんざしで止めている。
前髪のサイドを肩まで垂らしており、変わった髪型だがなんとも――なんだこのヒト、エロカッコいいな。
その見た目はなんというか、クールビューティとでもいうのだろうか。
赤い瞳と鋭い目つき、男勝りでありながらスラッとして妖艶な印象のその女性は「ウタ・イルミナティ」と名乗った。
あれ、なんだろう、聞き覚えがあるような。
「私も忙しいのでな、さっさと終わらせるぞ。」
見た目通りというか、口調も少し荒っぽいな。
「は、はぁ……。」
近隣にあるアニーク樹海の周辺調査。
要するに危険がないか見回りに行けという事らしい。
異変や危険な生物がいれば、手を出さず即ギルドに報告するように、と。
信頼を得るために誰もが通る道で、報連相と判断力、ハンターの連携を「周辺調査を通して学ぼう」という、いわばチュートリアルのようなものだそうだ。
「ほれ。」
ぶっきらぼうに緑色の木札を4つ渡された。
樹海の外周に4か所ある柱、そこに掛けてある赤い木札とコレを入れ替えて来てくれ、ということらしい。
ちゃんと仕事をこなしたかどうか、これで判断するのか。
4つの柱はそれぞれ、巨大な樹海を時計に見立てて均等に3時6時9時12時の位置にあるそうだ。
そういえばケズバロンに来る前に樹海の入り口で赤い札の掛かった柱があったが、要するにあれだろう。
しかしもう二度と近づきたくないと思ったあの樹海に、僅か数日で再び足を運ぶことになるとは……。
俺はしぶしぶ書類を受領し、さっそく出発することにした。
まぁそう急がずとも良いのだが、こうしている今もファラの近くを通るハンターたちが「ウマモンだっ」とファラを指さして笑っていたからだ。
ちなみに今回のような任務にはギルド専有の「ダバ」という生き物に乗って目的地へ向かうことができるらしい。
勿論、任務であるからには無料だ。
ダバとは、馬のような見た目に、像のように長い鼻、フサフサで大きな体の巨獣である。
名前はともかく性格は温厚で、大きな体は乗り心地もよく、毛深いため気持ちがいいという。
まぁおっきなラクダみたいなものか。
「このダバに乗っていけ。」
なんだか機嫌の悪そうなその先輩に、ギルドのダバ小屋でぶっきらぼうにダバを託される。
不遇な印象を受けるが、決して悪意があるわけではないらしい。
「それでは、初任務行ってまいります。」
「おう、健闘を祈る。くれぐれも無理のないようにな。
なにかあればすぐに報告に戻るように、そんじゃ頼んだぞ。」
「よ~しっ!」
ウタさんに見送られ、念願の初任務にワクワクしながら出発したその直後だった。
「あぁ! ウマモン! ダバに乗ってる!」
『ほんとだ! ウマモンだ!』
「おーい! モンチッチ! 今度腕相撲しような!」
「あら? あれって手品のモンチッチじゃない?」
「ガハハハ! ウマモンのねーちゃん! ダバなんて乗って良いご身分だなぁ!」
「キーーーーー! わらうなーーーー!!」
ー ははははははははははっ!!! ー
すれ違うヒトビトがファラに気付き、あちこちから指をさされゲラゲラと笑われる。
そう、身体の大きなダバは、それはもう恐ろしく目立つのだ。
街中を威風堂々と勇ましく闊歩するダバのその背中に乗る俺達は、まさに嘲笑の的であった。
当然ファラは怒りに震え発狂する。
しかし怒れば怒るほど、その遠慮のない笑いは大きくなる。
街から出るまでの10分ほど、俺たち、いや、俺は生き地獄を味わった。
ー ははははははははははっ!!! ー
この街は、悪意に満ちている。
そして俺がもう二度とこの街に戻りたくないと思ったのは、もはや言うまでもないだろう。




