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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 2章 アイ ザ ファイア
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「あら、起きたのね。ウマモンさん、気分はいかがかしら?」


「う~ん、アタシ……。死んだと思ったのに……。」


「え…? あははっ。 もう~、流石にデコピンで死んだヒトはいないわよや~ねっ。」


 ファラの壊した石板の修理の為に、午後の他の試合は3日ほど延期となったそうだ。

そして幸いにも石板の破壊行為に関しては「試合中の出来事」として処理され、修理費は闘技場が負担、損害賠償責任は問われずに済んだ。


 そんなわけで決勝戦終了後、俺は戦士医務室にファラの様子を見に来ていた。

狭い室内にベッドが1つと椅子が2つ、素朴な空間だが落ち着いていて助かる。

担架で運ばれてから数時間、先ほどまでこのベッドで死んだように眠っていたのだが、今では意識もはっきりとしていつもの調子に戻っていた。

なにしろあの巨漢のデコピンをもろに食らったのだ、これ以上バカになっていても不思議はなかっただろうに……。


 そして先ほど担当医の方が様子を見に来たのだが、そこで思わぬヒトと再開することとなった。

肩に白いカラスを従えた少女。

なんと可憐なるゆるふわ聖女、シルフィさんだ。

くぅ、こんなの、運命感じちゃうじゃんか……!

シルフィさんは可愛らしく笑いながら俺の隣の椅子に腰掛け、ファラに語り掛けた。


「お身体はどうですか? もう大丈夫だとは思うけど、どこにも違和感はないかしら?」

 

「う~ん……。大丈夫、かなぁ?」


ファラは肩やら首やら、やたらとグリグリと動かして確かめる様に応答する。


「おいファラ、病み上がりであんま体動かさない方がいいんじゃないのか?」


「あら、ファラさんていうのね。申し遅れました、私はシルフィ・アウローラです。ところでアナタは?」


 あれ、まだ気付いてないのか?

シルフィさんはまるで初対面のヒトと会った時のように俺を見てニコニコとしている。

シルフィ・アウローラ……。なんと美しいお名前だ……。


「あの、シルフィさん。俺です、シーヴです。あの時はほんとに、ありがとうございました。

 また会えるなんて、いやぁ光栄ですよ~。」

 

「え、ぅ……。」


「ん? しー君、知り合い?」


ん?

何故だろう、俺が笑顔で語りかけた途端、シルフィさんの表情が不安に曇った。

なにか怯えたような強張った表情……。

あれ、俺なんか、変なこと言ったかな……。


「えっと…あなた…誰……?」


は?


「ごめんなさい、ナンパはお断りしてるの……。」


あ。顔。完全に忘れられて、るぅ~……。


「いやちがうちがう! おれですよ! シーヴ! 一昨日会いました! シーヴですよッ!!」


「え、あの、ぇ……あぁ……。」


 ン? 思い出したか?

何か遠い記憶を探り出すかのように視線を泳がせて、うんうんと頷いている。


「もしかして……。おトイレ間に合わなくて、漏らして、泣いてた、ヒト……?」


「だれだよソイツ! 俺じゃねぇよ!」


「ひっ……。」


「う……。」


 いかん……。思わず語気がきつくなり一層怖がらせてしまったらしい。

シルフィさんは更に怯えた表情になり、身を縮こませてしまった。

せめてナンパという誤解だけでも晴らさなければ……。


「う……。ごめんなさい、ほんとに解らないの、お願いだからあっちいってくれる?」


おい……。


「その、哀れで不幸なマヌケ面が、カーズ顔が、凄い、気持ち悪いのよ……。」


 ちょ! 酷い! この子こんな酷い事平気で言う子なの!?

青ざめた表情で目に涙を浮かべて身を竦ませ、嫌悪感を露わにして――


「うっ、生理的に、無理男……。」


 仕舞には口に手を当てて今にも吐きそうになってるよ!

ちくしょう! 泣きたいのはこっちだよお!!


「待って! ほら! 俺あの時カツアゲされててさぁ? あの悪魔みたいな真っ黒な翼の男!

 アイツにカツアゲされてて、キミと赤いリザードのヒトに助けられたんだよ!?

 あそーだっ! その肩の白いカラス! クロちゃんでしょ?!」


「えぇー……。あぁー……。カツアゲ? され、てたー……。シーヴ……。さん?」


 船酔いにでも襲われたように苦しそうな表情のまま、シルフィさんは考え込むように再び視線を泳がせている。

た、頼む! 思いだしてくれ!!


「そ~うそ~う! よぉおお~くっ! 思い出してみてぇ~っ!

 あの時、カツアゲされてたっ! 哀れでっ! 不幸なっ! マヌケ面っ! そぅ! シーヴ!!」


「シー……。あっ! シーヴさんねっ! あの哀れで不幸なマヌケ面のっ!!

 思い出した! 私ったらやだ、ごめんなさいねっ。あははっ。」


「あっははー……。」


 う……。結構、後からダメージ、来るな……。

けどまぁ…思い出してもらえたみたいだし、一見落着としよう……。かな……。

照れたように笑うシルフィさんを前に、俺の心は箱根を走るマラソンランナーのように満身創痍となっていた。


「ねぇし-君、カツアゲされたの?」


む。


「あそーだファラ、ボーラさんのお弁当あるぞ。食べるだろ?」


「ぅわぁあ~~! ありがとーーー!」


「俺の分も食っていいからな。」


 この野郎、毎度いらんことばっか気付きやがる……。

今は俺とシルフィさんの特別な時間なの! 邪魔すんな! 弁当食ってろ!

しかしシルフィさん、まだ若いのにお医者さんなのか。

それもこんな大きな街の闘技場で仕事を任されるなんて、いやはや凄いな。


「それにしても、こんな荒くれ者だらけの闘技場で治療を任されるなんてすごいですね。 大変じゃないですか?」


「ん? あぁ、そのこと? でも私、恥ずかしながら医療とかよくわからないの。」

 

「え? えと……ん?」


 いや、まじでどーゆーこと?

医者でもないのに…どして?

あ、看護師とか?


「えっとね、原理はよくわからないのだけど……。私、傷を癒す奇跡が使えるんです。」


え、奇跡――奇跡って言ったよな、今……。


「だから時々ここに来てお仕事してるんですけど。

 あ、ちなみに私はファラさんの担当医じゃないです。

 ただ他のヒトに頼まれてちょっと様子を見に来ただけで。

 この奇跡、ファラさんのように業苦を持ったヒトは何故か治せませんから。」  


 あー、そういう事か。

シルフィさんも奇跡が使えると……。

それも傷を癒す能力とは――なんとも便利な奇跡だ。

ん? でも確か奇跡を持ってると、ヒュムの場合は左目の下か、お尻に星形の痣がある筈じゃ……。

けれどシルフィさんの顔にそれらしい痣はない。

てことは、シルフィさんのお尻に、星形の痣が……ある。

つまり俺とシルフィさんは、オシリ合い……。


「え、シーヴ……さん……? なんですか……。その顔……。」


「んあ、いえ……。はは。」


「うぅ……。」


 はっ……。

いけないいけない……。

どうやら顔に出ていたようだ。

怖がらせてしまったらしく、なにか醜悪な化け物でも見る時のような顔をされてしまった。

いかんいかんいかん、完全に警戒されて……。


…………。


 あれ……そういえば……。

ふと、疑問が浮かんだ。

それも結構大事なことだ。


「あの、どうしてファラが業苦を持ってるって解ったんですか?」


「え? どうしてっ、て……。シーヴさん、知らないんですか?」


 俺がそう聞いた途端、逆に「信じられない……」とでも言うように不思議そうな顔で質問されてしまった。

何故だかちょっと責められてるようで胸が痛む。


「はぁ、まぁ……。実はこの世界に来て日が浅くて……。色々知らないことだらけなんですよ、俺。」


「あら、そうだったのね。そうとは知らずごめんなさい。

 でもそうなると、黒印が何かも知らないのかしら。『カルマサイン』って聞いたことないですか?」


「ん~、カルマサインってのはよくわからないけど――」


 黒印って、確かビーフとズボラの……。

あの黒いツノの……。


「あの、ビーフストロガノフとズボラ・エボラのツノが――」


「あ! そうそう! あの2人の闘い、私驚いちゃった!」


シルフィさんは突然思い出したように俺の方を指さすと、顔の前で手を叩いて嬉しそうに笑った。


「それでね、あの2人のツノ、異様に黒かったと思うんですけど、あれがつまり黒印なんです。

 カルマサインって呼ぶ場合もあるけど、ほとんどは黒印ですね。」


やはりそうか、まぁその辺りはなんとなく予想はしていたが。


「種族によって黒印の宿る場所は違うけど、私たちヒュムの場合は右目の下にホクロみたいなのが現れます。

 奇跡の逆バージョンって感じですね。」


そう話しながら右の目尻の下に人差し指をぽんぽんっと当てている。


「そう、だったのか。あれ、そうなるとビーフとズボラのツノが白くなったのは――」


「まずはそこですね。あれがつまり、業苦が消えたって事なんです。

 あんなこと前例がないから、流石に皆驚いてましたね。」


そういえば、忘れてしまっていたが、元解説の男もそんなことを言ってたな。


「てことはファラの場合、ホクロだと思っていたアレは、黒印だったのか。

 なるほど、なんとなくわかりました。」


「あぁ、ちなみにシーヴさんをカツアゲしてたあの翼人の男のヒト。」


う――


「あれも黒印持ちでしたよ。」


含みのある笑顔で嫌な話掘り起こすなこの子……。


「あの黒い翼ですか……。」


「そうですっ! どう? 意外とわかりやすいでしょ?」


色々驚きだが、俺がカツアゲされたという事実を早くこの子の記憶から消し去りたい。


「ところで、一つ聞きたいんですが。実はファラの業苦を消す手掛かりを探しているんです。

 ビーフとズボラの黒印がどうして消えたのか、解りませんか?」 


「ん~、そうですね……。私もあれからずっと考えていましたけど。

 そもそも業苦を解消する術って、正確には解っていませんから曖昧なんですが……。

 多分、あの2人の願いが叶った、想いが成就したから、とかじゃないでしょうか?

 あぁ、あくまで憶測ですよ? といっても今回の場合、他に理由が思い浮かびませんけど。」


 願い――想いの成就か……。

今回の場合だと、通算100回目の闘いで……。

そしてビーフの初勝利で……。

それは多分、あの2人の共通の願いだった?

それを達成し、想いは成就した?

だから業苦も消えた……?

そういう話だろうか。


「えっと、つまり。ファラの願いを叶えれば、その業苦も消えるって事ですかね。」


 ふとベッドに座るファラの方を見る。

喰うのに夢中で、どうやら俺達の話は聞いていない。

無邪気に大きな口を開けてサンドイッチを頬張っている。

右目の下のホクロ。

あれが、黒印。

ボーラさんやタイさん、街ですれ違うヒトビトは、その事に気付いていたのか……。


「はい。けどそれもあくまで憶測です。

 実は私も業苦を解消する術を探してるんです。

 まだ話してませんでしたけど、クロちゃんもリンネの業苦を背負ってます。

 この子のカルマサインは体の色、この抜け落ちた様な白色がそうなんです。」


 そう言うとシルフィさんは肩に乗る白いカラスの頭を、人差し指で愛おしそうに撫でた。

白いカラスは相変わらずつまらなそうにジッと静かにしている。

この抜け落ちた様な白色こそが、カルマサイン?

なるほどたしかに黒印というには違和感があるし、カルマサインといえばしっくりくる。

そして業苦を背負っているからには、何かあるのだろうが――


「あの、もしかしたら凄く失礼な事を聞くかもしれないんですけど、一体どんな業苦なのか聞いても良いですか?」


 俺が村や街でファラといて、一度も「ファラの業苦がどのようなものか」と聞かれたことが無い。

それを聞く事自体、タブーのようなものなのかもしれないが。

俺が探るようにそう尋ねると、シルフィさんは少し考える様に視線を落とした後、落ち着いた様子で話し始めた。


「えっと、ごめんなさいね。

 シーヴさんのお察しの通り、業苦の内容については皆聞かないようにしてるし、滅多に他人には話さないんです。

 20年前の大災害の後から、余計にみんな敏感になっちゃったって聞いてます。」


 20年前――ケズトロフィスの大災害か……。

チーさんやマーシュさんの言っていた――

そして、「聞いてます」って――そうか、シルフィさんもリンネだから、当時の事は解らないんだ。


「というのも、業苦を持ったヒトは少なからずその事を気にしていますし、反対に業苦を持たないヒトは、出来るだけそれを気にしないように生きています。

 もしそれを知られてしまったら生きづらくなるし、それを知ってしまったらそのヒトとの関係に壁が出来てしまうから。

 業苦は前世で清算できなかった罪や醜悪な憎しみの証だと言われています。

 もしかするとそれは事実なのかもしれません。

 けどそれで引き起こされてしまう出来事は、決してそのヒトの悪意から起こることではないと思うんです。

 だれも好き好んでヒトを傷つけたりなんてしない。

 皆それを知っているから、業苦を持ったヒトをやたらに差別したり、忌み嫌ったりすることはしないんです。

 たまに心無いヒトもいますし、世界を征服して業苦を持ったヒト達を皆殺しにしようとか、そんな恐ろしい事を企むカルト団体がいるなんて噂も聞いたことがありますけど、基本的に皆優しいんですよ。」


シルフィさんは俯いたまま淡々と話続け、最後には少し寂しそうにそう締めくくった。


「そう、ですか……。」


 けれどそれは、上辺だけの優しさだろう――と、そう感じる。

業苦を持ったヒトを、黒印を恐れるからこそ、そうして距離を取るのだろう。

誤魔化して、避けて、けど誰も傷つかないのなら確かに、それは悪いことではないのかもしれない。

ふと純粋なシルフィさんを前に、俺はそんなことを思った自分に嫌気がさす。

業苦を持ったヒトを皆殺し、か……。

まぁ、そんな奴らがいてもおかしくはないのだろうが……。


「は……。」


ふとボーラさんのサイコモードの時の憎しみに歪んだあの顔が脳裏によぎり、ゾッとした。


「あ、でもまぁ、いいのかな。別にクロちゃんの業苦は誰かを傷つけるモノでもないですし。

 ………うん。シーヴさん、特別に教えます。」


「え? えっと、良いんですか?」


シルフィさんは少し考えるようにしばしクロちゃんを見つめると、急に明るさを取り戻し、サッパリした笑顔でそう言った。


「はい。でもその代わり、もし何か手掛かりが見つかったら、私にも教えてくださいね。」 


あぁなるほど――


「協力関係を築く、という事ですね。もちろんです。

 それに俺にできる事があれば、いつでも力になりますよ。」


俺の言葉にシルフィさんは少し安心したように表情を緩め、そして肩に居たクロちゃんを膝へ座らせると、優しく撫でながら静かに話し始めた。


「私とクロちゃんがここに来たのは6年くらい前だったかしら。

 気が付いたら洞窟に一緒に居たんです。この子、最初の頃は灰色でした。」


「灰――カラスが、ですか?」


「えぇ、そうですね。

 ちょっと色が薄いだけなのかな? ってその頃は思ってたんですけど。

 気が付くと日に日に色が抜け落ちていくように薄くなってて……。

 このまま透明になっちゃうのかなって、ちょっとだけ心配なんです……。」


「徐々に色を失い、いつか透明になる――つまり、それが業苦ですか?」


少し伏し目がちにシルフィさんはつづける。


「いえ、違うんです。多分これは、この色が薄くなっていく現象は…業苦の進行を示しているんだと思います。」


 業苦の進行?

それが体の退色に現れているということか?

けどそれじゃぁ――


「この子の業苦は『色盲』みたい。だからつまりクロちゃんは、色のない世界を見ているんです。

 そしてもしかすると、最後は何も見えなくなってしまうかもしれないですね……。」


「色のない世界――色盲ですか? けどそれって、それが業苦だってどうして解ったんです?」


 色盲――当のクロちゃんから申告も無しに、どうしてそれが業苦だとわかるのだろうか。

シルフィさんは再びクロちゃんを膝から抱き上げると、今度は自分の頭の上に座らせた。

どうやら話半分に実は遊んでいるらしい。


「そうですね、まずはその辺りから話しましょうか。

 色盲については、ある些細な出来事がきっかけで気付きました。

 まず私の生まれた洞窟の近くの村には、色とりどりの果実が生る背の高い木が沢山あったんです。

 赤、青、黄、緑――まるでクリスマスツリーみたいでとっても可愛いんですけど、面白い事に赤い実以外は恐ろしく不味いんですよ。

 よく村の子供たちは石を投げて、その赤い実を採ってました。それでこの子、とっても頭が良くてヒトの言葉が解るんです。

 命令……。んー、お願いって言った方が良いかな? それ一つでなんでも完璧にこなしちゃうんです。」


シルフィさんは頭をユラユラと揺らすが、クロちゃんは上手にバランスを取りながら何食わぬ表情でソコに座っている。


ズ……


 ん、なんだ今の音。

気のせいか? 背後から何かを引きずるような音が――


「思いついた私はある日、クロちゃんに赤い実だけ取って来てってお願いしてたんです。

 けれどその時、クロちゃんは実の生る高さまで飛んだあと、迷う様にその場所からしばらく動かなかったんです。

 結局持ってきたのは寄りにも寄って一番美味しくない黄色の実でした。」

 

あ、なんか言い方に棘があるな。


「シーヴさんは、知っていますか? カラスって『人』よりもさらに色覚に優れているんですよ。

 そしてこの子は、喋れないのにヒトの言葉が解ります。そのクロちゃんが、木の実の色を間違えたんです。」


ズズ……


「なるほど……。

 けれど色覚が優れているなら、そもそも色情報というか、色の概念が根本から違うという事もありませんか?

 ヒトの言葉が解っても、クロちゃんの思う『赤』が俺達の思う『赤』とは限らないというか……。」


「そうですね、私も詳しい事までは解りませんし、憶測でしかなかったです。

 なので鳥類に詳しい獣医の方に見て貰いました。そこで様々な色覚診断のテストを受け、そして結果は、色盲だと。」


 あぁ、そうか。

医者が――それも鳥類に詳しい獣医が言うのなら、それは間違いはないのだろう。

シルフィさんは頭の上の白カラスを再び持ち上げ、優しく膝の上に抱きかかえる。

 

「ちなみに、私が傷を癒す奇跡を使えると知ったのはもっと後の事です。

 それが病やケガを癒せると知って、私は凄い嬉しかった。

 早速、この子の色盲も治そうと試しました。

 けれど不思議なことに、何をどうやっても治らない、癒せない、体の色も戻らないんです。

 その後、ヒトビトの治癒に当たっている内に気付きました。業苦には、私の奇跡は効かない。

 私の奇跡では、業苦を癒すことも、業苦を持ったヒトの傷を癒す事も出来ませんでした。

 ほんとうに、よくできた世界だなって、思いましたね。」


ズズズッ……


なんださっきから……。変な音が頭上から聞こえて――


ゴッーー


「あ! シーヴさん危ない!!」


「え?」


ガッシャーーーーン!!


 突然の衝撃と音で脳がフリーズを起こした。

頭に響いた激痛と耳鳴りで意識が引き戻される。


「あ……っつ……。」


「だ、大丈夫ですか……!?」


「ってぇ……んだ、今度は……。」


「やだ……。凄い血……。ごめんなさい私のせいで! ジッとしていてください! すぐに治します!!」


 ぼやける視界に砕け散った分厚い陶器のようなものが目に入った。

どうやら背後にあった棚からツボが落ちて来たようだ……。

シルフィさんが慌てた様子で手か何かを俺の頭の上にかざしているらしい。

そこから暖かさを感じ、ゆっくりと痛みが引いていくのを感じた……。

痛いの痛いの飛んでけってやつか……。これは……ありだな――


「シルフィさんが謝ることじゃないですよ……。」

 

「うぅ……。違うんです……。実は私――」


コンコン……


「シルフィ、そろそろ戻ってきてくれると助かるんだが――」


 ふと扉を叩く音がして、老人と思われる低い声が聞こえて来た。 

それと同時にシルフィさんはハッとしたように時計を見て、クロちゃんを抱きかかえたままワタワタと慌てて立ち上がる。


「あ、もうこんな時間……。ごめんなさい。私すぐ行かないと……。

 実はドーピングヘッドさんの様態が芳しくないのよ。」


いたなぁ、そんなヤツも。


「すみませーん! いまいきまーす! それじゃあシーヴさん、すみませんがファラさんをお願いします。

 事務の方には話しておきますので、目が覚めたらもう帰って大丈夫ですよ。

 あ、最後にサービスカウンターに寄ってくださいね。準優勝者には賞金が出ますから。失礼します!」


「あっ! シルフィさん連絡さきぃ――」


 シルフィさんはちゃっちゃとお辞儀をしてさっさと部屋から出て行ってしまった。

しまった! こんな事なら最初に連絡先聞いておけばよかったぁ!

そう、協力関係を築こうにも連絡先が解らないと情報共有の術がないのだ。

あー俺のバカ! こんなチャンス二度とないのに! 後悔先に立たず!!

リグレット! リグレットエブリシング! エブリデイ!!


 シルフィさんの連絡先を聞きそびれた事が大変に悔やまれる中、俺は粉々に砕けたツボの破片を片しながら先ほどの会話で知りえた情報の整理を続けた。

色が抜け落ちた様に白いカラス、色盲の業苦、傷を癒す奇跡、それを以てしても業苦を癒すことは出来ない――か。

そういえば結局また、ケズトロフィスの大災害については聞きそびれてしまったな。

他にも魔女の事や前世の記憶についてと、リンネの先輩であるシルフィさんには色々聞きたいことがあったのだが……。

しかし業苦を解消する方法については少し進展があった。

願い、想いの成就――ファラの場合、母親に会いたい。といったところだろうか?

けれど本当に、そんな事で業苦が解消されるのだろうか。

願いが叶えば解消されるというのなら、もっとその前例があっても良いと思うのだが。


 気が付くとファラはとっくに食べ終わっていたようで、お腹いっぱいになり再び眠ってしまったらしい。

相当疲れていたのか、ベッドから起き上がり壁に肩からもたれ掛かったままヨダレを垂らして眠っていた。


「全くコイツは――」


 ほんとに幸せなヤツだよ……。

まぁ、今日は頑張ったしな、もう少し寝かせておくか……。

しかし準優勝で賞金が出るとは…なかなか太っ腹だ。

早速賞金を受け取りに行こう。

俺は眠るファラを残して、シルフィさんの後を追う様に静かに戦士医務室を後にした。

シルフィさんは、腹黒美少女。

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