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「昼の第1部の戦士のヒトー! 控室へどうぞー! それとー! 初参加の戦士の皆さんはー!
ルール説明するんでー! こっち集まってー! 昼の第1部の戦士のヒトねー!」
気が付くと朝だった。
俺はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまったようで、目を覚ますとベッドの中にいた。
今朝はなんだかとても静かで、何故だか生まれたての赤子のようなとても穏やかな気持ちだった。
隣にファラはおらず、転生してから今までの全てが夢だったのではないかと錯覚した程だ。
ボーラさんは既に仕事に向かった後だったようで、ファラには「遅い! 寝坊だよ!」と怒られた。
昨日の事をファラに尋ねると、俺は泣き疲れて眠ってしまった後、ボーラさんにお姫様抱っこされてあの噴水からこのベッドまで運ばれたそうだ。
まぁ、もう、恥もプライドもあったもんじゃないさ。
ふふ、一皮むけたな、俺も。
ボーラさんは朝食だけでなく、有難いことにお弁当まで用意してくれていた。
俺は急いで支度を済ませ、フレンさんに挨拶をしてファラと共に家を出発。
ほどなく闘技場に到着して少しすると、ルール説明のために戦士が集められた。
先ほどの声の主は昨日の羊男のカルビだ。
俺はファラと別れ、今はそれを離れたところで椅子に座って聞いていたところである。
「今日の参加者は合計で48名。そのうちこの昼の第1部の、初参加は5名なんだけどぉ……。
なんか、ずいぶん多いなぁ……。皆さんは昼の第1部の戦士で間違いないかな?
間違っちゃった慌てん坊のオタンチンパレオロガスは今すぐサービスカウンターに行ってねー。」
カルビがそういうと7割くらいの戦士がぞろぞろと気まずそうにサービスカウンターへ向かった。
「あぁコラ! サービスカウンターはそっちじゃないよー! あっちーーー!!」
ぞろぞろと――バカすぎんだろ……。主体性ゼロか……。。
「おっほん、まぁ気を取り直してルール説明始めるよ。まずこの闘技場では武器の持ち込みは禁止です。
こちらで木剣と木盾、それとプロテクターを用意するから、それで闘ってもらいます。」
カルビのルール説明を聞いているのかいないのか、とりあえず全員腕を組んで真剣な表情でうんうんと頷いている。
ちなみにそーゆー顔をしている時のファラは、120%聞いてない。
ざっくりだがルールはこうだ。
武具は持ち込み不可、決められた武具のみ使用可。
翼やツノなど、元々備わっているものの使用は可。
試合時間は無制限、審判が決着を審議する。
カーズの使用は禁止。
そして対戦相手を殺せば即失格。
故意であれば、今後一切ケズバロンからも追放となるという。
「ちなみに故意に殺すとこのブラックリストに登録されるからね。」
そう言ってカルビは、見せしめのようにブラックリストの名簿と顔写真のボードを高々とかざした。
ここからでは良く見えないが、ろくでもないのがいるもんだ。俺も気を付けよう。
「レザーフェイスデビルに耳削ぎ芳一。特にこいつ等は街の出入りも禁止された最悪の殺戮者だから、もし見かけたらすぐにギルドに報告してね。
それと最後になるけど、一番大事な事だからよく聞いてね。一応今日は医療のスペシャリストも控えてるけど、無理はしないように! それだけ!」
ふむ、もっともだ。
ファラにしっかり聞こえる様に、もう一回大きな声で言って欲しい位だ。
「それじゃぁ健闘を祈ります。この後は控室で、選手入場までしばしお待ちください。以上で終わりです。」
カルビはその後戦士たちを奥の控室へ案内したが、そこで何かを思い出したように慌ててファラを呼び止めた。
「あ! ちょっとキミ、待って待って!」
「ん? なに? 言っとくけど、いまさら棄権なんてしないわよ。」
「ちがうちがう! ファイターネーム! ちゃんと考えて来てくれた?」
「あぁ、その事? もちろん、ちゃんと考えてあるわ。」
あー、そうか。
すっかり忘れていたがファラのやつファイターネームまだ登録してなかったのか。
結局教えてくれなかったが、どんなのにしたんだろうか。
ファラは紙と万年筆をカルビから受け取るとサラサラと何かを記入した。
恐らくファーターネームの名簿みたいなものだろう。
そしてカルビがそれを受け取った途端、眉間に皺を寄せて我が目を疑うようにギョッと見開いたのが見えた。
「え、ぁ? ちょっと、アンタ……。ほんとにこのファイターネームでいいの?」
「なによ文句あるの? 言っとくけどアタシはね、その名前に誇りを持ってるの。」
「よしなって! 絶対馬鹿にされるよ? あのねぇ、言っとくけどここアンセムには、名前負けって裏ルールがあってね――」
んだそのルール。
名前負け……?
「あまりにも変な名前で観客からの評判が悪いと、優勝しても失格になるんだ!」
いやどんなルールだよ。名前負けって、意味違うだろ。
てかアイツ、まじでどんなファイターネームにしたんだ……。
あぁ気になる木~……。
「今までもね、優勝者無しってことは何回かあったよ。
俺はそんな哀れな大会観たくないから、わざわざ忠告してやってるってわけ。
わかるよねぇ? ちなみに歴代名前負け優勝戦士は――」
そう言ってカルビはもっふもふの毛の中からモゾっとファイルを取り出し、次から次へと名前負けした優勝戦士のファイターネームを読み上げた。
マンイーター矢野
ゴサリン
タンポポ・デスブリンガー
レッドホットチリ・チクビーナス
超戦士ゴライアン
フルスロットル俺
苦しゅうナイトフィーバー
怪物くん
隣の怪物くん
名前の無い怪物
ゴリラザムライ
いや多いな……。
「それと、りんねっち、だね。」
りんねっち!? まじで!? なんかすげー複雑な気分なんだけど!
てか怪物シリーズめちゃくちゃ不評じゃねーか。
しかしなるほどどうして…こうも恥さらしがいることに驚きだ……。
個人的にゴサリンとレッドホットチリ・チクビーナスがどんな奴なのか見てみてぇ……。
「一昨日もひとり、翼人の男が、ドタバタバトルバタフライ、なんてふざけた名前にしようとしてたから必死で止めたんだ。」
ドタバタ……。確かに、そりゃひでぇな。
「ちなみにさっきキミの隣にいたあのヒトね。彼も昼の第1部だよ。
あまりにもセンスが無いから僕が代わりに考えてあげたのさ。
だからキミのファイーターネームも、良ければ僕が考えてあげるからさ、ね? 考え直そうよ?」
なだめる様に話すカルビの言葉をファラは静かに聞いてはいるが、かなり機嫌が悪そうだ。
腕を組み何とも不満げに冷たい視線をカルビに向けている。
「そう。話はそれで終わり? ならアタシもう行くわ。」
「え? ちょっと!」
おい待て待て待て、ちゃんと聞いてたか話?
「忠告ありがと、でもその名前で登録しといてちょうだい。」
唖然とするカルビを尻目に、ファラは控室へ入って行った。
「はぁ……。名前負けだな、ありゃ……。」
カルビはため息交じりに肩を落とすとヨチヨチと歩いてそのままどこかへ行ってしまった。
おいおい……。アイツ本来の目的解ってんのかな。
名前を上げないとギルドに入れないんだぞ……。
それを寄りにも寄って「名前負け」なんて、全然笑えねぇんだけど。
そういえば控室には他の戦士もいるはずだけど、ファラ、大丈夫かな……。
アイツ気に入らないことがあるとすぐ食って掛かるし、早速洗礼とか受けてないだろうな。
試合開始前にリタイアとか…あぁもう心配事しかねぇよ。
俺は耐え切れず席を立ち、控室の窓をこっそり覗きに行った。
そろ~り……。
「げ……。」
闘ってる!
「ほらほらぁ! そんなもんかぁ?! おんな!!」
「ひゅぅ~! やれやれぇ! ビーフストロガノフ!!」
「いいぞビーフストロガノフー! トドメだ~~~!!」
「はっはっはっ! そんなんじゃビクともしねーなぁ!?」
「ちぃ……! こんのぉおおお!!」
「だっはっはっは! むだむだぁあああ!!」
腕相撲で。中では荒くれ者たちの歓声に囲まれて、ファラが決死の腕相撲大会を繰り広げていた。
全員ガキみてーにはしゃぎやがって――アホくさガキか。
ー これより闘券の販売を行います ー
その時どこからともなく館内放送が響き渡った。
でもどこから? これも魔法の一種なのだろうか?
辺りを見渡すがスピーカーなどは当然どこにも見当たらない。
ー お買い求めの方は、窓口までお越しください ー
ー なお、闘券はそのまま観戦席への入場チケットとなりますので、無くさないようお願い申し上げます ー
ん、闘券? 入場チケット? 競馬とかで言うところの、馬券みたいなものだろうか?
それが無いと観戦できないって事か? あれ…俺お金ないんだけど……。
ダメと解っていながらも、俺はサイフを取り出して中身を確認してしまった。
「あれ、1000レラ……。ある!」
え? なんで? たしか昨日3000レラ……。
あぁ、そうか、タイさんにおまけしてもらったから……。
――ありがとう、タイさん……。
「でも、1000レラで闘券って買えるのかな……。」
俺は不安と緊張とタイさんへの感謝を胸に、窓口へと向かった。
競馬とか行ったことないんだけど、馬券買わないとやっぱ入場出来ないのかね。




