anthem_3
未改稿
あらやだ……アナタたち、空前絶後の未改稿ゾーンに到達しちゃったみたいね。
何見てんだオラさっさと引き返さねぇとひん剥いてケツの穴ブチ掘るぞコラァ!
ウガァアァァアアアアアッ!!
♡ボーラ・ホルーゾ♡
「まぁ……。ギリ及第点かねー。正直あんまお勧めはしないけど、どうせやるんだろ?」
「なによ? 当たり前でしょ? さ、試合の参加受付はどこなの?」
闘技場アンセム。
場内は猛々しい笑い声とむさ苦しい漢達の熱気で溢れていた。
俺達は到着するなり、早速参加申し込みをしていた。
受付係りの二足歩行の羊は首からネームプレートを下げており、そこには「カルビ」と書いてある、が――それでいいのかアンタ。
そしてどうやら申し込みの前にまず体力テストがあるようで、そのテストでファラは「ギリギリ合格」という心底微妙な走り出しとなった。
ファラはそんなこと気にも留めていない様子で受付係のカルビに苛立つように語気を強める。
そんなファラをなだめながらカルビは話を続けた。
「まぁそう焦りなさんな。もう後はこの書類にサインして貰うだけ――っておい! 最後まで聞けよ!!」
カルビが参加受付の書類と万年筆を出した途端、ファラは話もそっちのけでソレを奪い取り、そして躊躇いもなくサラッとサインを書き終えるとぶっきらぼうにソレを突き返した。
コイツさっきからめちゃくちゃ感じ悪いな。
「はい。これで明日また来れば良いのよね? それで? 何時?」
「まったく……。キミの出場枠は昼の第1部に振り分けられるからー……。
うん、明日は12時にここに居れば良い。ところでファイターネームはもう決めた?」
「ファイターネーム? なんですかソレ?」
まぁ恐らく、闘う際に呼ばれるニックネームのようなものだろうけど。
「あぁ、闘技場の戦士はファイターネームで呼ばれるんだ。
出来るだけカッコイ~イやつ考えてくれよ? 盛り上がるから! 明日もっかい聞くから、忘れないでね!」
カッコイ~イ名前か。
カルビはなにやら子供のようにワクワクしてそう言った。
チラッとファラを見ると、こちらは得意気に怪しい笑みを浮かべて腕を組んでいる。
なんだその顔。不安だ。不安しかない。
「そんじゃ12時ね。試合開始は13時からだけど、初参加の戦士には色々ルールの説明もあるから、遅れるなよ?」
カルビはフッサフサの毛をポヨポヨと揺らしながらヨチヨチと忙しそうに去って行った。
その後姿は大きいぬいぐるみのようで、なんだかホッコリと癒される。
なんつーか、うんたらの森って感じだった。
「さてと、行くか。」
俺達はカルビとは反対に、闘技場の出口に向かって歩き始めた。
ふと周りを見るとどいつもこいつも筋肉の化け物みたいなのばかり。
それこそ、この中では俺らなど赤子のように見える事だろう。
先ほどから刺すような周りの視線が痛い。
「しかしお前ほんとに大丈夫か?」
この猛々しい漢祭りの中を歩いていると益々不安になり、釘を刺すようにファラに問いかけた。
「大丈夫よ。みんな強そうなのは見かけだけ、しー君も出ればよかったのに。」
ギリ及第点の分際でまったく躊躇う様子が無いのは勇ましいが……。
それは無謀というやつじゃなかろうか。
まぁ、俺もヒトの事言えた義理じゃないがね。
「俺は多分体力テストでアウトだよ。それで、ファイターネームはどうすんだ?」
「ふふん、それならもう考えてあるわ……っと――」
ん?
「――なによアンタ。」
俺達が話をしながら闘技場の出口を抜けようとした途端、突然大きな怪物が仁王立ちで立ちふさがった。
おぉ……。なんと立派な黒ツノだろうか。
2メートルはあろうかというその牛男はゴツゴツの腕を組みドッシリと構えている。
顎をクイッと上げてフンッと鼻を鳴らし、あざ笑うかのように俺たちを見下している。
先ほどのカルビとのやり取りといい、明らかにファイター然としていない俺達の存在は相当に目立っていたのだろう。
必然と言えば必然、こんなゴツい超重量級の牛男に絡まれてしまった。
うっわー……。デケー。
威圧感スゲー……。
こーゆーのをミノタウロスっていうんだっけ?
いやー、無理だろー……。
「へっ! 俺様はっ! ビーフストロガノフッ!! どうだっ! 強そうなファイターネームだろうっ!?」
「は?」
いやまてぃ。それ食い物の名前。なに「俺が考えました」みたいなドヤ顔してんだ。
ふとファラを見ると同じように腕を組み、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべていた。
あ、まずいコイツもスイッチ入ったわ。
「ビーフ……。ストロガノフ……。確かに強そうな名前ね……。やるじゃない……。」
あかーん。乗るな乗るな。
そーゆー学生ノリにノリノリで乗り込むなこのバカ。
「へっ!!」
あ、ほらー……。ビーフストロガノフ、めちゃくちゃ嬉しそうじゃねーか。
みると目を見開き「お! 乗って来たなぁ~?! うっひょ~う!」と言わんばかりのお茶目な表情である。
「ふんっ、それにしてもぉ? こんな弱そうな女が明日の参加者とはな。
さっきのやり取り見てたぞ? ギリ及第点だってな? しかも昼の第1部、俺と同じ出場枠だ。
こりゃ美味しい所に入ったもんだ! がっはっはっはっはっは! まぁ精々頑張れや!
逃げんなよ? おんな! じゃーなー!!」
煽るなぁ……。
ビーフストロガノフは喋りたいだけ喋ると、後ろ手を振ってドシドシと陽気に俺たちの後方へ去って行った。
「あっおーい! たっくーんっ! おまえ今回も出んのかー!? がっはは! 今度こそ負っけねーぞぉ!?」
というより、仲間がいたようでそちらへ行ってしまった。
アイツ、何歳だよ。
ちなみにファラはその間言葉を発さず、ビーフストロガノフをつまらなそうに見つめていた。
まぁなんにせよ、揉め事に発展しなかったのは幸いか……。
ファラだって多少腕っぷしがあるとはいえ、一応女性であることには変わらないし。
こんなところで殴り合いにでもなったら、流石に俺も見ているだけという訳にはいかないからな。
ビーフストロガノフか……。
名前はともかく、やり合えば十中八九ファラに勝ち目はない。
コイツ結構無茶するし、俺も身体鍛えないといけないのかな。
いや、でもあれには勝てねーよな。
俺はそんな事を考えながらファラと共に闘技場を後にした。
「なぁ、やっぱり無理だよ……。冗談抜きで怪我だけじゃ済まなくなるかもしれないぞ。
俺だってお前のこと心配して言ってるんだからな?」
「ありがと。でもしー君が思ってるよりもアタシ強いんだよ?」
「いやだからさぁ……。」
ギリ及第点だったろお前。
「ふ~ん、信じてくれないんだっ。じゃぁ話してあげるっ。」
よほど自信があるのだろう。
或いは本当にバカなのか。
ファラは怪しい笑みを浮かべ、得意げに語り始めた。
「昔ね、村のいじめっ子軍団『ディザスターキッズ』と大喧嘩した事があったの。
そうねぇ……、10人以上いたかしら?」
ほうほう。
「弱い者いじめの好きな犬の糞みたいなやつらだったわ。
群れを成さなきゃ何もできない――そういうカスの集まりだった。」
なるほどなるほど。
「もちろん一人残らず地面に叩き伏せて、トラウマになるほど泣かせてやったの。
それでね、その時についた通り名があるの。」
ふむふむ。
「そう、『馬乗りのファラ』ってね。」
「いやひでぇな! それ相当酷い事したヤツにしか与えられない称号だぞ! おまえ何したんだっ!?」
そんな屈辱的な称号を与えられた過去を嬉々として語るファラに、俺は思わず声を荒げてしまった。
何故それを武勇伝として嬉しそうに語れるんだろうか……。明らかな黒歴史だぞソレ。
「別に。地面に叩き伏せたあと、顔がブタマンみたいになるまで全員ボコボコに殴ってやっただけよ。」
だけ!?
「言っとくけどアタシ悪くないよ? 喧嘩吹っ掛けて来たのアイツらだもん。」
ファラは子供の様に頬を膨らませ、プイっとそっぽを向いた。
あ、コイツ多分その頃から全く成長してないな……。
多分その喧嘩の後も、今と同じ事言ってムクれてたんだろう。
「あのなぁ! そーゆーのは通り名って言わないの! 汚名だよ! 汚名! ダーティーネームッ!!
は……。まさかお前……。それをファイターネームにする気じゃ……!」
「そんな厳ついのにしたら不戦勝になっちゃうでしょ?」
厳つい? 「惨め」の間違いだろ。
それに、今の話も飽くまで「村」の中での話だ。
この勘違い女……。まじで大丈夫か。
もういっそ一回痛い目見た方がコイツの為なんじゃないか。
「安心して。」
不安だのら。
「痺れるほどカッコイ~イファイターネーム、かんがえてあるんだから!」
そう言うとファラは突然いつもの調子で無邪気に笑い始める。
まぁ、もう勝手にせぇよ。なんつーか……。死なない程度に頑張れよ。
「あー、さいですか。」
俺はため息交じりにテキトーに応えた。
「ところでこの後はどーするの?」
「え……? あぁ、特に予定もないからなぁー……。」
突然ファラが真っ当なことを言い出すので一瞬困惑したが、確かにこの後の事は一切ノープランだった。
ボーラさんが家に帰るまで、まだ半日以上ある。
街の探索でもしようにも金もないし……。なにより腹が減って来たな……。
なんか俺、いっつも飢えてる気がする……。惨めだ……。
「とりあえず、ボーラさんの屋台の手伝いでも行くかなー。おまえは?」
「しー君が行くならアタシも行くよ? ボーラさんから焼きそば貰わないとっ。」
「おまえ、ナチュラルにそーゆー発言やめろよ……。」
ただのたかりじゃねーか。
とはいうものの、実はそれが目的だったりした。
ごめんなさい、ボーラさん。
はぁ……。てか明日ダメだったらいよいよ積みじゃねーか。
神頼みならぬファラ頼みとか、笑えないよなぁ……。
「やっきそっば! おっかわっり! うっれしっいなぁ~!」
はじまった。
「ひっるめっし! たっだめっし! いっいくっらしぃ~!!」
横を歩くファラを見るとたかり屋の唄を歌いながら嬉しそうにスキップをしている。
そんな先の不安とこんな乞食爆弾を抱えたまま俺は、闘技場を離れてボーラさんの屋台を目指した。




