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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 2章 アイ ザ ファイア
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ネズミとり

2025/10/08_改稿済み。




 思いもよらないヒト違いから始まり醜い罵り合いへと発展した痴情のもつれは、最終的に"俺が双方から一発ずつぶん殴られる"という理不尽極まりない”ケンカ第三者成敗”で幕を引いた。


「だからぁ……なんでいっつもこうなるんだよぉ……うぅぅう”ッ……!」


 心臓が脈打つたび、次第に膨れ上がり痛みの増してくる左右の頬。たまらずうめき声をあげると、俺の前を並んで歩いていたファラとボーラさんが歩みを止めた。ふたりは他人行儀に顔を見合わせ、こちらへと向き直る。


「本当にごめんなさいネ、シーヴちゃん。ヒロシのこととなると、ワタシ周りが見えなくなっちゃうノ」


 ボーラさんは申し訳程度に眉をひそめた。


「いえ……ボーラさんにも事情があるんでしょうから、もう謝らないでください……」


 慎ましく謝罪を申し出たボーラさんは、自分の非や過ちを認め自らを律することの大切さを知っている立派な大人だ。ましてこうも素直に謝られては咎める気持ちになれないというもの。


「そうそう、こうして和解も出来て、ボーラさんもあたしも一発ぶちかましてスッキリ出来たんだし、もう全然キング・オブ・ノーサンキューじゃん!」


 対して、ボーラさんの隣にいるダニ女は育ての親が”ニ等身のひねくれ者”だったせいか、或いは”副声虫サイレントヒル”の副作用のせいかはさておき、大切な旅仲間への思いやりというものをカケラも持ち合わせていないらしいことが解った。


「とりあえず殴らせてくれてありがと、しー君!」


 仕舞にはウィンク交じりに右手の親指を突き立てて清々しくお礼を言ってくる始末だ、首元で変なネックレスをじゃらじゃらさせながら。


「お前の場合はまず謝ってから土下座するのが先だろ。そもそもなんでお前にまで一発貰わなきゃならねんだっつの、マジで頭のネジ何本か外れてんじゃねぇのか? いっぺん医者に脳味噌の右と左がズレてないか診てもらったほうが良いぞマジで」


「なに言ってるの、しー君が誤解だってことをハッキリ言わないから話がどんどんややこしくなったんでしょ? もはや殴られるべくして殴られてる自分が悪いんじゃん。どっちかと言うと頭のネジ外れてるのはしー君の方だと思うけど」


「そうね、シーヴちゃんには悪いけど、真剣な話し合いの場で曖昧な発言をするのは、つまり"僕は誰の味方でもありません"って全員にケンカ売ってるようなものネ。逆に飛んじゃってるわネ、ネジ。」


「そんなこと言われたって、こちとら記憶喪失リンネやぞ……」


「リンネでもなんでも、漢なら自分の意見はハッキリ言えるようにならきゃダメよ、ヒロシみたいに。それから自分の非は四の五の言わず潔く受け止めなさい、ヒロシみたいに。じゃないと、意味もなく不幸のことわりに振り回され続けることになるのヨ、ヒロシみたいに」


「(結局ヒロシって野郎もダメじゃねえか……)ちぇ、男ってのはつくづく辛い生き物だぜ……」


「まあでも良かったじゃん、結果的に泊まる所も無事に見つかって、しかも晩御飯は焼きそば食べ放題。あたしとしー君って行き当たりばったりの旅に意外と向いてるのかもっ!」


「何言ってやがる。"段ボールをくしゃくしゃに丸めれば掛布団が作れる"とか"噴水の池の底にたまってる小銭を集めれば少しは宿代の足しになる"とか”晩ご飯はその辺にいるピーナッツ虫でOK”とか酔狂なことばっか言いやがって。金使いばっか荒くて、てんで役に立ちやしねえ。思えば泊まれる宿を探す気なんか微塵もなかったじゃねえか」


「それはだって、正攻法を考えるのがしー君の担当だから。あたしはね、世渡りの下手な頭の固いしー君の為に、常に臨機応変に最悪の場合を想定して色々と抜け道を考えてあげているの。お金が掛かってるのはつまり、情報料とか、その他もろもろの対価ってことね」


「偉そうなこと言うな、だいたい宿に泊まる金が無くなったのはお前のせいだろ。ほんと、ボーラさんがいなかったら”明日は我が身”なんて悠長なことも言ってられねえくらい絶望的な状況だよ」


「あら、気にしなくていいのヨ、別に。焼きそばなんて屋台の売れ残りなわけだし。空き部屋にしたって、物置にしておくくらいなら誰かに使ってもらったほうがよっぽど良いんだもの。」


「だってよ、しー君。良かったね」


 気の抜けたため息が一つ。

 高く昇った月の元、先ほどの”ヒロシ事件”のお詫びという建前で客人としてボーラさんの家に招待されることになった俺たちは、ヒト通りの閑散とした街の居住区を歩いている。一番の課題であった宿泊先が土壇場で見つかったことで、俺の胸中に吹き荒れていた暴風雨も多少弱まり、ここケズバロンの街に来てようやく平穏を取り戻しつつあるものの、ファラに対する憤りの感情は徐々に虚無感へと変わりつつあった。

 居住区の石畳が、俺たち三人のまばらな足音をレンガ造りの街並みに大きく長く反響させる。未だ明かりの灯った民家も散見されるが、この辺りの七割以上はもう寝静まっていると見える。故に俺たちの声と足音は、たとえ気を使ってボリュームを抑えているとはいっても、この閑静な住宅地には不釣り合いな代物に思えてくるのだった。


「さあ着いたわ」


 両の足が棒になって久しい今頃、ボーラさんは赤レンガで積み上げられた立派な二階建ての建物の前で歩みを止めた。

 観音開きの硬い木製の扉、その門構えからして到底民家とは思えない。表札が無い。代わりに、大きな扉の上には頑丈そうな鉄製の長方形の看板が設けられている。植物を模した細かい装飾が施されていた看板には”ヴァーゴリィヴァーロッシュ”と、丸みを帯びた曲線の滑らかな文字が刻まれている。近隣の民家と見比べてみると、この建物は一段と格式高く、中世ヨーロッパの貴族の家なんかをなんとなく彷彿とさせるロマンチックな印象を受けるのだった。


「ここが”ワタシたち”の愛の巣。その名も”フクロウの街ヴァーゴリィヴァーロッシュ”ヨ」







「ただいま! 帰ったわよー!」


 明かりの無い玄関を潜ると、ボーラさんは暗闇の奥にいると思われる何者かに呼びかけた。どうやら同居人がいるらしい。屋外の明かりで微かに照らされた足元に目をやると、ボーラさんの靴よりもひと周り小さな男物の革靴が外向きに揃えてあるのを見つけた。その革靴も明らかに俺の足のサイズより大きいことから、同居人の男性というのはヒュム族の大人と考えて間違いないだろう。

 俺が革靴に気を取られていると、ボーラさんは木の床を激しく軋ませながら盛った熊を思わせる勢いで真っすぐに暗闇へと駆けこんでいった。


「こんのドグサレがァッッ!!!」


 突如として家中に響き渡ったボーラさんのものと思しき怒号デスシャウトは、そのまま暗闇を突き破って玄関にいる俺たちの耳元をかすめて弾丸のようにかっ飛んでいく。まるで穴持たずのヒグマが遭難した登山家を襲っている時のような咆哮に身が竦み、俺は本能的に目を閉じてしまったが、それはファラの方も同じだった。

 

「オラさっさとつけよこのザコカスッ!! 踏み殺すぞオラッ!」


 続けて壁にハンマーでも叩きつけたみたいな暴力的な破壊音が、ボーラさんの野太くドスの効いた声と共に響いてくる。まるで穴持たずのヒグマとカラテ家がもみ合いになって家じゅうを転げまわっているかのような荒々しさだが、玄関前からではこの暗闇の奥で何が起こっているのかサッパリ判らない。


「掘るぞコラァッ!! うぅぅうううがぁぁああああ!!」


 血生臭い暴力的な音の数々はアグレッシブ且つエキサイティング且つヴァイオレンスな方向へと加速していく。得体の知れないその恐ろしさがどれほどかと言えば、自分よりも体の大きな相手を前にしても臆することのなかったあの勇敢なファラが縮こまり思わず俺の後ろに身を隠してしまうほどである。それはつまりどういうことかと言うと、このファラと言う名前のダニが”命の危険を感じた時には躊躇いなく相棒を盾にして自分だけ助かる気でいるヒトでなし”ということに他ならない。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラどうしたオラァ!! さっさと点かねぇと塵になるまで燃やしてズタズタに引き裂いて喰うぞコラァ!!」


 やがて、弱弱しく頼りない明滅が暗闇の奥からポツポツリと熾りはじめる。なんとも頼りない調子だが、ようやく家の明かりが点いたのだ。暖かな明かりの灯るリビングのまんなかには木製の円卓。その傍に立つボーラさんは、肩を上下に揺らしながら酷く呼吸を荒立てて見えた。左手には煌々と光りを放つ玉がしっかりと掌握されている。


「ちぃ、日増しに点くのが遅くなってやがる……。手こずらせやがってこの鼻クソ青びょうたんド底辺カスゴミが、ぺっ。」


 玉の輝きが安定すると間もなく、ボーラさんがありったけの罵詈雑言を玉に浴びせた末に嫌らしく唾を吐きかけているのが確認できた。ボーラさんの手中にあるオレンジくらいの大きさのあの玉は、妖精の巣”スレイヴスコロニー”だ。とするならば、先ほどの”壁に何かを叩きつけたかのような破壊音”の正体は、察するにボーラさんによってスレイヴスコロニーがテーブルに叩きつけられていた音で間違いないだろう。

 スレイヴスコロニーと言えば、俺のようなリンネが多く存在しながら何故にか文明レベルの低いこの世界において”家の明かり”という重要な役割を果たす、ヒトビトの生活に必要不可欠なライフラインの一種だ。街や村の家屋に真ん丸の巣を作る妖精スレイヴスは、ヒトビトの精気を糧としている代わりに家屋に光をもたらしてくれているわけだが、スレイヴス自体が気難しいのかなんなのか、心の汚いヒトが相手だと素直に明かりを灯してくれないという習性がある。実際、俺が村にいた頃にもチーさんがキレて叩きまわしているのを頻繁に目にしているし、スレイヴスから”合格”を貰っているファラでさえ、チーさんに倣ってその意味も解らないままにコロニーを叩きまわしていた。そのことからも解るように、この世界におけるスレイヴスという妖精種の地位ヒエラルキーの低さは底が知れない。

 スレイヴスコロニーはとにかく頑丈だ。恐らくは戦車で踏みつぶしても傷ひとつつかないだろう。逆に言えば、日ごろから奴隷以下の扱いと理不尽な暴力に見舞われるという極悪な環境に身を置く彼らは、必然的にコロニーを頑強にせざるを得なかったのかもしれない。


「ねぇ、しー君。ボーラさんってば、かなぁ~り、ストレス溜まってるのかしら」


 俺の左肩の後ろから顔をのぞかせたファラが不審気に俺の耳元で囁く。呑気な事を言うあたり、どうやら彼女も俺を生贄に捧げる必要が無いことだけは理解したらしい。


「は? 普段のお前もだいたいあんな感じだけど」


「えー、あたしってそんなに暴力的に見られてたわけーっ?!」


「つーかいつまで俺の後ろに隠れてる気だ。いい加減離れろよ、暑苦しい」


「へへ、ごめんごめん。許してちょんまげ」




――死ね。





「いちいち吊りヒモに縛り直すのもめんどくせえなボケ。たまには自分から縛られに来やがれってんだこの”ピー(キンタマ)”が。しゃぶるぞ”ピー(クソ野郎)”」


 興奮気味なボーラさんは天井の金具からぶら下げられたロープにスレイヴスコロニーを巻き付けながらピーチクパーチクとお下劣な小言を繰り返している。


「さてと、フレンにはアナタたちのこと話しておくから、遠慮しないで上がっちゃってちょうだい。お部屋は二階ヨ」


 次には今しがたの出来事をサッパリと忘れて屈託のない涼し気な笑顔で俺たちを招き入れようとしているのだが、リビングに漂う空気は依然として風通しの悪い不信感に満ち満ちたままだ。


「て言ってるけど、なあ……?」


 俺はちらりとファラに視線を送った。


「どうする?」


「どうするって、そんなのあたしに聞かないでよ」


「お前さっき”常に臨機応変に最悪の場合を想定して色々と抜け道を考えてる”って言ってたじゃん。食った分ちゃんと頭使って情報提供してくれよ」


「ダメですー。情報料はここに辿り着くまでの分で全部チャラなので」


「子供か!」

 

「だって、もしかしたら焼きそば食べ放題を餌にしたネズミとりかもしれないじゃん。どうしてもっていうならしー君から先に入ってよ」 


「ほらふたりともどうしたノ。いまさら気使わなくていいから、早くこっちにいらっしゃい。一緒にブラッディリンゴジュースでも飲みましょ」


 ボーラさんがテーブル下の籠を拾い上げた。その中からは見慣れない果物が出てくる。大きさにして野球ボールくらいのそれは、乾いた血のような不気味な赤色をしている。察するに、あれがブラッディリンゴだとは思う。


「わーい☆ ブラッディリンゴジュース大好きー!」


「あ、おい! ネズミとりかもしれないぞ!」


「邪魔よこのスットコドッコイ!」


 もはや目先の欲望に五感の全てが眩んだファラに俺の忠告など耳に入るはずがない、我先にと俺を突き飛ばしボーラさんの元へと駆け寄っていった。


「ほら、ヒロシもいつまでそんなところにいるつもり? しぼりたてだから新鮮で美味しいわヨ」


 包み込むような優しい声で俺を誘いながら、ボーラさんはブラッディリンゴを一つ掴むと、さっそく片手で粉々に握りつぶした。砕けたリンゴから濃く赤黒い果汁が噴き出し、ボーラさんの涼し気な笑顔とテーブルに飛散する。あの果実が赤ん坊の頭だったらと思うと、あまりの恐怖で足がすくむ。

 そして、やはり文明レベルの低いこの世界にミキサーなどないのだろう、どうやらボーラさんは日ごろからあのように素手で果汁を絞り出してジュースにしているらしい。


「はあ……まあ、旅は道連れ、死なばもろともだ。それじゃ、お邪魔しまーす」


 脱ぎ捨てられたファラの靴を揃えつつ、俺は玄関の戸を潜った。


「はい、いらっしゃい。もう逃がさないわヨ。なんてね♡」




――もうどうにでもなれい。





世の中には暗闇から出たくない人もいるみたいです。

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