Send Request_1
今更だけど、この章はあなざ~ばぁす読んでないと解らないよね。
まぁここまで読んでる人が番外編読んでないとは思ってないんだけど(おい)。
今思い返してみても、あの日の私は、柄にもなく我を忘れて張り切りすぎたと思う。
その原因は、少年や少年の母親に、あの頃の私やバリーの面影が重なったことが大きい。
もちろん、あの日の私たちの結末に後悔はない。
むしろ少年の為に私が成したことは、私自身の想いの弔いでもあったからだ。
バリーの言っていた救いとは、つまりそーゆ―ことだった。
***
――そしてこれは、あの日の私が、本当にしたかったこと。
「ゴホ! ゲホ! ウッホォ! ゲェーッッッ!!」
「ぜぇ……はぁ……。」
限界を超え吐き散らかすフードファイターのように、少年は首を垂れて這いつくばり。
私はダイエット中の大デブのようにみっともなく地面に膝をついて、激しく荒立つ呼吸を整えていた。
「あー、しぶっち、だいじょぶ~?」
「あ、あぁ、なんとかな……。かなりの量の水が器官に入ったが、たぶん無傷だ……。」
「いやそれ全然だいじょばないじゃん。」
ガチャ子に甲斐甲斐しく背中をさすられながら、満身創痍の少年はようやく鼻水交じりの見苦しい顔を上げた。
今にも死にそうな彼の抗議の眼差しが、私の視線をとらえた。
「キミが意気地なしだから……。いつまでも煮え切らないから……。」
もの言いたげな彼の目よりも先に、私の口は走り出した。
相変わらず重苦しく私を非難するような彼の視線。
ここまでしてもなお、彼は私の本当の想いに気づかない。
だからキミとバリーは、見苦しいほどとてもよく似ていたよ。
「だから悪いけど、ずるさせてもらったよ。」
目元が焼け立つように熱くて、瞼に波が立つように潤んだ。
私がこんなにも本気になって、こんなにも本気で泣いている――そう思った。
ようやく重たい腰を立てて立ち上がり、彼の捻くれたツラを見下ろすようにすると、今度は泉の映像がノイズ交じりにかすんでいるのが見えた。
もう数秒もすれば、私の奇跡は時空を超えるだろう。
原理なんてもんはからっきしわからないが、だからこそ私はこの奇跡が好きだった。
「え、なんですって?」
「ししょーが、ズル……? どゆこと?」
「そんなもん説明してる時間はない。」
自分の呼吸を整えるのに精いっぱいで全然ヒトの話を聞いていない少年と、妙に説明的に尺を引っ張ろうとするバカ弟子を一喝。
泉に映るノイズ交じりの映像を、私は指さした。
「ほら、私じゃなく泉の方を見なよ。」
「 「?」 」
ガチャ子と少年が私の指さした方向を向いたまま首を傾げた。
「私がキミにしてやれるのはこれが最初で最後。それからキミに訪れるチャンスも、本当の意味できっとこれが最後になる。」
もうまもなく、キミの想いは母親の元へ届くだろう。
キミの無念のよりどころは、その闇の生まれた故郷へと還ることになる。
彼女には荷が重いと、キミは自らの母親を哀れんだけど、それは天体規模の大間違いだ。
――彼女は、ここで立ち止まろうとしたキミなんかより、もっと遥か先を生きてるんだよ。
「だからもう、絶対に目をそらすなよ。」
***
「お、なんか言って……る?」
「ほんとだ……。どうしたんだ母さん、急に……。」
私が泉の映像を少年らに示してから数秒。
少年の母親にようやく私の奇跡が届いたらしく、山道を降りていた夫婦は不自然に歩みを止めた。
「少年の深層心理の想いを、さっき私が彼女に届けたからね。」
「しぶっちの深層心理の想い? どゆこと。そんなの魔法でも原理的に無理くね。」
「魔法じゃない。センドリクエストっていうの。」
「千鶏クエスト? そんなゲームあったっけな?」
「違う、それが私の奇跡なんだよ。てかゲームの話なんか一度もしてないだろ。」
「え、ししょー奇跡なんてつかえたのか。でも顔には痣ないし……てことはお尻に星形の痣が……。」
ガチャ子の視線が私の顔から段々といやらしく下がる。
少年はそれをボーっと目で追っていた。
「余計なことを言うなこのアホ。」
「あで。」
鉄拳制裁――。
私の奇跡――センドリクエスト。
心の声ではなく、相手の深層心理を私が知ってさえいれば、どこへでも誰にでも届けられる奇跡。
少年の「想いを届ける奇跡」とよく似ているが、実際に私の奇跡が掘り起こしているのは、魂とか精神とか、とにかく「心」よりももっと奥の方にある「なにか」だ。
そんな影も形もない儚く不確かなものを、ヒトからヒトへと、私は届けることができる。
ちなみに時空を超えさせるのはこれが初めてだ、だけどこれは私の奇跡だ。
だから出来ない理由がない。
――そう、知ってさえいれば。
けれどそれが出来るのは、私が本気でぶつかり合えるような相手――心を通わせることが出来た真に近しい相手でなければならない。
――もし知っていたら、私はあの日、バリーを救えたんだよね。
あの日もし、ふてくされた私が、ふてくされたバリーを見限らなければ。
カッコつけないで、バリーともっと本気で向き合っていたら。
目を逸らす彼を、目を逸らさずに、もっと本気で怒ってやれたら。
――きっと、救えた筈なのに。
だって、好きだったんだよ。
本当に好きだったから、初めて私が大好きになった相手だったから。
だから、バリーにだけは、絶対に嫌われたくなかったんだよね。
――だから私は、あの日の私を、絶対に許さないよ。
「お、なんか言ってんな。」
「え、母さん、なんて……。」
画面のこちら側へと振り返った少年の母親が、真剣な様子の旦那と何かを話している。
恐らく少年の深層心理の声が、母親の魂の中でそのまま再生されたのだろう。
それを見てすぐに、少年とガチャ子は画面を食い入るように凝視し、夫婦の会話の推察を始める。
「なになに? ラブ……ラブアンド……ピース。だぜ?」
「ラブアンド、ピース……そうなのか……。あれ? お前今なんつった?」
「いや、あたしじゃなくて、しぶっちのお母さんが――。」
「あ、あでででで!! 腹が……腹がいてぇ!」
突然少年が腹を抱えて喚きながら転げまわり始める。
「あーあ。しぶっちカーズ顔だもんなぁ。ま、どんまい。」
「お前の誤翻訳のせいだろ!!」
「違うって、しぶっちのお母さんが絶対そう言ったんだって。あたしの読唇術なめんなよ。」
「言ってねーよ! 俺の母さんは絶対そんなこと言わねーよ! あとお前の読唇術とか初耳だわ! もうお前死ねよ!」
「は、なんだとー!? ヒトが折角心配してやってんのにー!」
次にはガチャ子が癇癪を起こしてローブの裾をまくり、のたうち回る少年の腹を蹴り回し始めた。
「こんにゃろー!」
「ちょ! おま! 腹は反則だろ! いてぇ! 普通にいてぇ!」
「おいこら、マジメにやれ。」
この期に及んで喧嘩をおっぱじめたアホな二人に、私は警笛を鳴らす。
二人は同時に「クッ……」と睨み合い、同時に「フンッ!」と不貞腐れて顔をそむけ「バーカ!」と離れた。
そして再び黙々と、泉の映像にのみ意識を集中させるのだった。
やがて少年の母親は、戸惑う旦那の肩に腕を回して両手でピースをして、清々しく笑った。
それはまるで、カメラに向かってピースをしているような、暖かくも不思議な映像で――。
「ほら、やっぱ言ってんじゃん。」
「だから、違うよ。」
――そしてこの時、どうやら私たちの世界というは、常に太陽の向こう側から何者かに覗かれているのかもしれない、そう思った。
「俺の母さんは……。」
――そして今日のゲストは、少年と、少年の母親で。
「誕生日、おめでとうって……。俺の誕生日、覚えていてくれて……。」
――私はこの奇跡のちからで、太陽のレンズを覗いている神へと、リクエストを送っていたのだろう。
「生まれてきてくれて、ありがとうって……そういったんだよ……。」
「えー、ほんとかよー、噓くせぇなぁ。」
「お前もうあっち行けよな。」
――多分……。
忍び寄る絶望の薪を焚べる手。
疑いや過ちは、何度だって正すことが出来る。アンタが信じる限り。




