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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第三部 1章 ユースファウンテン
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One call away_1




 浮かび上がる満月と星空を攫うように――泉の向こう側からそっと吹き抜ける風が水面を優雅に泳ぐ度、泉の表面を覆っていたツンと刺すような冷気が俺の顔を撫でていく。

延々と暗闇を彷徨っていた先ほどまでと打って変わり、今はその風の香りを鼻から吸い込むと、まるで生まれ変わったように五感の全てが鋭く冴えわたっているように感じる。

いま俺の隣には何故かガチャ子、その少し後ろにアナさんが立っている。




――そして俺の足元には、ユースファウンテンの泉が広がっている。




 吹き抜けた風が森の草木を揺らす。

そのざわめきはあまりに優しく、安らかで懐かしく、俺を見守っていてくれているかのように包み込んでくれている。

鼻から冷たい空気を大きく吸い込むたびに、新鮮な湿った植物の香りが胸いっぱいに広がっていく。


 草木を揺らし髪を撫でる風も、鼻から吸い込む夜の空気も、この目に飛び込む鮮やかな光も――なにもかもが懐かしく、愛おしく、掛け替えのない感覚。

満天の星空、満月、足元に広がる奇跡の宇宙、冷たいそよ風、呼吸、音、俺を包む月明り。

いまこの世界で俺を取り巻いている全てが、問答無用で俺の味方なのだと、素直にそう思えた。


「よし。」


 目を閉じて、大きく息を吸って吐き出すと同時、再び開いた俺の目は既に真っ黒な泉の表面を捉えていた。

吸い込まれそうなほどの深い暗闇に、無限の宇宙がどこまでも深く広がっている。

そこに、真っ黒な俺の影が映っていた。

そして俺のシルエット以外には、何も映らない。


 相変わらず泉の向こう側から流れて来る風に、俺の影は脆く、儚げに歪む。

けれど俺はもう、この歪みと向き合うことに対して何の躊躇いも恐怖もない。

そんな些細な迷いと感情は、俺の中で眩い光を放って聳え立つ灯台の明かりに掻き消されてしまった。




――このまま何もかも消えてしまえばいい。




 真っ黒な泉に溶かされていく俺の影と向き合っていると、不意に懐かしい何者かの言葉が頭の中に響いた。

多分、俺の奇跡は関係ない。

これはきっと、今の俺が思い出すべくして思い出した、大切な誰かからのSOSだったのだろう。

今の俺が聴きたいと思ったから聴こえてきた、俺に宛てた大切なメッセージだったのだろう。


 声の主が誰なのかは考えずともすぐに解った。

そしてアイツはあの日からずっと孤独のまま、アイツの事を忘れてしまったまま遠く離れていった俺の事を、あの場所で待っていたのだろう。

ずっと俺の中で、俺と共に育ち、時に張り裂けるほどの激情を叫びながら、あまりにも近く俺の傍にいたのだろう。




 当然、想いは言葉に直さなければ、人の心には届かない。

いや、言葉にせずとも伝わる場合もあったのかもしれない。

しかし多くの想いは、その形を成すより前にただ無へと還ることとなる。


 また言葉が相手に届いたとして、それが正しく伝わることは極めて稀であろう。

それは血の繋がりのある家族とて、例外ではないのだ。




――それは、あの日の俺が俺自身に向けた想いにしてみたって、同じなんだ。




――あの日、お前が死に際に俺に手向けた想いにしてみたって、同じだったんだろうな。




 白くて硬い、冷たいベッドの上。

あの日の俺はまだ、今にも掻き消されてしまいそうな脆い暗闇の中で悲鳴を上げ続けている。

あの場所で、俺が自分の心で気づくのを待っている。

あの場所から、俺が自分の身体で帰ってくるのを待っている。

すべては俺自身の為に――。


「ただいま……。」


 


――だからこそ俺は、逃げられず、死にきれなかった俺自身を誇りに思える。




 お前が独り背負い続けた悲しみも、日増しに重くなるやり場のない憎しみも、永遠に許されることの無い自責と後悔も、死んでも死にきれなかったお前だけの絶望も――俺は、今度こそちゃんと受け止めるよ。

今ならきっと、泣き虫なお前だって愛して抱きしめてやれるから。

お前はもう大丈夫だって、全力で笑って許してあげられるから。

その幼い泣き顔から目を逸らさずに、そっと寄り添っていてやれる。

お前がそうしてくれていたように、俺もきっとこれからの一生を、お前といる時間の為に捧げられる。




――だから、もう全然、なんにも謝らなくていいんだよ。

お前が俺の為に涙を流す理由なんて、こうして傍にいられる愛おしさや共に生きている喜びという素直な気持ち以外、これっぽっちも有りはしない。




 またもう一度、ここから歩き始めよう。

俺達の物語は、死んでも生まれ変わっても今日まで解り合えずに泣いていた、とんでもないブサイクな俺達だからこそやり直せるんだから。




――ほんと、ありがとうな。




再び瞼を閉じると大切なものが胸の奥深くから許されていくのを、俺は確かに感じていた。




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