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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第三部 1章 ユースファウンテン
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Century_3

忙しい筈なのになんだかんだ書いてるの謎。








「さてと……噂がどこまで本当なのかまでは解らないし、この泉がいつまであるのかも定かじゃない。早速始めようよ、少年。」


「……。」


 考えようによっては催促とも受け取れる私の誘いに、少年はなにも応えなかった。

だんまりの少年を待たずにこうして歩き始めてなお、彼が私の後ろにくっ付いて来る気配がまるでない。

先ほどの"嘘"といい――やはり彼の中にはまだ、先の不安や現実と向き合うことに対する躊躇いがあるらしい。

まぁそんなことは、ここまでの道中ほとんど無言だったことや、今日一日リビングのソファで寝っ転がっていた彼の様子を見ていれば、心を読まずとも容易に解る事だが。


 ホラ吹きの師匠はともかく、バリーの予知夢の事まで考慮すると、ユースファウンテンの噂の信ぴょう性はかなり高くなる。

実際、食い入るように泉を覗き込んだガチャ子の反応からして、ここがくだんの枯れた泉であることは確かだ。

この時点で既に師匠の言っていた事は半分当たっている。

だとするのなら、あとは少年の気持ち次第という訳なのだが――しかしどうしたものだろうか。

僅か数秒、私は歩きながら思考を回す。

なんにせよ、この泉の出現条件が限定的な以上、悠長に彼を待っている時間はそう無いと思われた。




 言うまでも無く、少年は今、泉に何も映らなかった場合の事を考えている。

この噂の真偽がどうであれ、泉に何も映らなかった時の事を。

仮に何も映らなかったとして、当てが外れたとして、これから先、一体何を信じて生きて行けばいいのか、今の彼にはそれが解らない。

ありふれていて当たり前の、普段であれば蚊ほども気にしないような、些細でどうしようもなくつまらない事が、今は怖くて堪らないのだろう。

だから、あの真っ黒な泉を覗き込むことを酷く恐れている。




――今の私と、同じように。




「だめだししょー、コレなんにも映んねーよ。」


 しゃがみ込んだガチャ子の真後に私が歩み寄る、それとほぼ同時。

それまで懸命に泉を覗き込んでいたガチャ子は立ち上がると、振り返る事無く首を横に振ってため息を漏らした。

私はバカ弟子の一言に一瞬ドキッとして、途端に思考は遮断されてしまったが、しかしすぐに身も蓋もない矛盾に気付き、思わず首を傾げた。


「いや……。ちょっと待て、そもそもお前に探し物なんてあるのか。」


「あ、確かに。」


 この野郎、せめてこんな時くらいよく考えてから物を言え――私は心の中で思いっきりバカ弟子の頭をひっぱたいた。

というのも、そもそもの話――志や目標が身の丈より更に低く、短絡的かつ欲しいものは秒で手に入れるガチャ子に、熱心な探し物など生涯を通してある筈が、無い。

考えようによっては、今のガチャ子のセリフはツッコミ待ちのベタなボケともとらえられるがしかし、このバカ弟子に限って、今も気落ちしている少年に対して気を利かせるほどの器量があるとは思えない。

ので、本当にただ思った事を口にしただけなのだろう。

不毛な分析が一周し、私は呆れた。


「いやぁー、よくよく考えてみたらツチノコくらいかぁ。」


 こちらに向き直ったガチャ子が照れ照れと頭を掻いたのを見て、漏れたため息がいつになく重たい。 

どうやら先ほどのガチャ子のため息が私にも感染したようだ。

心なしか頭も痛くなってきて、正直しんどい。


「あぁそうか、ならもうお前は喋るな。願わくばあっちへ行け、しっしっ。」


「なんだよその言い方ムカつくなぁ。」


 天性のアホの顔に向けて私が嫌味交じりに右手を払うと、ガチャ子は腕を組んで眉間に皺を寄せて僅かに目を細めた。

こんなのが傍に居たんじゃ、いつまで経っても話が進みやしない。


――とはいえ、私も内心ではガチャ子を連れてきて良かったと思っている。

なぜならこの重苦しい月明りの下で、私が少年の前で冗談めかして笑うのには、あまりにも私の事を彼に知られ過ぎてしまっているからだ。

心折れ、ただ歳を重ねただけのこの私に、少年の探し物に縋っているだけの私に、今もバリーの夢に縋っているだけの私に、彼を諭し背中を押してやれる言葉などあるはずがない。

あの日と同様に――何を言おうとも自分の事を棚に上げただけの時間の止まった私は、本来、この場では絶対的に無力だった。




――そしてなによりも、私自身、元よりあの泉を覗き込む勇気が無いのだ。

今も怖くて怖くてたまらない。

あの真っ黒な泉に一歩近づくたび、胸騒ぎに足が竦んで、恐怖に脈打つ速度が不安定になる。




果たして少年と私、どちらが怖がりだろうか――私はこんな自分に呆れた。




「どうした少年、来ないのか。」


「……。」

  

 底の見えない、おぞましいほど真っ黒な泉。

澱んだ暗黒から目を逸らし少年の方に向き直った私は、恐怖で震え出しそうになる自分の声を空元気で圧し殺して平生を取り繕う。

振り絞った私の精一杯の強がりに、少年は何も答えない。

ここからでは彼が何を考えているのかはよく解らないが、彼はただ俯きがちにジッと立ち尽くしている。

その様子から、やはりまだ結末を知ることに躊躇いがあるのだろうと思った。


――言葉は所詮、言葉に過ぎない。

皮肉なことに、あの日、私と言葉を交わした少年に、私の熱弁は届かなかったのだろう。

では、あの日彼が私の手を取ったのは、一体なんだったというのだろうか。

そんなことは考えるまでも無く、私には痛いほど少年の気持ちが解っていた。


 そもそも、ヒトが懐疑心を乗り越えて一歩前に進むというのは容易なことではない。

まして少年のように、一度でも大きな挫折を味わった者であれば、今回のように博打みたいな一件は絶望的に高い敷居となるだろう。

言い換えるなら、彼が無知な子供のままであれば、それこそ泉を覗き込むなんて簡単な行為、何ら躊躇うことは無かったのである。




 あの日、確かに彼は私の手を取った。

けれど頭の中で「やる」と決めたからといって崖下の海へ簡単には飛び込めないのと同じで、直前で怖気づいてしまったのだろう。

少年の今の状態は、いわば、内なる本能が恐怖を示している状態。

誓った決意とは裏腹に、誰の中にもあるネガティブな妄想が、自らの未来を覗く事を強く拒絶している。

恐らく私の手を取ったあの日も、彼は自分自身の恐怖をその場しのぎの決意で誤魔化し、私の言葉に納得したフリをしていたに過ぎないのだろう。


 あの日、少年は自らを騙し、そして私にも見抜けないほどに繊細な嘘をついた。

そして流石の私にも、本人の知り得ない深層心理ばかりは覗きようがない。

私が魔法で覗けるのは、せいぜい本人が自覚している心の表面部分だけ。


 言葉は所詮、言葉に過ぎない――これは揺るがない真実だ。

その言葉にどんなに道理が通っていようと、例え私が涙ながらに熱弁しようと、相手が私の言葉を理解出来ていたとしても、心の底から聞き手を納得させることは出来ない。

全ては彼次第――それを今回の一件で、私は身に染みてよく理解出来た。




――だからと言って、私までもがここで諦めて良い理由にはならない。




 首から下げたクタクタのゴム玉を手に取って、深呼吸。

ひとつずつ確かめるように、少年がやって来た日の事を思い出す。

少年と出会った時に感じた運命とも呼ぶべき鼓動の高鳴りは、それが現実であり、紛れもない本物なのだと訴えるように、今もあの場所から私に向けて何度も遠吠えを繰り返してる。

20年前に止まり風化したはずの私の時間は瞬く間に息を吹き返し、まるで昨日の事のように、あの頃の私が持っていた心の煌めきを鮮明に思い出させた。


 私はまだ、生きている。

私はまだ、あの日々を想っている。

私はバリーの予知夢を信じている。

そしてこの少年には、まだなにか深層心理に隠された探し物がある筈だと、私は信じている。

そう確信できた。


 未だ消えかかったままのゴム玉の顔。

今度こそ、ちゃんと描き直すんだって――私は自らと約束し、決意した。

これが最初、どんな顔をしていたのかなんて、いまさら迷うことも悩む必要もない。

例えあの頃の私と今の私が違ったとしても、これからの私が描くべきものは、もう解ってる。

私が信じるべきものは、あの日からちゃんと、ここにある。


 だからずっと、私は"キミ"を忘れられなかったんだ。

忘れるわけにはいかなかったんだ。

絶対に、忘れたくない。

絶対に、手放すわけにはいかない。

私はもう、この気持ちを失うわけにはいかない。

嫌いになんてなりたくない。

ありふれたこの想いを、私はこれから先もずっと大切にしたいんだ。

だって私は――


「必ず、取り戻すんだ。」


――キミを好きだったあの頃の私を、キミと過ごした大切な時間を、私はずっと、愛していたんだから。



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