My Mental Health_3
また長いので二話に分けます。
困ったことにこんな与太話でも5000字近くなるんです。
あ、こんな駄文で投稿文字数100万字を突破しました、心の中で「このダニめ」と罵ってください。
――カチカチ……カチカチ……カチカチ……
一日飛んで、今日は二月の七日。
時刻は朝の10時。
俺はアナさん達と一緒に朝食も取らずに、薄暗いガチャ子の部屋に引き籠っている。
――カチカチ……カチカチ……カチカチ……
こうしてただひたすらに黙々と「テレビゲーム」に没頭しているのだ――昨日の朝から、ずっと。
驚いたことに、先日ガチャ子の部屋で見つけたテレビは只の飾りではなく、今も密かに現役で活躍し続けているバリバリの文明の利器なのであった。
――カチカチ……カチカチ……カチカチ……
さて「だとすれば」である。
そもそもコンセントの一つすらもないこのクソ星で、どうやってテレビが動いてんだよ――という真っ当な疑問が、いるかいないかも解らない極一部の神経質で目ざとい読者諸君の脳裏に、マッチ一本から始まる真冬のボヤ騒ぎの如くモクモクと立ち昇ったことだろう。
いや、それ以前に「なんで異世界にテレビがあんだよ、脳みそ腐ってんのかブサイク」と言う方が先だろうか。
それついては完全にキミの早とちりなんだけど、でも「てんさま」の世界観が誤解を招きやすい構造で複雑怪奇なのも事実だし、作者と読者の間に解釈の齟齬があったとしても無理はないと思う。
それからここ最近の作者は、何を勘違いしたのか「これこそが俺の作品の味」と完全に開き直り、冗長で脂ぎった俺の独り語りを全部書き込んでしまうし、それ故にほとんどの読者が地の文で酔って胃もたれを起こし、最終的に「」の中だけを読んで「読んだ!」と錯覚するようになるのだ(俺調べ)。
――でも大丈夫、そんなキミ達はもう何も心配しなくていい。
「何故なら俺は、これから思った事と考えた事を全部喋るから。薄暗いガチャ子の部屋で一人、ブラウン管とにらめっこしながら俺はそう呟いた。さて、それじゃあ早速、世界観のおさらいをしよう。そもそもここスチャラカポコタンは『異世界』である以前に異次元の辺境にある『星』なんだ。それから『てんさま』は、俺みたいな地球人を始めとしたあらゆる多元宇宙に存在するランダムに選ばれし生命達が、死後『リンネ』としてこの星に流れ着き各々好き勝手に暮らしているっていう、言わばなろう系の皮を被った壮大なハイクオリティSF伝奇物スローライフ感動超大作なんだよね。『ちょっと待て、いくら台詞しか読まないと言ったって限度があるし、俺達が安心して台詞だけを読めるのは、程よく地の文という優秀な間が存在してくれているからなんだよ。もちろん俺達みたいなマイノリティの事まで考えてくれるのは有難いけど、そもそもお前の考え方はズレてるし滑ってるし、どうか地の文を蔑ろにしないでくれ。そして改めるべき部分は他にあるって事を解ってくれ。因みに俺はブライアン、ブライアン・ブラウザーバックだ。よろしくな、相棒』ふと頭の中に何者かの野太い声が鳴り響いた。俺はその声にこたえる。あぁ、よろしくなブライアン、けどそうか、地の文は大切なのか……じゃぁ俺はこれからどうしたらいいんだ……。『だからお前はもう喋らなくてもいいんだ。お前が喋り続けている限り行間がキツくてひたすら読み辛いんだよ』ブライアンは顔を顰めた。でもブライアン、それじゃあこれまでと何も変わらないじゃないか。『そうだな相棒。だから改めるべき部分は他にあるって言ってるんだ』それじゃあそれを改善したらブライアンも地の文を読んでくれるのか?『いや、もう二度と読まない。俺はここでブラバする。じゃあな相棒』なんだよ結局ブラバすんのかよ、まぁ名前で解ってたけどな。」
「おい、少年……どうした? 大丈夫か……?」
不意に後ろの方から本物のヒトの声が聞こえ、俺はハッと我に返った。
振り返ると、リビングで朝食を取っている筈のアナさんが、怯えた様子で扉の隙間から俺の様子を覗いていた。
「え、なんすか?」
「えっと、病院……行く……?」
「いえ、ノープロブレム、ファイヤーエンブレム。」
「そ、そう……。ならいいけど……。」
どうやらアナさんは、俺がブライアン・ブラウザーバックと世にも奇妙なディベートを繰り広げていることを不気味に思ったらしい。
して、薄暗いこの部屋でブラウン管テレビにブツブツ話しかけている俺の姿というのは、端から見たらどれほど狂気じみた光景だっただろう。
アナさんの怯えた表情を見て、俺は急にブライアンと過ごした時間が恥ずかしくなった。
そうだ、俺はどうかしてたんだ。
そもそもあんなブラバ野郎の言う事を真に受ける必要はない。
俺はいつだってありのままの俺なんだっての。
今までも、そしてこれからも――。
「ところで、どうせ今日も暇なんだろ? ひとつ頼まれてくれよ。」
ブライアンの呪縛から解放された俺が正気を取り戻したのを見て、警戒を解いたアナさんが土足で俺のテリトリーに侵入してきた。
――が、どうせ暇なんだろという、その無神経極まりない一言は妙に癪だった。
「後にしてください。まったく、アナさんといいブライアンといい、俺はいまポコピサロ討伐で忙しいんです、見て解るでしょ。」
――そう、俺はいま、ボス攻略の最中なのだ。
「ブライアンて誰。」
「かつての相棒です。今はもう敵ですけど。」
「あぁ、うん……。てかキミ、昨日からずっとこの部屋に引き籠ってるけど、本来の目的を忘れてないか。」
「いえ、ちゃんと覚えてますよ。でも今はゲームの方がずっと大事なんで。」
「あっそ。」
ため息交じりに言いながら、アナさんが冷ややかに目を細めたのが顔を見ずとも想像できた。
「……。」
「……。」
――少しの沈黙。
猫背で胡坐をかいた廃人ゲーマーの真後ろで、腕を組んだアナさんが仁王立ちしているのが解った。
どうやら俺がゲームを止めるか、素直に首を縦に振るまでそこを動かないつもりでいるらしい。
わがまま放題は大好きの裏返しと言うが、つまりはそういうことで良いのだろうか。
「それで、用事ってなんですか。」
「うむ、魔法の研究の為に幾つか植物を採取してきて欲しいんだよ。きっと家で脳みそ腐らせながらゲームするより面白いぞ。」
「それアナさんの感想ですよね。」
「いいから行け。」
「急ぎじゃないなら、別に後ででもいいじゃないですか。」
「生憎、そう言って最終的に約束を反故にするバカが、既にウチには一人いてね。」
俺がああ言えばアナさんはこう言う。
そしてアナさんの言うバカとは120%ガチャ子の事だろう。
しかし俺とアイツを一緒にするなど失礼極まりない。
俺は人情とロマンを愛し、例えそれがいつになると知れずとも、約束は守る男だ。
「わかりました。じゃぁこのボス戦に"勝ったら"すぐ行きます。」
「だめ、負けても行くの。」
「ちっ。めざといな。」
「舌打ちすんな。」
――それから数分後、ギスギスと澱んだ空気が流れる空間に、遂に決着の瞬間が訪れた。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴズガガガガガッズシャァァアアアアンッッ!!
勇者「シブイ」の振るった渾身の秘技「デコボイン」がポコピサロ最終形態の胴体を両断。
次の瞬間、原因不明のビブラートと共に、遂にポコピサロは木っ端微塵に爆散した。
「いよっしゃぁーッ!! ポコピサロ撃破、ふぅぅううう!!」
「はいはいよかったよかった。それじゃあ早速お遣い頼んだよ。」
「あ、はい。えっと、その前にセーブセーブ……。」
勝利の感動に、興奮のあまりコントローラーを握る手が震えた。
そして俺はこんなにも冷静さを失い欠けているというのに、アナさんは地上げ屋の如く淡々と急かして来る。
だが慌ててはいけない、一番重要なのはここからだ。
一番集中しなければならないのはセーブの瞬間なのだ。
セーブ画面を開くと同時に映し出された特に意味のない20の文字列――これは次回ゲームを再開するのに必要なパスワードである。
「復活の呪文は……。てんさまの さくしやはろり こんでくそ きもい――っと。」
冷静に無意味な文字の羅列を紙に書き留め、俺は最後にリセットボタンをゆっくり押してからゲームの電源を切った。
そういえば「如何にしてテレビゲームをプレイしていたのか」という説明をし損ねてしまっていた。
簡単に説明すると、ガチャ子がジャンクヤードで拾ってきた謎のバッテリーにエレクタの魔法で電気を蓄えて、そこにテレビとゲーム機を繋いでるんだそうだ。
なにしろこんな退屈な説明だけでキッチリ1150文字もあったため尺の都合で割愛してしまったが、まぁザックリとこれくらい解ってれば、今は亡きブライアンだって笑って許してくれるだろ。
「成長したな、相棒。」
「え?」
――気のせいじゃない、確かにブライアンの声が聞こえた。
「そうか、ブライアン……。」
――キミは、俺だったんだね。
***
さて、現在時刻は昼の11時過ぎ。
アナさんの話では、イェレクタランから西に十数分で「ロームの森」という植物の宝庫があるそうだ。
なので恐らくは二時間くらいで帰って来られると思う。
何でもいいけど、こんな下らない雑用さっさと終わらせて、俺は早くゲームの続きがしたかった。
「うひひ、んじゃシブッち、気ぃつけてねーっ。」
はて、いつからそこにいたのか――さっそく出発しようと玄関で靴を履いていると、俺のすぐ後ろでガチャ子が悪戯に笑いながら小さく手を振っていた。
その奥ではアナさんがソファに座って食後のコーヒーを飲みながら、本を読んで優雅に寛いでいるのが見える。
「あぁそうだガチャ子よ、お前も少年と一緒に行きな。道案内としてね。」
「えー!? 嫌だよ面倒くさい!」
どうやら他人事だと思って呑気に俺を見送ろうとしたのが仇になったようだ。
アナさんに同行を命ぜられ、ガチャ子が不満げに声を荒げる。
しかし、魔女の弟子とは名ばかりの普段から自堕落なガチャ子と過ごしているアナさんからしたら、コイツほど邪魔な奴はいないのだろう。
なんなら端から「そういうつもり」だったかもしれない。
「だいたいロームの森なんて道なりに真っ直ぐ行けば着くじゃん、ぜったい必要ないって!」
きぃきぃと喚くガチャ子に痺れを切らし、読んでいた本を閉じ、やれやれとアナさんはソファを立った。
「まったく最近のお前ときたら。少年がここに来てからというもの毎日毎日ゴロゴロだらだら。どうせ今日もテレビ見ながら宴だレッツパーティーだとか言ってお菓子食ってジュース飲んでるだけだろう。」
「それはししょーも同じだろー。」
「私は良いの。ニートのお前と違ってやることやってるし。なんなら腐るほどお金あるし。」
「威張って言うことかよ、それにあたしだって別に好きでニートやってるわけじゃないって何回も言ってんじゃん。脳が喜ぶことを積極的に、それも本能が望むままに動いてるだけで、これはあたしなりの脳トレなんだってば。」
「お前こそ威張って言うことか。だいたいポテチ食いながらユーチューブ――だっけ……? アレで地球のチャー研とかいうクソアニメ見てるのが脳トレって、バカなの?」
「それはししょーの感想――」
「いいから行け。」
そんなわけなので、今日は植物採取の為にイェレクタランの近隣にある森を訪れる事になった、ガチャ子と一緒に。
――てかあのテレビ、ユーチューブも見れんのかよ……。
いい加減にしろ。




