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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第三部 1章 ユースファウンテン
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all i can never be_3




 時刻は夜の八時頃。

寝静まる、夜のイェレクタラン――街灯の少ない夜道に、漠然とした不安という正体不明の荷物を背負って、俺は黙々と、自らの影を追うように歩く。

店主に持たされたホールケーキと、負ぶったガチャ子の重さも相まって、この足取りは、鉛の海に嵌ったような理不尽な不快感を帯びていた。


「なぁシブっちぃ~、チューしよーぜチュゥ~(*´ε`*)」


 そして、さきほどからガチャ子はずっとこんな調子だ。

あろうことか台詞にまでそれが現れてしまうほどクテクテにほぐれきったガチャ子の真っ赤な顔から、今も寄生虫のような唇がみょんみょんと俺の右頬へと伸びてくる。

もはや豹変とも呼ぶべきこの酒癖の悪さが、コイツ自身の意志力の弱さをもろに表していた。


「てか今日あちぃなぁ! もう脱ぐかぁ!!」


「脱ぐな。脱いだ瞬間、お前はここに捨ててく。」


「欧米か!!」


「あーもう欧米欧米うるせぇなぁ!! お前が言うと余計に腹立つわ!!」


「あ、でもそれってアナタの感想ですよねぇー(≧▽≦)ゲラゲラワハハ!!」


「お、おい……。」




――言葉って、ヒトの理性を超えた瞬間に、独自の形態で独り歩きを始めるんだなぁ……。

いや、もはやこの暴走とも呼ぶべき顔文字化は「表現の自由を抑圧された台詞の過激なストライキ」とか「自己主張の激しい台詞の暴徒化」或いは「野生化した文字の成れの果て」と言っても過言ではないかもしれない。




「つーかよ、ドルイドのお前が欧米の何を知ってるんだよ……。」


「なんでも……(=_=)知ってる……( ˘o˘ )よぉ~……。(˘ω˘)ㇲヤァー……。」


 ほとほと呆れるばかりだが、この嵐のような暴動の間に、ガチャ子は過激なレジスタンス達を従えて再び夢の世界へ旅立ったらしい。

ウトウトと気楽に眠りこけるジェットコースターを背負って歩きながら、俺はふと、ため息交じりに寒空を見上げた。


 北の大陸の夜は黒く、深く、これ以上ないくらい、空気は澄みきっている。

雲一つ無い代わりに、今日の空には珍しく月がいない。

ただ溢れ、零れるほどの星ばかりが、宝石のようにキラキラと輝き――普段にも増してこの夜を埋め尽くしていた。


「今日は、星が綺麗だな。」




 空気がツンと冷たかった。

吐く息はホッと白かった。

あの頃は。




 恐らくはこの寒空がそうさせたのだろう――俺は不意に、日本にいた頃を思い出した。

中学時代、登校中、こうして吐く息が白いと、いよいよ冬が近かったこと、今でもよく覚えてる。

また、冬の訪れを悟ると同時に、何故だか例えようのない寂しさを感じたりもしたものだが――今は正に、そんな愛おしくも切ない気分だった。


「けど、ここはもう、俺の知っている世界じゃない。」


 星が違う――例え、あの頃と同じ気持ちに、懐かしさを覚えたとしても。

それどころか、存在している次元さえも違うのだ。

考えれば考えるほど、腹を抱えて笑っちゃうくらい、俺の知る何もかもが――俺の記憶から、地球から、日本から、あの街から、あまりにも遠すぎる。

日本にいた頃とは――生きている世界が、かけ離れ過ぎている。


「今更、ホームシックかよ。」


 それこそ帰る場所なんてどこにもないのに――一気に呷ったあの酒も手伝ってか、急に日本にいた頃の事が恋しくなり、懐かさに胸の奥がざわついていた。

学校の友達と笑っていた日々を思い出して、ふと寂しくなる。

家族全員、狭い車内でワイワイ騒いだ旅行の帰りとか、ドライブに行った時の事を思い出すと、懐かしいことが悲しくて、虚しくなった。

けれど今更、俺がどう足掻こうと、賑やかで楽しかったあの日々は、もう二度と取り戻せないのだ。

そう自分に言い聞かせ、現実から目を背けた自分が不甲斐なく、どうしようもなく許せなくなってしまう。




――こんな惨めな自分に憤りすら覚えたのは、きっと、あの頃の俺が幸せだったという証明なのだろう。




「だけど、ここにはもう、誰もいない。」


 誰かに言い聞かせるように、ポツリと呟く。

姉ちゃんは、あの日、事故で死んだ。

父さんも、もうどこにもいない。

少しずつ離れていった皆は、あれからどうしただろう。


 そして最後に、俺が死んだ。

ならば、一人取り残されてしまった母さんは、どうなったのだろう。

今となっては、それももう、確かめようがない。




――俺は別に、自ら望んでこの星へ来たわけじゃないのに、もう帰れないのだ。




 だから、手放した。

だから、諦めた。

考えるのをやめた。

それ以外に、どうしようもない事だった。




「けれど、それでも俺は……。」




――今だって、みんなに会いたいんだ。




 これは、ずっと――寝たきりになったあの日から、俺の胸の内に根を張っていた強い想いだ。

記憶も、人生も、何もかも失ってこの世界へ放り出されたあの日からずっと、俺の中に宿っていた願いの全てだった。

そして俺は、日増しに濃くなっていく影を見つめて、今この瞬間も足踏みを続けている。




――取り戻せるものなら、取り返したかった。




 あの頃に戻れたら、なんて――それがどうにもならないという事実を痛いほど解っていたから、俺は目を背けて諦めたのに。

もうどうしようもないから、全部忘れて、過去に囚われず前に進もうって決めた筈なのに。

あっけらかんと、笑って生きようと決めたのに――それがどうして今更、俺はこんな事に苦しんでしまうのだろうか。

一度は前に勧めた筈なのに、どうしてまた、ここへ戻ってきてしまうのだろうか。


 今も自動で進み続ける自分の足に帰りの案内を任せて、なおも後悔の夜を影と共に彷徨い続ける。 

既に随分と歩いた気がしたが、しかし気が付くと、まだまだアナさんの家までは遠かった。

その事にホッとするような、ウンザリするような――どちらにせよ溜め息が漏れ、急な眩暈と共に足取りが一層重くなった。

また、それに比例して、なお一層、俺の意識はより深く思考の闇に潜ろうとしていた。




 自らの記憶を求めていた頃に、ケズホライゾンを訪れた時の事を思い出した。

中でも、より強く思い起こされたのは、ケズトロフィスの大災害で一人生き残ったウィラさんのことだ。

ウィラさんは、失った家族との思い出を捨てる事も出来ず、失ったという事実を受け入れる事も出来ず、20年以上の時間を過去の思い出に苛まれて生きていた。


 そんなウィラさんは、数年前にエンベリィさんと再婚し、養子にフィルとラニーを迎え入れて円満な家庭を手に入れた。

一見するとその経緯は、ウィラさん自身が自力で立ち直り、辛い過去を乗り越え、その果てに穏やかな日々を築いているように思える。

けれどその実、ウィラさんが作り上げた理想の家族というのは、ヒト恋しさや寂しさといった不安の埋め合わせと、生涯消す事の出来ない悲痛な過去を紛らわせる為だけの虚栄に過ぎなかった。


 だけど、例えそうだと解っていても、仮初かりそめの幻想に縋ってしまうウィラさんの気持ちが、今の俺には理解出来てしまう気がしたのだ。

失ったものを忘れられない絶望も、受け止めきれない心の弱さも、何故だか今なら解ってしまう気がしてしまう。

心折れ、盲目を装って偶像に縋りつく愚かさを、仕方のない事だと許せてしまう気がした。




――あの日のウィラさんの言葉が、頭に強く反芻する。




 時に――思い出はね、ヒトを殺すもの。

その形はどうあれ、いつか一番残酷な形で、アナタに牙を剥くものなの。


 幸か不幸か、そんなことは関係ないわ。

アナタがどこにいても、誰と何をしていても、それは付き纏い、夜にはアナタを深い闇に引きずり込もうとする。


 逃げられないの――生涯、それから逃れることは出来ない。

どうあがいても、どれだけ月日が経とうとも、死ぬまで……。

呪いのように、業苦のように、しがらみのように……。

無駄なの。

なにをしても、無駄なのよ。




――正に、今の俺がそうだ。

あの時、対峙したウィラさんが俺に向けて放った言葉が、今更になって俺の胸に深く突き立てられるなど思いもしなかった。

取り戻した記憶、それも絶望ではなく、楽しかった日々の思い出に、自らがこれほどまでに苛まれるなど、あの時は考えもしなかった。


 今ここに、ウィラさんの言葉の重みを痛いほど理解できてしまう自分が、実際にいる。

今の俺ならば、ウィラさんに共感し、あのヒトを説得することを諦めてしまっていたとさえ思える。

やはり、記憶を取り戻す前と、その後とでは、見えている世界そのものが変わってしまったのだろう。




 そういえば、フレンさんと対峙した時「キミと僕とでは生きている次元が違う、だからキミとは決して解り合えない」と、そう言われた事を思い出した。

続けて「何故ならそれは、キミが子供で、僕が大人だからだ」と。


「俺が子供で、フレンさんが、大人……。」


 それこそあの時はチンプンカンプンだったが、今ならばその意味も理解できる。

それは言葉通り、あの頃の俺が子供だったという意味なのだろう。


 言い換えれば――あの頃の子供だった俺と、記憶を取り戻した今の俺とでは、見えている世界が、視野が、見識が、あまりに違っているという事になる。

どれだけ必死に訴えても、フレンさんに俺の言葉が届かなかったのは、俺が子供だったから。

フレンさんが俺を嘲笑う様に突き放したのは、俺があまりに小さく、狭く、無知だったから。




――僕はここで生まれ育ち、46年もの月日を生きてきた。46年の記憶と、過去と、思い出がある。

46年の間に積み上げたヒトとの繋がり。苦労、悩み、後悔、幸福、そして思想がある。

だから決して解り合えない。それは、視点が違うから。生きてきた世界が違うから。

生きている次元が違うから。全てにおいて、背負ってきたモノの重さが違うからだよ。




――それならば、もし、フレンさんと対峙したのが今の俺だったなら、あの時、俺はどんな選択をしただろうか。

フレンさんの言葉を思い出し、俺は、その言葉の重みを、苦しみを、悩みを、後悔を、幸福を、そして思想を、多少なりとも理解できてしまう気がした。

そして理解出来たのならば、俺は、何をどうしたというのだろうか。


「今の俺に、何が出来たんだろう。」


 俺は、あの頃の自分を思い出すと、正直、それを好きにはなれない。

ただ、それは決して悪い事ばかりではなく、自身の稚拙な無鉄砲さがヒトを突き動かすことや、必要とされることも時にはあった。


 それに、記憶の無かった頃の俺がライラやフレンさんの前で流していた涙は、前世から受け継がれ、魂に刻まれるほど強い想いを経て溢れたもので間違いない。

塞ぎ込んだフレンさんを突き動かすきっかけにもなった激情も――今の俺ならば、あの時流した涙と、父親への想いを、ちゃんと理解できる。

だからきっと、あの頃の俺にだって、あの頃の俺にしか果たせない役割というものがあった筈なのだ。




――だとするのなら、今の空っぽな俺は、一体なんなのだろう。




「ㇲピー……。ㇲー……。」


 再び溜め息を一つ。

ふと、耳元から微かに聞こえるガチャ子の寝息に気を削がれた。


「コイツは気楽だよなぁ。」


――まるで、どっかのファラのようだ。

俺の右肩を枕にして、ヨダレを垂らしている飲兵衛のんべえを見て、いつも俺の傍にはファラがいた事を不意に思い出す。

食い意地こそ張ってないが、それこそ幼稚な言動とか、他にも色々、姉妹のようにソックリだ。

そんなガチャ子のタヌキみたいな寝顔を観察していると、今度はトラッシュボートでの会話が途中だったことを思い出した。




――この旅が終わったら、その後どうすんの?




 大切な仲間も大勢いるし、居場所だってちゃんとある。

生活には不自由していないし、この星も大好きだ。

なのに、今の俺は空っぽだ。


――やりたいことはあるのか。

欲しいもの、成りたいもの。

夢はあるのか。

今一度、自らに問う。

それと同時に、再びゼロさんの言葉を思い出した。




――お前は自分の人生の終わりに、その頭の中に、何を描いてる。

お前が人生の終わりに、その最後にいたい場所はどこだ。

どんな奴に囲まれて、どんな場所にいて、どんな気持ちで死にたい。

お前の物語の終わりに待ってるものはなんだ。




 あの時のゼロさんの言葉も、あの時とは違う形で、あの時以上に鋭く、俺の胸には突き刺さっていた。

当時ゼロさんとそのやり取りをしていた頃、俺はまだ、前世の記憶を追い求める事で、自分の生きる理由や、その存在意義を誤魔化していた。

そして今は、ファラの業苦を解消する事と、ファラのお母さんを探すという名目で、旅を続けている。

けれど、この旅も終わってしまったら、その時俺には何が残るのだろう。




――この物語の果てに、俺に何が残るというのだろう。




 俺自身の物語りは、終わった。

それも正直、あまり気持ちのいい結末とは言えない幕引きだ。

そして俺がまだ旅を続けているのは、ファラの為だ。


 だから、この旅は俺自身の物語りとは言えない。

役割を終えた俺の時間はもう、とっくに止まっている――そうと感じていながら旅を続けることが、俺にとって意味のあるものになるのだろうか。


 俺は今、無意識に縋っているのだろうか。

再び空っぽになるのが怖いから――ファラの願いに、旅を続ける理由に、縋りついているだけなのだろうか。


 人生は長い。

この旅が終わったからと言って、それで幕引きというわけでは無い。

ハッピーエンドだろうとなんだろうと、生まれたからには、死ぬまで生きることになる。

例え、どんなに不幸な物語りが一つ終わったとしても、人生は続いていく。

それが現実だ。

これが、逃れようのない真実だ。


 そんな現実に――俺が人生の終わりに、欲しいもの。

人生の終わりに、その最後にいたい場所。

どんなヒトに囲まれて、どんな場所にいて、どんな気持ちで――この物語の終わりに、描いている理想の世界。




「俺が、心から欲しいもの。」




――それなら、ちゃんとある。



 

 ずっと。ずっと。――ずっと……。

真っ白な病室の硬いベッドの上で、肉の塊と化したあの日から、俺には欲しいものがあった。


「もう一度……願っても良いのかな。」


 ふと歩みを止め、空を見上げた。

それと同時に頬を伝った線は、一瞬で冷めきってしまった。

星粒は淡い光の膜に変わり、瞬きの度に、ぼんやりと霞む。

少しずつ滲む空に、一瞬、流れた気がした。


「……。」


――もし、あの流れ星が、もっとゆっくりだったら、俺は、願い事をちゃんと三回言えたのだろうか。

もし三回言えたら――このオルゴール(宝石箱)みたい夜は、俺の悪夢(願い)を叶えてくれただろうか。




「そんなわけ、ないよな。」




――だってこんな願い、端から叶えようが無いんだから。






〜〜オマケ〜〜






 エンベリィさんには「触れた者の記憶を呼び起こす奇跡」があった。

エンベリィさんの奇跡は、恩恵を受けたヒトビトから愛され「母語(マザー・タン)」と敬われていた。


 一方で、エンベリィさん自身はそれを「臨終(デスベッド)」と忌み嫌い、呪ってさえいた。

それは、俺のように記憶を取り戻した者達が、次々と命を絶つから。

そして――あぁそうか――と、俺はふと思う。




「記憶を取り戻したヒト達、みんなこうやって、空っぽになって死んでいったんだ。」






急に文字温度下げられると困惑しないですか?



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