all i can never be_2
この話、長くなるから二話に分割するね。
「うぃい~……。お酒ってさぁ~……けっこう、やっべぇのなぁ~……。」
「お、おい……まさかお前……。」
「えへへぇ~……。今すっげぇきもちぃいんよぉ~~~……。」
不意にだらしない譫言が聞こえ、思考の深度も半端なままの俺が瞼を開けると、すぐ隣で茹蛸の様に真っ赤になったガチャ子がクテクテに酔い潰れていた。
どうやら俺が寝たふりをして静かに物思いにふけっている間に、このカクテルをこっそり飲んだらしい。
俺と同じように組んだ腕を枕にして、熱いトタン屋根の上のアイスクリームみたいにデロンデロンに溶けている。
「ひひひ、こりゃぁさぁ~……。みんな、楽しくなっちゃうやんなぁ~……。」
「おいおい、あの店主に見つかったらドヤされるぞお前……。」
「そんなんしらぁ~んっ。勝手にせぇ~。」
幸い、オオカミ顔の店主はこの店を一人で切り盛りしているらしく、今も他に大勢いる若者グループの対応に追われている為、こちらの状況には気付いていない。
だがお会計の時には顔を合わせる事になるし、こんなふにゃふにゃなガチャ子を見られたら、それこそ保護者扱いの俺が監督不行き届きとかで大目玉を喰らう事だろう。
しかし少し考えれば、難を逃れる術が全く無いというわけではなかった。
「あ、おじさーん。」
「へーい、ちょっとまってなー!」
そして、先手こそ必勝なり。
若者たちから引っ張りダコでまごついている店主へ、俺は臆せず声を投げた。
実は幸いにも、ガチャ子の頼んだオレンジジュースと、俺が頼んだアルファオメガは同じジョッキで、更に中身も似たような橙色をしている。
要するに、おじさんが置く時にウッカリ間違えていたって事にして責任転嫁してやれば良い。
そうなれば晴れて俺は無罪放免、むしろ笑っておじさんの失敗を許してやれば、労せずして紳士の箔が付くってもんだ。
なんて、自分で言っといてなんだけど、これって結構最低だよね。
「へいおまちー……って、おいおい! まさか飲ませたのか! そーゆーことされちゃ困るよ兄ちゃん!」
ヘロヘロなガチャ子を見たおじさんは眉間に皺を寄せ、さっそく声を荒げる。
「いやー、それがどうやら置かれた時に中身が違ってたみたいなんすよねぇ。困っちゃったなぁー。」
「え、あちゃー!! やーっちまったなぁ!!」
おじさんはフサフサの頭をポフリッと叩くと、おどけた芸人のようにペロリと舌を出しながら顔を顰めた。
少なくともその様子から、俺のことを疑う気配は微塵もない。
ので、このまま逃げ切ろうと思いまーす。
「おい大丈夫か~、ガチャ。」
「お……。」
「お……? なんだ?」
「欧米かー!!」
うつ伏せでダウンしているガチャ子の背中を甲斐甲斐しく擦るおじさんだったが、もはやガチャ子にその気遣いは届いていない。
仕舞にはヨシモトの亡霊か何かがガチャ子に憑依してしまったらしく、おじさんの毛深い手を無自覚に撥ね退けると、再び虚ろな眼は白の面積を増やし、やがて死んだように安らかになった。
というかもう死んだのかもしれない。
「あーぁ、だめだなこりゃ。完全に飲まれてらぁ。悪いな兄ちゃん、これは全面的に俺のせいだ。」
「ですよねぇ。」
「くぅー、すまねぇー!」
小刻みにヘコヘコと下げた頭を掻く店主。
無意識的にイヌミミもしょんぼりと首を垂らしている。
オマケに、さきほどまでピンと立っていたホワホワの尻尾も、今はシュンとうな垂れてしまっていた。
「いえ、良いんですよ。こう忙しいと仕方ないですよ。あ、俺達もう帰りますね。」
「いやー、俺のせいで、ホントに面目ねぇ。お代は要らねぇから、すまないがこの事は内緒にしてくれよな?」
「えぇ、もちろんですとも。」
「いやぁ、本当にアンタ紳士だなぁ。流石だよ。」
ペコリと下げた頭がいつまでも上がらないおじさんに、俺はニンマリと紳士を装ってほほ笑んだ。
ともあれ、ガチャ子が余計な事を言ってボロを出す前に、このまま全面的に被害者面のまま撤退するのがベストだろう。
来て早々まったく飲んだ気がしないが、それもこの状況では致し方あるまい。
その後、俺がガチャ子を無理矢理立たせて半ば強引に肩を貸すも、既にガチャ子は千鳥足の根無し草。
すぐによろけて俺の肩からスルリと流れ、ペタンと足元へ崩れ落ちてしまうのだった。
「うー。シブッちー……。負ぶれぇー……。」
「たく、おめーはよぉ……。」
へたり込んでうな垂れたガチャピンに買ったばかりの羽織りの裾をつままれ、やむを得ず、背中に負ぶる形となる。
なお当人は「あー」とか「うー」とか唸り、さながらB級映画のゾンビのようにヨダレを垂らして白目を剥き、完全に無気力の廃人と化していた。
「それじゃぁこれで。ウチの連れが御迷惑お掛けしました。」
「おう、懲りずにまた来て――あ、そーだ。やっぱちょっと待っててくれ。」
俺が頭を下げ、ナチュラル且つ飽くまで紳士的にお代を踏み倒して店の戸を押し開けようとした時、おじさんは何かを思い出したように慌ててカウンター奥の部屋へと消えていった。
程なくして駆け足で戻ってくると、次には横長の手提げ紙袋を有無も言わさず手渡された。
はて、何が入っているのか解らないが、そこそこずっしりと重い紙袋である。
「これさ、ウチで作ってるホールケーキなんだ。売れ残りだし、お詫びと言ってはなんだが、アナさんに持って行ってくれよ。」
どうやらこの店主、アナさんとガチャ子の関係性についてもよく御存知らしい。
俺がこれからアナさんの所にガチャ子を送り届けると解って、ついでにアナさんにもと、お詫びのケーキを用意したのだろう。
実際には居候の俺もそこへ帰るわけだけど、まぁそれについてはここでわざわざ言わなくても良かろう。
「おじさん、ありがとう。」
「なに、良いって事よ。そんじゃな、紳士の兄ちゃん。また来てくれよな。」
「もちろんですとも。」
未だ酒が巡ったままの重たい思考、微妙に覚束ない足元は頼りなく。
そんな状態で更にサケカスを負ぶっている俺は、必死に紳士な笑顔を取り繕う。
「では、失礼します。」
「ああ、どうもね。」
最後に店主に軽く会釈をし、早々にトラッシュボートを後にした。
扉を押し開けると同時に、北の大陸ならではの剥き出しの冷気が、全身を貫通して店内に吹き込む。
その瞬間、まるでこの魂が抜け落ちてしまったかの様に、自分の表情からスッと笑顔が失われたのが解った。
それは勿論、外が寒かったからじゃない。




