all i can never be_1
時刻は夜の七時。
あのあと結局、ツチノコを一匹も捕まえられなかった俺達は、一度イェレクタランのアナさん宅へと戻った。
そして今はアナさんの手料理が食べたくないが為に、俺は着替えを終えたガチャ子と共に夜の街へと繰り出し、若者の集う酒場「トラッシュボート」に来ている。
因みに、俺はアナさんに頼み込んでお金を借り、ここへ来る途中にあった街の服屋で上に羽織る物を買っていた。
なにしろ北の大陸の夜は冷え込み方がバカにならない。
昨晩もアナさんが貸してくれた毛布が無ければ割とピンチだった。
普段使っている旅装束は夏用で生地もペラペラだし、日中はともかく、夜の外出には少々酷というものだ。
なので俺は今、頑強なイエティの白い毛皮で編まれた丈の長い肩掛けを羽織っている。
流石に生地が厚く少し重いが、防寒性は抜群だ。
「思ったよりも、随分と賑やかだな。」
「まぁね。こんな田舎じゃここ以外、他に行くと来ないからさ。皆ここに集まってくんのよ。」
トラッシュボートの入り口の戸を押し開けると、夜の街の静けさは一転、一瞬でパチンコ屋のような喧騒に包み込まれる。
一体この街のどこに、これだけの若者がいたというのだろう――狭い店内には幾つかのグループが群れを成し、それぞれ種族は違うものの、無邪気に酒を飲んではしゃいでいる。
ガチャ子の話では、彼らのようなイェレクタランに住む若者の居場所は「この夜のこの場所」くらいなのだそうだ。
「おーっす、マスター来たよー。」
「あん? またテメーかチビガチャ。何度来たって一緒だ、ガキに出す酒はねーっていっつも言ってんだろが。」
さて、さっそく景気よく慣れた感じでガチャ子が店主に挨拶をするも、ダンディなオオカミ顔の若い店主はこちらに気付くと、クシャっと苦虫を嚙み潰したような顔でそんな事を言い始めた。
てっきりまた北の大陸語で空耳ラリーの応酬かと思ったが、どうやら店主は本大陸語が解るらしい。
「だーから!! ガキじゃねってのさ!! こう見えて22だ!!」
「だーかーらッ!! その見た目がダメなんだ、見た目が!! テメーの星がどうだったかは知らねーが、ここじゃそうなんだよ!! せめてあとツチノコ三匹分、身長伸ばしてこい!! 何度も言わせんなバカガチャ!!」
「んだよちくしょうバッキャロー!!」
どうやらこのやり取りも毎度のことらしいが、ガチャ子はその見た目故に、幾つになっても酒の提供を許されないのだろう。
因みに、地球だと長さの単位は「メートル法」が基本だったが、そもそもこの星にはまともな単位系の概念がない。
なので種族によって計り方がまちまちだったりするのだが、どうやら北の大陸では何故か「ツチノコ一匹の平均身長」がその尺度になるらしい。
「あの、俺は飲んでも良いんすかね?」
「あぁ、勿論だぜ兄ちゃん。アンタは12ツチノコ超えてるしな。」
オオカミ店主に即行でOKを貰えたものの、店主の言う「12ツチノコ」が何なのか、それは俺にもよく解らない。
けど多分、1ツチノコが15cmそこらだろうから、12ツチノコなら大体160cmくらいだと思う。
知らんけど。
「けど兄ちゃん、本大陸語が解るって事は、このガチャピンの保護者か? あんま子供連れてこんなとこ来るもんじゃねーぞ。」
「はぁ、さーせん。」
「おい!! ガチャピン言うな!!」
「うるせぇ、未成年はさっさと帰れ!!」
という訳で、ようやく入店許可が下りるも、店主の一言にガチャ子は再び声を荒げ、対して俺の方は複雑な心境だった。
さて置き、テーブル席はレッツパーリーな輩で埋まっているので、俺達はカウンター席へ。
その後「見た目が子供だと何歳でも飲めない」という割とクソなシステムにより、ガチャ子は渋々ノンアルコールなオレンジジュースを注文。
俺は「アルファオメガ」というこの店の看板ともいえるオーナーの一押し、スパイスの効いた地酒のカクテルを試しに注文してみた。
「んじゃカンパーイ。」
「ん、乾杯。」
間もなく注文した飲み物が届き、景気づけにガチャ子と乾杯するも、なんだかガチャ子はムスッと頬を膨らませ機嫌が悪そうにしていた。
恐らくは「ふたつも年下の俺が飲めるのに、自分は飲めない」という事実に一物あるのだろう――そんなガチャ子をよそに、さっそく俺がジョッキに並々と注がれたそれを思い切り呷ると、頭から少しずつ、カァーっと全身に火の手が回るのを感じた。
「カー、やっぱうめーよなぁ酒は!! これまた未成年の前で飲む酒は格別だわー!!」
「ちっ……。んだよ一人で浮かれやがって、腹立つなぁ。ぁ~あ、シブッちといりゃ飲めると思ったのによ。」
ガチャ子がうつ伏せがちに不貞腐れるのを見て、なお一層酒が美味い。
久しぶりに「生きてて良かった」と感じた瞬間だ。
「しかし惜しいことしたよなー。お前がもっと早く言ってくれてたら、絶対にツチノコ逃がさなかったのによ。折角の6000万がパーだ。」
「なんだよ、アタシのせいにするつもりか? 真面目に見張ってなかった自分がいけないんだろ。」
「まぁなぁ~、実際それは否めない。てか、なぁ、これから毎日森に行こうぜ? 今度こそツチノコゲットだぜッ☆」
「嫌だよ面倒くさい。」
「なんだよ、言い出しっぺはお前だろ。6000万レラ欲しくねーのかよ。」
「6000万6000万て、五月蠅いなあ。そんなにお金が欲しいなら一人で行けばいいじゃん。」
一気に回ったアルコールで気分が高揚するも、未だ6000万レラが悔やまれる俺だったが、対してガチャ子はお金に対してそれほど執着がないらしい。
それこそ俺との温度差に不貞腐れてるのか何なのかは知らないが、うつ伏せのまま呆れたようにそう言い放つのだった。
けどそもそもこの店に行こうと言いだしたのはガチャ子だし、幾ら自分が飲めなかったからと言って、今が楽しくて仕方がない俺に当たって良い理由にはならない。
「てか、そんな事よりさぁ。」
不意に、突っ伏していたガチャ子が顔を上げ、スッと俺の目を見た。
「シブッち、ファラちゃんて子の為に魔女探しの旅してるってのは解ったけど、それが終わった後はどうすんの?」
「それが終わったらって……。」
その目は、なにか核心に触れるような――俺の高揚していた気分を一気に現実へと引きずり戻すような、そんな辛辣さを孕んでいた。
もっとも、一瞬黙り込んだ俺を見て、不思議そうに首を傾げたガチャ子にその自覚は無いのだろう。
けれど急に居心地の悪さを感じた俺は、ガチャ子の視線から目を逸らしてしまった。
「別に……特に何もないけど。」
目を逸らしたまま、自分で言っていて"いつかのように"急にこんな自分が虚しくなる。
まるで敷かれたレールの上を歩くように――誰かの為にこうして動く以外に、今の俺には何もない。
それ自体は決して悪い事では無いのだろうけど、いまひとつ、俺は納得していなかった。
また、自分の生き方に疑問を抱いている事実を忘れた事は無かったが、俺は”あの日から”ずっと見ないふりをしていた。
それを、まさかここに来て、ましてガチャ子に問われようとは思いもしなかったのだ。
「ふ~ん、何かやりたい事とかないの?」
「やりたいこと、ねー……。うーん……。」
組んだ腕をテーブルに、それを枕にして顎を乗せた。
考えるふりをして、頭を使ってるふりをして、悩んでるふりをしてみるも、やっぱり頭は空っぽのままだ。
俺は目を閉じた。
視覚情報を遮断した瞬間、先ほどまでノイズでしかなかった周囲の楽し気な喧騒が、情報となって真っ暗な身体を駆け巡っていく。
俺は、記憶を取り戻した。
父さんにも、ちゃんと想いを伝えられた。
だから、俺が最初に掲げた目標の一つは、既に達成されている。
あとは「ファラのお母さん探し」と「二人の業苦の解消」だけ。
この奇跡の謎は未だ解明されず残ったままだけど、正直そこまで躍起になって理由を探す気力は、今の自分には全く無いのも事実だ。
俺には大切な仲間も沢山いる。
争いのない平和なこの世界も、なんだかんだ大好きだ。
母さんの事とか、友達とか、恋人とか――前世への未練が無いのかと言われれば、全くそうとは言い切れないけれど。
でも、それこそ取り戻せないものを、いつまでも嘆くつもりはない。
さて、こんな自分に、それでもまだ、これ以上なにか欲しいものはあるのか。
人生を捧げてまで、何かやりたいことはあるのか。
酔いの回った頭に、どれだけ思考を巡らせてみても、この旅を終えた後のヴィジョンはさっぱり何も浮かばない。
――ただ、ひたすら、真っ暗だった。
「あれ、寝ちった? おーい、シブッちー。」
暫く目を閉じてだんまりを決め込んでいると、俺が眠ったと勘違いしたガチャ子が乱暴に肩を揺すった。
けれど俺はそれを無視し、もう少しだけこのままでいようと思った。
「まじで寝ちったか……まいっか。」
――もう少しだけ、独りで、ちゃんと考える時間が欲しい。
不意に、以前ゼロさんとケズバロンの酒場で飲んだ時のことを思い出した。
――お前は自分の人生の終わりに、その頭の中に、何を描いてる。
お前が人生の終わりに、その最後にいたい場所はどこだ。
どんな奴に囲まれて、どんな場所にいて、どんな気持ちで死にたい。
お前の物語の終わりに待ってるものはなんだ。
俺の物語の終わりには何が待ってるのか……。俺は、それが知りてぇ。
どうしようもなく、ただそれが知りてぇんだよ。
――あぁ、そうか……。
――今の俺は、きっと、挫けてしまったのだろう。
ゼロさんの言葉を思い出して――今はただ、終わりを知るのが怖い――と、俺はそう思ってしまった。
積み立てた目標を達成することは悪い事じゃないけど、未来が不明瞭な限り、その正しさを信じて自分を律し続けるのはやっぱり難しいもんかもね。




