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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第三部 1章 ユースファウンテン
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Jinxed_5




「でね、それがキミなんだ。」


「え、俺……?」


「うん。」


 あれから私は、バリーから聞いた夢の内容を少年に話した。

バリーから聞いた少年の特徴は、種族や年の頃は勿論、身なりから背格好、貧相で思わず殴りたくなるような腹立たしい顔というところまで、いま目の前にいる彼と完全に一致している。

そして本来の目的は何であれ、私に用があって大陸を渡り、何か探し物があるという――この時点で、ヒト違いで無いことがほぼ確定だと言えるだろう。


「なるほど、俺ってやっぱそんな顔してるんですか。」


「控えめに言ってそうだね。という訳で、私には手放しでキミの探し物を手伝う理由がある。これは彼から受け継いだ使命と言っても良いね。」

 

「はぁ……。そう、ですか……。くっ……。」


 少年は何か物言いたげに眉を顰め、視線を落とした。

しかしそれも仕方のない事だと、私は思う。

彼にバリーの話をするという事は、彼がバリーの正体を知るという事でもある。

見た夢が現実になる業苦を持つ男――彼が何者なのかを、恐らくは少年も、噂で知っている筈なのだ。

そして、その事で表情を曇らせるという事は、彼もまた、あの災害で誰か大切なヒトを失った一人に違いないのだから。


 災厄の根幹、バリー・バードマン――彼の業苦があの災害をもたらしたと、今でも多くの者がそう思っている。

それを疑う事も無理は無いし、実際、彼の事をよく知る私でも、それを否定できるだけの根拠がない。

かといって、根拠も無く肯定することも出来ない。

そして、今でもあの災厄の原因は解っていないという――それが、ケズトロフィスの大災害の現状だ。


「くそ……俺は別に……。別に好きで、こんな顔に……。」


――だが今は、あの日の話をする時じゃない。


「それで、キミの探し物というのは何なんだい。」


 バリーの正体を知り、エサを横取りされて悔しがるおサルのように消沈している彼へ、私は回答を促した。

なにしろ、彼がどのくらいここに居るつもりなのか、彼が何を探しているのか、そして、果たして本当にソレを見つける事が出来るのかが、まだ解らないのだ。

少年には酷なことだが、私も事情が事情だけに、ここは我慢してもらう他に無い。


「あ、はい……。そうでしたね……。」


少年は「今更昔のことを悔やんでも仕方ないだろ……しっかりしなきゃダメだ、俺!!」と、自分に言い聞かせながら邪念を振り払う様に、頭を横に振った。


「俺が……俺がここに来たのは……俺が探しているヒトは、魔女です。」


――うん……?


「ま、魔女……? 魔女って……魔女、かい?」


「はい。」


「あー……。」


 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。

だって、魔女は確かに私で――それならば、少年が私に関して勘違いをしていたっていうのは一体どういう意味で……。

いや、それよりも……探しビトが私だというのなら、バリーの言う「少年の探し物を手伝う事はお前にとっても重要なことだった」というのが、よく解らなくなる……。




――なんだ……私は何か大きな勘違いをしているのだろうか?




「アナさんも噂は聞いた事があると思いますが、俺は記憶を消す魔女の行方を追っているんです。」


「え……?」

 

――そして、こんがらがった頭を抱えたまま、私は少年の次の言葉に耳を疑った。


「記憶のって……それは……。でも――」


 それも当然だ。

だって魔女は、一般に死んだとされているのだから。

それの行方を捜しているなんて、正直、何を考えているのかと思ってしまう。


 かくいう私も、魔女は未だどこかで身を潜めているという噂や、カルト教団を立ち上げているだとか、色々怪しい話を耳にした事があるにはあるが、基本的にそれら全ての意見に否定的だ。

例えケズトロフィスの大災害以前の出来事とはいえ、あれほどの騒ぎを起こした黒印持ちを、リンネ管理団体が――それもケズバロンのギルドが、易々と見逃すはずがないのだ。


 とはいえ、しかし彼だって、そんな事は百も承知でここに居るはずだ。

そんなことは承知の上で、魔女行方を追っているのだろうことは解る。

だから私は、魔女の生死について疑問を提示するつもりはない、が……。


「どうして……って、聞いても良いかな。」


 しかし、彼が魔女の行方を追う理由がなんなのか、それは知っておかなければならない気がした。

私怨か、復讐か、或いは、何か忘れたい事でもあるのか……いずれにせよ――


「あまり、気持ちの良い話じゃなさそうだけど……。」


言いながら、一度気を落ち着かせる為に紅茶を飲もうとした時、既に中身が空であることに気が付いた。


「いやまぁ、そんな大した話じゃないっすよ。無駄にちょっと長くなりますけど。江戸っ毛とか……。」


「えどっ……け……? え、なに……?」


「いえ、別に……。」


 私を安心させようとしているのか、少年はあっけらかんと笑うも、どこか疲れた様子でそう言った。

それだけで、例え心を読まずとも、彼の気苦労は十分に伝わってくる。

僅か20そこらの若さでありながら、記憶を消す魔女の行方を追うとは……どうやら彼は、余ほど大変な荷物を背負っているらしい。


「けど、そうか……。」


 まったく、大したものだ――私は素直に感心した。

同時に、あの日を境に、記憶も思い出も止まってしまった自分と比べて、少しだけ悲しくなった。


「うん……ともあれ、別に私は構わないよ。」

 

 そして、見れば少年のティーカップも空だった。

あんな下品な感想を述べておきながら、本当によく飲んだものだ。

そっちは感心しないが。


「ところで、紅茶のお替りは?」


「あ、大丈夫っす。おいしかったです、ごちそうさまでした。」


「むぅ……。」


「え、なんですか。」


ヒトの淹れた紅茶を……よくも――ニコリと笑う少年に、本当のことを言ってやりたくなる。


「コーヒー、淹れるけど、飲むかい?」


「あ、いただきまーす。」


「むぅ……。」




***




コーヒーを淹れ終えた私は、すぐにリビングへは戻らず、そのままキッチンで一人、考え事をしていた。




――あの日、バリーは言っていた。

その少年の探し物を手伝う事が、私にとっても重要なことだと思う――彼は確かにそう言っていた。

だけどそれが――


「寄りにも寄って、記憶を消す魔女だなんてね……。」


 一度でも魔女の声を聞いた者は、全ての記憶を奪われる。

記憶を消す魔女と言えば、まだ大災害が起こるよりも前――フライトの実験がてら、ケズバロンへと遊びに行った時の事を思い出す。

これは、そこで知り合った親切なオカマのお兄さんから聞いた話だが――魔女は、多くの男性(それもほとんどが妻子持ち)をたぶらかし、記憶を奪い、家庭を、ヒトビトの人生を弄んでいた最低なドグサレドクソドビッチだという。


 そして、もし仮に私が魔女の声を聞くことになれば――私は、バリーの見た夢も、彼と過ごした日々も、彼を忘れられずに泣いた夜も、彼を止められなかった後悔も、彼への未練も、それにこのゴム玉の事だって、私は……ぜんぶ、忘れてしまうのだ……。


「そんなの……嫌だよ……。」


 余計な事を考えていると、不意に、あの日話し終えた後のバリーの暗い表情を思い出してしまった。

彼があの時見せた物憂げな表情は、一体どういう意味だったのだろうか……。


「バリー……。キミは一体、私に何をさせようとしているの……。」




――怖い……。

私はキミを、忘れたくなんてないのに……。

キミは……キミならきっと、そうさせるんじゃないかって、嫌でも思ってしまう。




「本当に、信じて良いのかな……。」


 首から下げた青いゴム玉を手に取り、消えかけた顔を見つめる。

これを描き直したのがいつの事だったのか、それさえももう、私には思い出せない。




記憶がない。




「私は……どうしたら良い……。」




 いつの間にか、忘れてしまった。

私は、生きる理由を忘れてしまった。




 このまま少年に手を貸せば、私は彼のことも忘れてしまうのだろうか。

いや、もとより忘れるべきだったのだろうか。

忘れても良かったのだろうか。




 私は彼を、忘れたがっているのだろうか。

そして彼は――




――私に、それを望んでいたのだろうか。




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