Jinxed_1
やがて時は過ぎ去り、俺たちを乗せたトロくさいステレオポニーは、尻を蹴とばしたくなるほどチンタラと峠を越え、ぃよ~~~~~~ぅやくっ、イェレクタランへと、到着。
ともあれ、暫くこのダメ馬に乗らずに済むと思うと多少は肩の荷も下りたが――その反面、この街に尋ねビトがいないと解った時点で、既に俺にはここで達成すべき目標も無くなっているのであった。
しかしそうは言っても、あと一週間――帰りの船が出るまで、どうにか衣食住を充実させ、生き延びなければならなくなったのもまた事実。
なにしろ、イェルプエルトのギルドで換金し損ねた俺には「レラ」はあっても、こちらの通貨である「シャン」がない。
つまり「シャン」が無ければ、それこそ宿どころか食事さえも賄えない、という散々な有様なのだ。
そんな無計画且つ滑稽で絶望的な状況の中――
「ならウチに泊まってけよ。多分ししょーも気にしないし。」
――と、ガチャ子。
というわけなので、俺は微塵もためらうことなくお言葉に甘え、いよいよこの物語は完全に他力本願物語りに突入。
とはいえアナスタシアさんも、形は違えど魔女は魔女――なにかファラのお母さんに関する手掛かりの一つやふたつ、持っているとも知れない。
むしろそうであれば、先ほどのイエ家のラーメンと相まって、こんな不毛地帯まで来た甲斐があったというものだ。
などと、上手い具合にポジティブにポジティブを重ね――僅かな希望を、有りもしない胸ポケットに忍ばせて、俺は遂に魔女との謁見に臨もうとしているのだった。
さて、どう良いように言いつくろっても哀れで滑稽でブサイクな俺の、そんなひとり語りはひとまず置いておくとして。
話は戻り、イェレクタランに到着したのは昼の二時――いつの間にか、もうこんな時間なのである。
というのも、実はラーメンを他人の金で食ったあの後、俺とガチャ子はナックルパックの市場を探索したり、買い物をしたりと、随分長いこと道草を食い散らかしてしまったからだ。
そして遂に――
「着いたよー。」
「え? ここ?」
「うんっ。」
ガチャ子の声に、ある家の前でステレオポニーが足を止める。
それは、本当に何の変哲もない白レンガ造りの民家なのであった。
「あー……。まじかー……。」
俺はてっきり、ここから更に外れた街の奥の奥まで行くもんだと思ったのだが――意外にもアナスタシアさんの家があるは、イェレクタランの住宅街のど真ん中だった。
しかしまぁ考えてもみれば、魔女と言っても単に「魔法のスペシャリスト」というだけなのだから、何も特別な扱いということも無いのだろう。
また同時に、そのあまりに堂々とした生活感によって、いよいよファラのお母さんという線が消え失せたのであった。
「ただいまー。」
さっそく家の脇にある小さな小屋へとバカ馬を帰すと、ガチャ子はわんぱく小僧みたいに玄関の扉を豪快に押し開けた。
「遅い。お前、また遊んでたろ。」
それとほぼ同時に、今度は薄暗い家のリビングから、何やら機嫌の悪そうな女性の声が返って来る。
恐らくこの声の主が、ガチャ子の師匠――アナスタシアさんであろう。
そして、まるで聞き分けのない子供を叱りつけるようなピリピリとした声の感じからして、結構厳しそうなヒトという印象を受ける。
――てかよくよく考えてみたらさぁ……これ俺、普通に追い返されるんじゃね?
思えばさっき食ったラーメンだって、結局アナスタシアさんの金で勝手に食ってるわけだし。
それこそただのヒト違いで来ちゃっただけのアホなんて、邪魔以外の何者でもないだろー……。
「ししょー。友達連れてきたー。」
――まぁもういいや、捨て身タックルじゃい。
「どうも~、シーヴって言いますー。へへへ。」
――とりあえず駆け出しのお笑い芸人みたくバリッバリに張り付けた営業スマイルで挨拶しとけ。
第一印象さえ感じ良ければ、出会って一秒でいきなり追い返されるという事もあるまい。
少なくとも茨城県民はそう。
「あ、どうも……。」
「……う、ん……?」
さて、玄関を潜ったガチャ子に続いてヘラヘラと家の中に立ち入ると、まずソファからむくりと気だるげに起き上がる影が視界に入った。
見たところ、せいぜい20代の後半――ソファの背もたれからヒョコッと覗いているその小顔は、予想していたよりも随分と若く思える。
また、恐らくは今の今までソファで寝ていたのだろう――みっともない寝癖がビヨンビヨンに跳ねた残念な長い黒髪(整えればさぞ綺麗であろう)が、如何にもガチャ子の師匠という感じであった。
それはさて置き――俺はてっきり、挨拶代わりに「誰だその貧相なブサイク!! さてはNHKだな!! ぶち殺すぞ!!」と、いつものように開幕スペシャルハートブレイクされるもんだと思ったのだが。
しかし俺の予想(これはまぁ、あらゆる意味においてなのだが)に反して、アナスタシアさんと思われるその女性は、俺と目が合った途端、まるで旦那がリストラされた奥さんのように放心したまま動かなくなってしまった。
因みにそっと付け加えると――このあと突然「あ……あまりにブサイク過ぎて動けなくなってしまった」とか言われかねないのが、このクソ星の怖いところである。
「――って、おぃバカぁ……。」
――だがしかし、そんな一瞬の沈黙を経てのアナスタシアさんの反応というのは、俺の予想とは大きく異なっていた。
「急に客人を連れて来ルなぁッ!」
アナスタシアさんは慌てて真っ白なフードですっぽりと頭を覆うと、次には恥ずかしそうに俺達に背を向けて、遂に脱兎の如くソファの背もたれに沈んでいくのだった。
どうやら俺という急な来客を前に「客観的に見た今の自分のみっともない姿」というのを思い出したらしい。
意図せずして俺は――それこそ出会って一秒で、アナスタシアさんの心にトラウマと黒歴史を刻んでしまったというわけである。
――めんぼくねー。
「ねぇ、ししょー。暫くここにシブッち泊めていいー?」
「泊め……って――またお前は勝手にっ……!!」
絶賛パニック状態の真っ白なアナスタシアさんにもお構い無しに、ガチャピンは飄々とオラオラを叩き込む。
「あ~、少年……悪いが、ちょっと着替える時間をくれ……。」
そして俺は別に何も悪いことなどしていないのだが――何故だか無性に、ソファの背もたれの影で蹲っているであろうアナスタシアさんに対して頭を下げたい衝動に駆られるのであった。
「あ、うっす。なんかホント、さーせん。」
――というかもう下げている。
「あ~もぉ~まったくまったくまったくもぉ~……!!」
それからアナスタシアさんはフードで頭を覆ったまま、ブツクサと文句を言いながら逃げるように自室へと駆け込んで行った。
「あ~~~~もぉ~~~~バカガチャ子~~~~!!!」
――なお、現在も室内からはドタバタとせわしない音が響いている。




