smile life_3
「ここが北の大陸で一番栄えてる街だ。」
「おぉ~、ここが、イェルシゲンテ……。すげー……。」
エネさんの案内によって、ほどなくしてイェルシゲンテに到着。
ニールさんやエネさんから聞いていた通り、明らかにイェルプエルトよりも家屋や商店が多い。
といっても、まだ早朝の為かヒトの往来は少なく、開いていないお店もちらほらと見られた。
ともあれ、どうにかここまで無事に来られて何よりである。
「なんかお菓子の家みたいだ。」
「お菓子……? んだそりゃ、おかしな例えだな。思わず、アイムラフィング。」
「……。」
――うるせーなコイツ、全然笑ってねーじゃねーか。
あ、いけない、ポジティブな思考展開、ポジティブな思考に転換っと。
「まぁでも、静かで良いとこですね。」
「まだ早朝のスウィートタイムだからな。だがあと一時間もすりゃ、おかしなくらいヒトで賑わうさ。」
「ははは。」
黄緑や青、果てはショッキングピンクなどなど、色とりどりの見慣れないレンガでランダムに構築されたお洒落な民家や商店。
どこかメルヘンチックで美味しそうなイェルシゲンテの街並みを眺めていると、ふと町の中心の方に聳え立つこれまた美味しそうな時計塔が目についた。
時刻は間もなく八時を回ろうとしている。
主に鼻カス二ゲールのせいで余計な時間を食ってしまったが――しかし逆に言えば、エネさんのお陰でこんな早くにイェルシゲンテに辿り着けたともいえるわけで。
――うんうん、そうだ。
忘れがちだが、やはりポジティブな発想の転換を心掛けるべきだな。
というのも、なにしろここは地球ではなく、こんなクソ星だ。
気が付くと俺の精神は日ごとに荒れ、爛れ、腐り、真夏の生ゴミのような嫌な臭いを放ち、それは自分でも気付かないうちに顔つきや目つきにまで影響を及ぼしているようなのである。
そしてこれは俺の個人的な見解というだけではなく、以前ファラにも「しー君、村に居た頃よりやつれてるね。なんか寿命間近のリスみたい」と指摘されたことがあった。
なので、今年は出来るだけポジティブな思考展開を心掛けたいという訳なのである。
「んで、こっから真っ直ぐ行くとステレオポニーを貸してくれる店がある。解らなきゃその辺の奴に聞くといい。そんじゃ、達者でな……えーと、なんだっけ、名前……まぁいいか。」
――良くない。
「そんじゃな、ヒュムの。グッドラック、良い旅を。」
「エネさんも、お気をつけて。本当にありがとうございました。あと俺はシーヴって言います。」
「なに、良いってことよ。その代わり、メノに会った時はよろしく伝えといてくれ、ヒュムの。」
「……はい。」
その後、遂にエネさんとも名残惜しいお別れを迎えたが――結局いちども名前を呼んでもらえなかった。
まぁそれはともかく、エネさんの旅慣れた後姿を寿命間近のリスみたいな顔で見送った俺は、その後、ポジティブな発想の転換で活き活きとステレオポニーのレンタル屋を目指した。
「さ~てとっ、今度はどんな出会いがあるのかなぁ~!! ふぅ~☆」
――早朝、まだ朝の八時。
ヒト気の無いイェルシゲンテのメルヘンでおかしな街中を、軽快に、ホップステップ――
「ヒャッハー☆」
そんな調子で、時折すれ違うヒトビトに笑顔で「ハイッ☆ グッモーニンッ☆☆」とフレンドリーに両の親指をグッと立てると、スッと目を逸らされた。
因みに今も、綺麗な長い金髪の育ちの良さそうなお姉さんにウィンク交じりに「イェアッ☆」とチェケラしたが、俯きがちにそそくさと逃げられてしまったところである。
まぁ、きっとこの街のヒトたちはみんなシャイなのだろう。
なんて――
「んなわけねーだろぉぉおおおッ!!」
――未だ早朝――寿命間近のリスの怒号が、イェルシゲンテの穏やかな一時に木霊していった。
「キャ~~~野蛮な本大陸民よ~~~!!!」
「逃げんなこのアマーッ!!」
***
――さて、そんなこんなで現在。
俺は無事ステレオポニーのお店「レンタルショップ・マン・ウィズ」に辿り着いたところである。
相変わらずカラフルで、一周回って悪趣味な外観の建物だが――広い店内には、ウマ面の動物がこれ見よがしにズラリと肩を並べ、モチャモチャと素朴な飯を食べていた。
そして恐らくは――
「これが、ステレオポニーか……?」
ポニーというより、どちらかといえばロバなのだが――そう、どうやらこれが「ステレオポニー」である。
ヌボーっと、間抜けで平和ボケした面長な頭部に、だらしなく垂れたダンボみたいな長い耳。
カスタード色の、シュークリームみたいなモフモフの体毛はともかく、ボテッとした腹回りに、細くて頼りない脚は短く、なんだか廃車寸前の商用軽自動車のようだ。
とはいえ、まぁ50歩か100歩ほど譲って、ギリ、ポニーと言えばポニーである。
つーかコイツ等の方がよっぽど「ダバ」って感じなんだが。
「それでお客さん、どれにしやす?」
――しかしこんなのに俺は金払って乗るのか。
は……いかん、気を抜くといつの間にかまたネガティブになりかけている。
けど、これは流石になぁ――
「これ、ホントに大丈夫なの……?」
「ん、そりゃどういう意味でやす?」
クチャクチャと汚らしい咀嚼音を立てて藁を食ってる駄馬を眺めていた俺の脇で、腕を組んだオオカミ顔の店主が「それがなにか?」とでも言い出しそうな顔で首を傾げた。
ここまで来た以上、俺としてもあまりネチネチと悲観的な事を考えたくはないが――それこそ乗った瞬間不貞腐れて寝そうとか、歩いてる途中で疲れて帰りそうとか、途中で力尽きて死にそうとか、なにしろ色々と不安しかない。
「いやだから、ちゃんと目的地まで行けるのかなって。」
「はぁ……。」
呆れたようにため息をつき「やれやれまたか」とでも言うように店主は首を横に振った。
「まぁ、滅多に来ないでやすが……本大陸のヒトたちはホントに心配性でやすねぇ。」
「はぁ、どうも。」
――多分だけど、俺はそーゆーのに特別敏感だと思うぞ。
「心配ご無用、ウチのポニーちゃんズは極上でやす。毎日ウチの優秀なクルーと追いかけっこして鍛えてやすから。ほらあそこ。」
得意気に、店主が「外を見てみな」と小窓を指さす。
「待て待て~! 内臓ほじって食べちゃうぞ~! はは~!!」
「ヒーハー! 今夜は馬刺しだわ~ぃ!」
見れば従業員と思われる数匹のオオカミ男がナイフとフォークを振りかざし「ヒャッハー☆」とヨダレを垂らして陽気にステレオポニーを追いかけていた。
「ピィィイエエェェェ~~~!!」
一方、ステレオポニーは奇声を上げ、短い脚をバタつかせ、たるんだ腹を揺らし、ときおり転げそうになりながら必死に逃げ回っていた。
何でも良いけど、変な鳴き声だなぁ。
「ね?」
「うん、動物虐待だね。」
「うん? なんか言った?」
「いえ、別に。」
ニコリとほほ笑む店主。
罪悪感のカケラもないその笑顔から、俺は目を逸らした。
ともあれ、因みにレンタル料は一日4000レラだ。
金額的はかなり安いと言えるだろう。
しかし魔女探しに何日かかるかも定かじゃないわけだし。
その上ニールさんの話では、帰りの船が出るのが今月の10日だという。
今日が3日なので――つまり今からちょうど一週間はある計算だ。
――そして実は俺の財布の中も結構ピンチだったりする。
これまた不思議な事に(確か貯金がだいたい200万くらいはあったはずなのだが)、気が付くと全財産は、財布の中の数万レラだけになっていた。
また、それについてファラに尋ねるも、何故だか気まずそうに顔を逸らし「知らぬ存ぜぬ」の一点張りで、その様子から、どうやら俺が記憶を失っている間に、俺は随分と派手に散在してしまったらしい事が薄っすらと解った。
ので、俺もあまり深く追求しないようにしたのである。
「あ、ところでおじさん、魔女の噂って聞いたことあるかな?」
「ん、魔女でやすか?」
知らぬ土地&金銭面の不安、フィーチャリング、ステレオポニーの性能面の不安。
次から次へと襲い来るそんなネガティブ要素に気を揉んでいた俺は回答を濁し、不意にそんな質問をしていた。
因みに魔女についてはエネさんにも尋ねたのだが「悪いが俺もこっちに来たのは最近でな、つまり、アイドンノー、ワットゥセイってな」と言っていたので、いい加減にホワイト。
「あぁ、魔女ならイェレクタランにいるよ。」
――どうやらニールさんの言っていた事は本当のようだ。
それも、こんな離れた町でも知っているヒトがいるくらいだ、かなりの有名人かもしれない。
まぁ、過去にあんなことがあったのだし、当然と言えば当然だが――しかしそれにしても、おじさんの受け答えは不思議とサッパリしたものであった。
――そして今日、2月3日。
遂に俺はこの後、ファラのお母さんに出会うことになるのだろう。
しかし、この出会いがどういう形になるのかは未だ解らない。
出会えたとして、ファラのお母さんがファラを受け入れられるかがまず解らないのだ。
それこそ拒絶されてしまっては元も子もない。
そして実はそーゆー理由から、俺は今回ファラを連れて来るわけにはいかなかったのである。
「なんだアンタ、ひょっとして魔法でも習――」
――して、 その時であった。
「おっさーん、たのもー!!」
「あ……ほら、噂をすれば――」
不意に、景気よく入口の扉が開く音が背後から聞こえたかと思うと、これまた景気よく甲高くてやかましい声が、この微妙な空気の中に土足で駆けこんで来たのであった。
「――ちょうど魔女のバカ弟子が帰って来たぞ。」
「え?」
「預けてたポニー取りに来たよー。」
――魔女の……弟子、だと……?




