This could be ours_4
「しかし、いつにもまして凄いヒトの数だなぁ……。」
早速ファラと共に外へ出ると、街中はもう手のつけようのないお祭り騒ぎであった。
まるで波打つように、様々な種族が行き交う観光区。
例えるなら満員電車――もはやどこが道かも解らず、怒涛と例えても生ぬるいほどの雑踏は、既に俺の知ってるケズバロンではない。
まして、あと2時間ほどで日を跨ぐというのに――確かこーゆーのを「百鬼夜行」とかいうのだっけか?
そもそも百鬼夜行に何の目的があるのかもよく解らないけど。
「まるで家畜小屋だぞこりゃ。トホホ。」
「しー君それさっきも言ってたよ。」
「え……そうか?」
「さ、行こっ。こんな所に突っ立っててもしょうがないしね。」
「ちょ、ちょっとまて……。」
本当に行くのか――しかしこの雑踏に一歩でも踏み込めば、もう永久に抜け出すことは出来まい……。
はてさてどうしたものかと、延々と続く魑魅魍魎の行列に気後れした俺は腕を組んで言い淀んだが。
しかしファラは返事も待たずに俺の手を掴むと、いとも容易く、まるで最初からそこに紛れていたかのようにキビキビと流れに乗って進み始めた。
「ち! 邪魔だバカ野郎!!」
「あ、さーせん……。」
そして後ろを歩いていたウシ顔のおじさんに、なぜか俺だけ怒られた。
「それで、そのヴォードローって祭りの為に、このヒト達はわざわざ来てるのか?」
「この時間までこれだけのヒトがいるって事は多分そうね。」
して、その「ヴォードロー」なるお祭りが何なのかと言えば、どうやらケズトロフィスの大災害で亡くなったヒトビトに向けた追悼式なのだそうだ。
ザックリ且つシンプルにまとめるとそういうことらしい。
てっきり俺の中では、槍を持った筋肉質な男たちが焚火を囲み、上裸で葉っぱの腰巻にバラを咥えてウホウホとその周りを夜明けまで踊り駆け回るという珍妙なものを想像していたのだけど。
不安と予想が外れて肩透かしを食らった気がする反面、なんだか久しぶりにスチャラカポコタンらしからぬ真面目な感じでちょっとホッとした。
因みに俺の想像では、最も踊りの上手かったものには美しいバラの冠とクイーンからの接吻が日の出と共に与えられるというのが、このお祭りのフィナーレだったりする。
「けど、いくら4年に一度だからって、何もケズバロンだけでわざわざ開催することないんじゃないのか?」
「――ん? ここが一番ヒトが多いってだけで、他の場所でも一応やってるよ?」
「え、ならわざわざケズバロンなんかに来なくても良かったろ。」
「ダメダメ。アタシ一度で良いから『コミュ』飛ばしてみたかったんだもん。」
「コミュ? なんだそりゃ。セミのサナギか?」
「??? ねぇ、まじで何言ってんの?」
「それな。」
ヒトゴミを掻い潜りながら、この祭りのメイン会場となっている広場を目指す。
そこでは「コミュ」と呼ばれる「謎のモノ」をタダで配っているのだそうだ。
そしてどうやらこのヴォードローというお祭り、その規模はともかく、どこの村や街でもやってることにはやっているらしい。
なんなら家の近くのケズブエラでも、俺とファラの故郷でもあるケズデットでも、細々と。
しかしこのケズバロンに関しては、この祭りの名物とも言うべきあるイベントが開催されるのだそうだ。
それが――
「……これか?」
「うん。一人2個まで持ってって良いんだよ。」
「2個……まで?? なんで???」
「たまに爆発するから。」
「爆発すんのかよ……。」
広場に辿り着くと、あちこちの屋台に溢れんばかりのヒトが群がっていた。
そのヒトだかりを掻い潜り、ファラが屋台から持って来た戦利品。
それが「コミュ」だった。
「はい。しー君の分ね。」
「おう、サンキュ。」
ファラからそのヘンテコな物体を受け取りながら、よくよく周囲を見渡してみた。
行き交う彼、彼女らが手に持っているのは同じく、丸くて白い、玉、毬、ボール。
とにかく「球」だった――これが、コミュ。
「これ、どーすんだ?」
「ふっふっふ、まだ気づきませんかー? ほら、上見て、上。」
「あん? 上――」
底意地の悪そうな顔で笑ったファラに促され、訳も分からないまま見上げた空。
そこには満天の星の瞬きに混ざって、自由に夜を放浪する光の玉が無数に浮かんでいた。
「なんだ……これ……。まじか……。」
「――ね、キレイでしょ?」
「あぁ……。綺麗だ……。やべぇな……。」
「アレをね、自分の魂になぞらえて、想いと願いを『大切なヒト』まで届けてもらうんだって。」
この星のヒトビトの想いに感情を攫われ、その願いに心を奪われ――そうして俺は暫く、ただ立ち尽くして夜空を埋め尽くす奇跡を眺めていた。
ただ美しく、儚く、懐かしく、愛おしく――どこか楽しそうに空を泳ぐそれは、満天の星空に劣る事無く光り輝いていたから。
「それでまずは、これの中に火を灯して空に飛ばすの。あ、川とか海に流すのでも大丈夫だよ。」
「それ、後で大変なゴミにならないか……?」
「心配しなくても、これ水溶性なの。モーマンタイってね。」
「ほー。ちゃっかりしてんなスチャラカポコタン。」
コミュ――子供の頭くらいの大きさで、白くて真ん丸のヘンテコな球。
これを4年に一度、ヒトビトは様々な想いや願いを込めて、空へ、川へ、そして海へと放つのだそうだ。
見れば確かにヒトの手が入る程の大きさの穴が開いており、その中には灯りの切れた電球のような物が浮かんでいた。
原理は解らないが、この丸い物体に火を灯すと、いま俺達の頭上を流れているコミュと同じようになるのだろう。
なかなかどうしてスチャラカポコらしからぬ素晴らしい発明だがしかし、俺にはどうしてもスチャラカポコ的に聞き捨てならない事情がひとつだけあるのだった。
それは着火の際、極稀に爆発するらしいのだが――なんでもこれが爆発した者は、周囲に幸運を振りまくエンターティナーとして持て囃されるのだとか。
頼む、頼むから、何事もなく平和に終わってくれ――両手に抱えた2つのコミュを見つめて、今はただ、そればかり祈るのだった。
「ところでコレ、飛ばしたり流したりするだけで良いのか? 御祈りとかは?」
「それは個人の自由ね。信仰する神様って種族ごとに違うから、皆バラバラだし。」
「あぁ、なるほどなぁ。」
まぁそりゃそうか。
思えばメノさんなんかリザードだし、確かドラゴンを神として信仰してるって聞いたことあるしな。
そういえば今日はまだ誰にも会っていないけど……まぁこうヒトが多いと見つかるものも見つからないか。
「それで、しー君はどっちが良い?」
「え? なにが?」
「だから、空に飛ばすか、川に流すか。海はここからじゃ遠いから、行くならせいぜい近くの川だね。」
――空に飛ばすか、川に流すか。
恐らく近くの川にも大勢のヒトが集まっている事だろうと思う。
そこでなら頭上を漂うコミュと同時に、水上を漂う光景も見られるのだろう。
4年に一度、滅多と来ないこの機会を逃す手はあるまい。
「折角なら、川に流れるコミュって奴も見てみたいかな。」
「それじゃあ川辺に行こっか。」
「おう。けど、その前に――」
さっそくウキウキと歩き始めたファラを呼び止めて、俺は持っていたコミュの片方をファラに差し出した。
「折角ふたつもあるんだ、一個だけ、ここで飛ばしてみようかな。」
「うん。」
ファラにトゥズの魔法でコミュに火を灯して貰うと、優しい灯りがボンヤリと浮かび上がって来た。
「――お、飛んだな。」
「うん、綺麗だね。」
「あぁ、キレイだな。本当に――」
あー良かった、爆発しなくて。




