This could be ours_2
「ど……どわひゃぁ~、こりゃ凄いヒトだなぁ……。」
――熟した果実のようなオレンジと紅イモタルトみたいな紫が滲み、筆舌に尽くしがたいほど鮮やかに焼けた夕刻のビッグスカイ。
まるで祝福の讃美歌を合唱する天使たちのように――悠々と空高く背伸びした赤レンガ造りの建物たちが、3106カラットのダイアモンドが如きその真紅で街の景観をより一層煌びやかに染め上げる。
そう――僕たちは今、ケズバロンに来ているんだ。
「それになんだか獣臭いし、まるで家畜小屋だぞこりゃ。トホホ。」
「しー君てば、ホントに何も覚えてないのね……。」
都会の喧騒は想像していたけれど、いざそれを目の当たりにした時、あまりのヒトの多さに呆気に取られてしまった僕。
――だってそりゃそうでしょう? 見れば右も左も醜い化け物まみれ。
そう、ここに居るのは人間だけじゃない――犬顔にウマ面、ウシにヒツジにヤギにネコ、果ては大きな鳥の羽根が生えた人間までいて、ここは欽ちゃん仮装大賞かっての。
「ほら、こんな所に突っ立てたら邪魔になるから早く行こうよっ。」
「あぁうん、そうだね。行こうか、マイハニーエンジェル。」
「……。」
「ん?……どったの?」
そんな夜もあんまり眠らないケズバロンの街を、僕はファラちゃんの後ろに続いて恐る恐る歩き始めた。
記憶を失う前は、よくファラちゃんとこの街に来てエンジョイしていたらしい。
もちろん今の僕にその当時の記憶はないのだけど。
けれど泊りがけで遊びに来ることも多かったらしく、思っていたよりも僕とファラちゃんはアダルティックに進んだ関係だったようだ。
ケズバロンまでの道中、この街での思い出を嬉しそうに話していたファラちゃんの様子からして、思っていた通り僕ってやつは相当パーリーピーポーしていたらしい。
「うわぁっ!!」
「ぁいってぇッ!!」
「ちょっとしー君、大丈夫?」
――なんて、輝かしい過去の自分に陶酔していた時だった。
「あ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「どこみてやがるこのブサイクハゲがッ!!」
「え? いや、ブサイクもハゲもアナタの方でしょう。」
「な、なんだとこのガキ!?」
そう、僕は通りすがりの底辺おじさんとゴッツンコしてしまったのだ。
やれやれ……お互いにみっともなく尻モチをついたと思ったら、相手のデコハゲが急に癇癪を起してさぁ大変。
「え、僕なにか間違った事言いましたー?」
「どう考えてもお前の方がブサイクでハゲだろがよ!!」
「だからそれアナタの感想ですよね。鏡見たことあります? かなり控えめに言って相当醜い顔してますよ。例えるなら、収穫されずに肥大化して腐ったカブみたいな。」
「てめぇ、言わせておけば!」
「なんか今にも臭ってきそうですし、そのうち盛ったハエがタマゴを植え付けにケツの穴あたりに集まって来るんじゃないですか?」
「つーか、それだってお前の感想じゃねぇか!!」
「なら論理的に否定してみろよジジィ。」
「う……論理的に……。ソイツは、かなり無理だぜ……。」
「ちょっと、しー君やめなよ……。」
「マイハニーエンジェル、ここは僕に任せて。」
「えー……。」
とまぁ僕も僕で思わずカッとなって言い返しちゃったけど――どうしよう……ちゃんと警察とかいるのかな、この星。
けど突然ゴロツキに絡まれてファラちゃんもかなり怖がってるし、ここは男として断固引くわけにはいかないよね。
「おら掛かって来いよ、卵嚢カブ頭。秒でマウントに沈めてやる。」
「テメェ、俺とやろうってのかぁ!?」
怒鳴るおじさんに、すかさず僕はボクサー世界チャンプの構えを取った。
本当は怖いけど……けど、ここまで来たらもうやるっきゃない。
それに僕だって男だ、ここで逃げたらファラちゃんに意気地なしのカスだと思われてしまう。
それだけは絶対に嫌なんだよな。
「なんだよ、かかって来ないのか? ならこっちから行くぞ。」
「――!?!?」
それとね皆、勘違いしないで欲しい事が一つだけあるんだ。
それはケンカに腕っぷしは関係ないってこと。
ケンカってのはね、迷いも躊躇もなく「コイツを今すぐぶっ殺したい」という無慈悲なまでのガッツを最後まで持ってた方が勝つんだ。
それじゃぁ行くよ――ここからは血沸き肉踊り狂うキリングタイムだ!!
「レッツパーリィィィイイ!! キィィイイエェェエエエ!!」
「こ、このカーズ顔のキモブタが!! ラブアンドピースだぜッ!!」
まずは目玉と金玉を潰してやろう、その後は膝の関節をへし折ってボコボコにしてやる――そう思って僕が駆けだした瞬間だった。
あろうことか底辺おじさんは、あっという間にヒトゴミの中へと走り去ってしまったのだ。
「……あ? なんだアイツ。いきなりシッポ巻いて逃げやがったぞ。ムカつくから追いかけてブチのめすか。」
「ねぇもうそーゆーのやめなってばぁ。しー君、お昼に目覚ましてからずっと変だよ?」
まったく、口ほどにも無い。
どうやらあのおじさんは僕の溢れんばかりの殺意に気圧されてビビったらしい。
たく、ビビって尻込みするくらいなら最初からケンカ売ってくんなっての。
僕が弱そうに見えるからって安易に手を出しやがって、思い知ったかデコハゲが。
「け、ハナクソめが、クソして寝ろ。ぺっ。
だいたいブサイクに人権があると思ってんじゃねぇよ、舌噛み切って死にやがれカスが。」
「もう、口も悪いしイヤだなぁ……。ところで、お腹は大丈夫なの?」
「え、お腹……? お腹がどうかしたのかいマイハニーエンジェル。」
「……。」
おじさんの去って行った方に僕が悪態と唾を吐き捨てると、ファラちゃんはどこか心配そうに僕を見つめていた。
別にどこも怪我なんかしてないし、そして何故か僕のお腹の具合を心配してくれているようなのだけど、別に特段変わったことは――
「な……え――うッッッ!!」
しかしその瞬間、僕の内臓がバタバタと駆け回るように暴れはじめるのを感じた。
な、なんだ――この五臓六腑が狂おしい程もがきハチ切れそうな激痛は!!
ヤ……ヤバい――このままじゃ僕は……!!
「ぐぅぅうううう……た、大変だマイハニーエンジェル……。僕の、お、お腹が……大爆発する!!」
「もう、言わんこっちゃない……。」
「一体なにが……あてて……。なんで……僕、まだ死にたくないのに……。」
「ほら、こんな所で蹲ってると今度は酔っ払いに踏んづけられちゃうよ? 早く立って。」
「もう痛くて動けないのらぁ~……。助けてマイハニーエンジェルゥ~……。」
「ねぇそのマイハニーエンジェルってのもいい加減やめてくんない!? ホント怒るよ!?」
「もう怒ってるのらぁ~……。」
「あーもーくっつかないでよ!!」
「……あら? もしかしてシーヴさんに、ファラちゃん?」
「「――ん?」」
――そうして呆れたように僕を置いて行こうとするファラちゃんの足に必死にしがみ付いた時だった。
「あ、やっぱりシーヴさんですっ。それにファラちゃんも一緒ってことは、お二人もヴォードローのお祭りですね。」
「シルちゃん久しぶり~。」
「久しぶり~。ファラちゃんはその後どう? 儲かってる?」
「う~ん、まだまだこれからって感じかな~。」
「そっか。販売ノルマを達成し続ければ会員ランクもグングン上がるから頑張ろうねっ!」
シルちゃんと呼ばれたその美少女は突然僕たちの前に現れ、そうかと思えばそのままファラちゃんと楽しそうにお喋りを始めるのだった。
そして先ほどの僕への態度からして、どうやら僕も知り合いのようだけど――だめだ、やっぱり思い出せない……。
「ほら、私は先週ランクが上がって『ナポレオン・ゴージャス/シルバーバッジ』に昇格したのっ。」
「わ~すご~いっ!!『ナポレオン・ゴージャス/シルバーバッジ』だぁ!! いいないいなぁ~!!」
銀色の変なゴミを嬉しそうに見せびらかすシルちゃんさんは、綺麗な栗色の髪を肩ほどのおさげで控えめに纏めていた。
身長は低くて幼げな顔立ちだけど、落ち着いた印象のロングスカートから育ちの良さが伺えるし、もしかしたら僕やファラちゃんより年上かもしれない。
そしてそんなシルちゃんさんの外見で、なによりも僕が気になったのは――
「ねぇキミ、その肩に留まってる小汚ねぇ鳥は一体なんなのだ? もしかして手品のタネのら?」
そう、シルちゃんさんの肩には、なんでか白い鳥が大人しく留まっているのだった。
けれどあまりに鳴かず動かずなので、ひょっとして機械なんじゃないかと疑ってしまうほどにそれは物静かな鳥だった。
その静けさは例えるならフクロウーーけど、出で立ちで言うならそれはカラスが近いんじゃないかなと思う。
「……は? 小汚いって――なんの冗談ですか……?」
「のらぁ? キミは大道芸人じゃないのか?」
「はぁ? あの、さっきからなんなんですか? いくらシーヴさんでも流石に怒りますよ?」
「……え? ねぇマイハニーエンジェル、なんでこのメンヘラ女キレてんの?」
「ちょっともういい加減にしてよ!!」
そして何故かファラちゃんにも怒られた。
僕はただ思った事を正直に言っただけなのに、なんでかシルちゃんさんはムッと眉間に皺を寄せて僕を睨みつけて来たのだ。
何しろこのルックスだから、この子も周りから相当甘やかされて育ったのだろうけど。
しかしファラちゃんといい、このシルちゃんさんといい、どうして女の子ってのはこう、すぐ不機嫌になるのだろうか。なんか逆に腹立って来たぞ。
「ごめんねシルちゃん……色々あって、しー君いま記憶喪失なの。」
「……え? はぁ……そうですか――て、シーヴさん危ない!!!!」
「――のら?」
「「どけどけーー!! どけどけどけーーー!!!」」
「しー君っ! うしろうしろ!」
「「邪魔だブサイクこんにゃろぉ~めぇ!!」」
2人が慌てた様子で僕の後ろを指さすと同時にどこか活気のあるその声が近づいてきて今度は一体何事かと振り返ると脂ぎった屈強な上裸の2人組が大きな鉄の荷車を必死に押して全速力でこちらに向かってくるんだけど進行方向的にこれ明らかに僕が轢かれて死ぬやつ――
「のら。」
ドカーーーーーーーン!!!!!
クソすぎ。




