Linkin Park_2
「おじさん、こっちにクローリングを追加で。」
「まいど。」
「……シーヴ君は、今日は飲まないのかい?」
「あぁ、それじゃぁ折角なので……俺はエンジェルフォールで――」
日は暮れ、酒場は少しずつ賑わい、ケズバロンのマッシュルームヘッドとは真逆の、穏やかなで心地よい喧騒に包まれる。
そんな中で俺はエンベリィさんと円卓で向かい合って座り、お酒を飲んでいた。
というのも「一度、心の準備をさせて欲しい」というエンベリィさんの希望があったからなのだが。
けれどそれは俺にとっても同じ事だった。
私に後悔させないでくれ――先ほどのエンベリィさんの言葉に、決心が揺らいだとまでは行かないまでも、俺としても少し心の整理をしておきたいと思っていた。
「そういえば、ウィラからだいたいの事情は聴いたよ。今更だが、前世の記憶を夢に見るという話もね。」
「――え?」
まもなく届いたお酒を飲みながら、エンベリィさんはおもむろにタバコの火を起こした。
このヒトはさっきからもう随分飲んでいるのだが、一向に酔っぱらう様子がない。
そんなエンベリィさんから話を切り出されるまで、まさかそんな大事な事すら未だに話していなかったなんて、俺は気がつきもしなかった。
前世の記憶を夢に見る――それがなによりも一番重要なことじゃないか……。
「道理でキミは、これまで私を訪ねて来た者たちとは、勝手が違うと思ったわけだ。」
「あの、なんかすみません……。大事な事、伝え忘れていたみたいで。なにしろ他の事で必死だったものですから。」
「いや、それは構わない。それを知っていようがいまいが、きっと私の判断に変わりは無かったよ。けれど――」
大きく、煙を吸い込んだ一瞬の間。
おもむろに店の灯りを見上げると、何かを思い出すように、エンベリィさんの表情は僅かに険しいものになった。
「私を訪ねて来た者の中にもひとり、キミと同じように、前世の記憶を夢に見る者がいた。不意にそれを思い出してね。」
「え……。それって……。」
あれ――その話は……どこかで、そんな話を聞いたことがあるような……。
あまりに唐突で思いがけない情報に、けれど俺は冷静だった。
何故なら、それが初めての事ではなかった気がしたからだ。
いつだったか誰かから、そんな話を聞いた気がする。
けど誰だ……ウタさんか……?
いや、もっとずっと前の事だった気も――
「その彼も、例外なく、死んだそうだがね。」
「……。」
ドッと吐き出した煙に、エンベリィさんの表情が霞む。
死んだ――呆れたように放ったその一言から、俺は無性に後ろめたさを覚え、何も言えずに口をつぐんでしまった。
そして同時に、亡くなったというそのヒトを、俺はどうにもただ無関係な他人と思えなかった。
なにしろ俺と同じように前世の記憶を見たというヒトの話を、俺はこれまで聞いたことがない(純粋に覚えていないだけかもしれないが)。
何かその人物についての情報を掘り下げることが――いや、もうここまで来ているのだ……。
今更そんな事に、何の意味がある……。
けれど、もう気になって仕方がない――
「そ、そのヒトは――」
「――ギルドハンターだったよ。中年の、それも日本人だ。キミや、私と同じね。」
「そう……ですか……。」
俺の質問を遮って答えたエンベリィさんが、億劫そうにグラスのお酒に口を付けた。
自殺の斡旋――故意ではないにしても、自分が死に追いやったヒト達の話を、エンベリィさんはあまり蒸し返したくないのかもしれない。
そうは思っても、既に俺の頭の中はそのヒトの事でいっぱいになってしまっていた。
「日本人……中年の……。」
次々と重なる共通点に、なにか因縁めいたものを感じた。
まさか、俺の父親――ということも、あるのだろうか……。
なにしろこの世界、リンネは俺だけじゃない。
誰だって、ここに来る可能性ってのはある筈なんだ。
「……。」
「おじさん、クローリングのおかわりを。」
「はいよ。」
そして俺はこの若さで亡くなっている。
ここに来た時は、病院の患者服を着ていた。
何らかの不幸で俺が死んだのなら、それなら――俺の両親はどうなったのだろうか……。
「シーヴ君、おかわりは?」
「……。」
例えば、何か事故に巻き込まれたって事もあるのかもしれない……。
その時に死んだのが俺だけでないと仮定するのなら、少なくとも矛盾はないだろう……。
「……シーヴ君?」
「……。」
いや、でも……エンベリィさんと「そのヒト」が出会ったのは、恐らく俺がここへ来るよりもずっと前の話だ。
けど、それならそのヒトは一体……。
あぁクソ……ダメだ……。
全然寝れてなかったってのもあるけど、こんな大事な時に思考の整理が出来ない……。
「……。まぁ、何かキミにとってもヒト事ではないようだし……。少しくらいなら、彼のことを話してあげても良いがね。」
「……え?」
「――といっても、私もほとんど何も知らないのだが。」
ふと気が付くと、エンベリィさんがため息交じりに少し困ったような顔をしていた。
考え事に夢中になっていた俺は、よほど神妙な面持ちになっていたのか、変に気を回されたようでもあるが……。
けれど少しでも俺とそのヒトとの関係性を分析する材料が増えるのなら、それは願ってもないことだった。
はずなのに――
「ありがとうございます。」
「あぁ、別に構わない。」
「……。」
思わずお礼を言ってしまったが、けれど今になって、その真実に近づく事に少なからず抵抗があった。
出来る事なら無関係であって欲しい――けれど「前世の記憶を夢に見る」という決定的な共通点が、俺の胸騒ぎを大きく駆り立てて止まなかった。
「その前世の記憶とやらの中で、どうやら彼は、トラックドライバーだったそうだが……。」
「トラックの……ですか。」
「あぁ、日本にいた頃は運送会社に勤めていた気がする――と、何とも間の抜けた物言いをしていたよ。」
トラックの、ドライバー……。
日本人……中年の、トラックドライバー……だったのか……。
「……。」
なにか……なにか思い当たることはないだろうか――
「家族も居たようだよ、奥さんと、子供が3人。」
子供が、3人――
「……。」
「……何か、心当たりが?」
「いえ……。特には……。何も――」
「ま、そうだろうね。」
エンベリィさんは何てことないという風にタバコの煙をふかした。
そしてこの場合「拍子抜け」というのだろうか。
日本人、中年、トラックのドライバー。
お子さんも、3人いて……。
そこまで解ってなお、特に何もピンと来るものは無かった。
更に俺のこれまでの記憶と照らし合わせてみても、何か繋がりのある人物だとは思えなかった。
本当に、ただの偶然で、その人も前世の記憶を見ていたというだけなのだろうか……。
「テレタビーさん、これお代わりね。」
「あぁ、どうも。」
はて……いつの間に頼んだのだろうか。
ふいにマスターがお酒のお代わりを持ってきた。
「シーヴ君、お代わりはいらないのかい。」
「えぇ、俺はもうこれで充分です。」
「そうか。まぁ、キミがまともでいられる自信があるのなら、別にそれで構わないがね。」
「まとも……?」
どこか含みのある物言いに違和感を覚えるも、その意味が俺にはよく解らなかった。
「さてと――」
そして何を思ったのか、突然エンベリィさんはそれを一気に飲み干し――
「それじゃぁそろそろ、始めるか。」
その目は唐突に黒く冷たく。
その表情は機械のように硬く強張り。
グラスをそっと置いて立ち上がり、根元まで吸い切ったタバコの火を消しながら、そうして独り言のようにポツリと呟いた言葉には、どこか冷徹な威圧感があった。
「あ……。はい……。あの、大丈夫ですか……?」
「あぁ、問題ない。」
そしてエンベリィさんはここに来てから結構な量のお酒を飲んでいたが、まるで酔っ払う様子がなかった。
きっと、お酒に強いヒトなのだろうと、俺は勝手にそう思っていたのだが――
「私は、シラフだ。」
「……。」
どうやらそれは、全くの見当違いだったらしい。
まるで酒を入れる事で、深い闇に沈む準備をしていたように――今のエンベリィさんは怖いほど冷静だった。
一度、心の準備をさせて欲しい――あの時の言葉の意味は、こういうことだったのだろう。
一見すると、現実逃避の為のやけ酒に思えたそれが、けれどエンベリィさんにとっては真逆の行為だった。
このヒトは普段、現実から逃げている。
そして飲んでいる間だけ、自らの業と向き合っている。
まるで儀式のように――酒を飲むというその行為が、唯一このヒトをシラフにさせているのだろう。
「それからシーヴ君。最後に、もうひとつだけ――」
今までに無いほど冷たく、淀みなく、迷いなく、包み隠さず、冷静に――
「私に後悔はさせないでくれと、さっきはそう言ったが。
それでも、死を迎える覚悟は、今ここで、しといてくれたまえ。」
エンベリィさんは、俺にそう鋭く、どこまでも深く、その言葉を突き立てるのだった。
「覚悟……。」
そしてこれは、俺だけの話じゃない……。
エンベリィさんは、俺がウィラさんに対してしたことに「これだけの価値がある」と判断してくれたから、こうして逃げ出さずに向き合ってくれているのだ。
そして今の俺には、エンベリィさんの覚悟を無下にするつもりも、今更逃げるつもりも、ましてこんなところで死ぬつもりもない。
「――もちろんです。けど、俺は絶対に大丈夫ですから。」
「……。」
あぁそうだ……躊躇いは無い――だって俺は、やりきったから。
俺は、超えなくてはならない困難を、自分の力でしっかり超えてきたから。
そしてこの時の為に、ここまでやって来たのだから――
いまさら、手ぶらで帰れるものか――
「なのでどうか、よろしくお願いします。」
「あぁ、健闘を祈るよ……。」
顔色一つ変えずにそう言うと、エンベリィさんのはその大きな右手を機械のように淡々と、座ったままの俺の頭上に伸ばしてきた。
それに比例して、これまで感じたことの無い恐怖と緊張がドッと押し寄せるのを感じた。
けれどこれは……俺が恐れているのか、それともエンベリィさんの――
「それじゃぁシーヴ君、行ってらっしゃい。」
「……。」
エンベリィさんの言葉に、俺は祈るように目を瞑った。
視界を閉ざし、乱れてしまった呼吸を整える。
どうか、無事に帰ってこられますように――そう心の中で、ひたすら祈る。
今まで出会ったヒト達へ、俺をここまで支えてくれた皆へと、心からの感謝を捧げながら――
――おかえり。
データ消えて仕方なくもっかい潜りなおしたら、えらい時間掛かってしまった。




