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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第二部 終章 ブリング ミー ザ ホライゾン
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Deathbeds_8




――結局、私は何がしたいんだろうか。




「お? リリィ、お絵描きか?」


「あ、パパはみちゃダメ。これはママだけしかみちゃダメなのっ。」




――ねぇ、誰か教えてよ。




「えぇ? いいじゃないか別に。ほら――」


「ダメなものはダメっ。これはママのおたんじょうびにあげるんだからっ。」




――なんて、もうここには私以外、誰もいないのに。




「誕生日に……。そうか……。なぁリリィ、パパにそれを見せてくれたら、もっともーっとママを喜ばせる方法を教えてやるぞ?」


「えー? ウソだぁ。」




――あの幸せな日々は、どこへ行っちゃったのかな。




「嘘なもんかっ! いいからほら、見せてみなさい。」


「もー、しょうがないなぁ。でもぜったいママにはないしょだよ?」




――どこへ帰ったらいいのか、もう解らなくなってしまった。




「あぁ、内緒にするって約束するさ。ほら、早くしないとママが買い物から帰って来ちゃうぞ?」




――でも、それならもう、それで良いじゃない。




――別に帰らなくたって良いじゃない。




――だって帰ってももう、そこには何もないんだから。




――そっか……。もう、良いんだ。




――こんな簡単なことに、どうして今まで気づかなかったんだろう。




***



 

 どうやら私は、彼の奇跡でこのロケットに込められた想いというのを聴いたらしい。

ふと気が付くと、ロケットの中の安らかな私と目が合った。

本当に――見れば見るほど、死んだように安らかな笑顔だ。


「――気分は、どうですか?」


「シーヴ君……。」


そしてこの子は、本当に勝手な事をして――


「……ごめんなさいね。」


でもお陰で――


「やっぱり、もういいわ。」


「……。」


――ようやく、目が覚めたわ。


「本当に、ありがとう……。でも、ごめんなさいね――私、気付いてしまったの。

 私にとってこの思い出は、もうどうでも良いものなんだって、気付いてしまった。

 結局どうにもならないのなら、全部捨てるしかないんだって、気付いてしまったの。」


 彼の奇跡で――このロケットに込められた想いと向き合って、私は私自身の本当の願いを理解した。

それは紛れもなく、親身になって協力してくれたこの子のお陰。

心のかせが解けた様に――今は気分も安らかで、不思議と心地が良かった。

本当に、どうしてこんな簡単なことに今まで気づかなかったのだろう……。


「どういう意味ですか?」


 そんな私の目を覗き込むように、彼は僅かに眉をひそめた。

けれどそうね――助けてくれたこの子にも、ちゃんと今の状況を説明してあげないといけない。


「別に、どうもこうもないわ。もう要らないって、ただそれだけなの。

 だって私、今は別に寂しくなんてない――新しい家族がいるんだから。

 こんなに暖かくて、愛おしい――賑やかで素晴らしい生活が、私にはもうある。

 今いるここが、今の私の、大切な居場所。だったらもう、それで十分じゃない。」


 彼に説明する上で、そう言葉に変換することで、自分が更に解放されていくのを感じた。

間違いない――これが、私の求めていた答えだったんだ――そう思えた。

心が軽い。

体が軽い。

頭が軽い。

きっとこれは、私が心からずっと望んでいた事なんだ。

だからもう、これは必要ない――


「――閉じないで。」


「……。」


「まだ、閉じないでください。」


私がそっとロケットの蓋を閉じようとした時、彼はどこか必死に、まるで訴えるように――けれど静かにそう言った。


「……。どうして?」


 ロケットを閉じないで――彼の呼びかけに私が手を止めたのは、それが純粋な疑問だったから。

だって私はもう、十分に満たされている。

自分の決断に、こんなにも満足してしまっているのに。

この上なにを、彼は私に要求するというのだろう。


「どうしてって……。だって、俺はさっきアナタと約束しました。

 逃げようとするアナタを引きずり出すって、そう約束したんです。

 そしてアナタは、勇気を持って俺に助けを求めてくれた――だから、絶対にそれを閉――」


 閉じないでください――彼がそう言い終わる前に、けれど私はロケットを閉じた。

だって私はこれ以上、彼の話を聞くつもりが無かったから。

彼との話し合いだってそう――だから彼に「もう無駄なのだ」と解らせるために。

そして――


「――シーヴ君。それは結局、アナタ自身の為にしている事でしょう。

 どう正当化しようと、アナタは自分の目的の為に、私を利用してるだけじゃない。」


「……えぇ、そうですね。けれど利害は一致しているでしょう。」


呆れた――そんな少しも悪びれた風もない彼の様子に、やはりこの子はまだまだ子供なのだろうと、私は解ってしまった。


「開き直って、本当に子供って勝手なものね。

 けどそれもさっきまでの話、今はもう違うわ。

 私にとって、これは既にゴミ同然だったのよ。」


 そしてこれは、嘘偽りのない、心からの言葉。

口にしても心が痛まないのだから、きっと間違いない――そう確信できた。

それがまた私の理解を一層深め、安心させてくれた。


「捨てるんですか。最後のチャンスを――」


 けれど彼は、そんな私にしつこく何度も同じ問いを繰り返した。

先ほどから彼は、私を睨むように目を細めている。

きっと、自分の思い通りにならないこの状況が許せないのだろう。

最後のチャンス――それはアナタにとっての「チャンス」でしょう。


「何回も言わせないで。私にとってのチャンスなんて、初めからどこにもない。

 全部捨てて、何もかも忘れて、生まれ変わる――それしかもう、方法が無いの。

 それにこんなもの、チャンスでも何でもなかった。結局は全部まやかしだったのよ。

 ホントに、こんな下らないものに今まで縋っていたなんて――」


 私は手の中のロケットを恨めしく見つめた。

そうなのだ――今となっては、この小さなロケットが憎くすらあった。

私に未練を負わせ、縛り、呪っていたのは――紛れもなく、この中の思い出なのだから。

こんな物のせいで、私は――20年もの時間を、犠牲にしてしまったんだ。

そう思うと、本当に悔しくてたまらない。


「ウィラさん――今のアナタがどう思おうと、それはこれからのアナタにとって、絶対に価値のあるものなんです。」


――まだ続けるの?


「そのロケットの中にあるものは、アナタが封印してしまった想いを呼び戻すだけの力を持っている。」


そんなこと――


「それにアナタは今朝『本当は逃げたくなかった』って、そう言ったじゃないですか。」


――もう、どうでもいいのよ。


「別にいいじゃない。私が自分で決めた事なら、それでいいの。

 それにどんな約束をしていようと、これは他人のアナタにとやかく言われることじゃない。」


「……。」


 他人――その一言に、遂に彼は黙り込んだ。

所詮は赤の他人――彼がそれ以上立ち入れなくなる理由なら、これだけで十分。

けれど呆れた事に、彼はまだ何か言いたい事でもあるのか、ジッと私を睨んでいた。

結局何も言えないくせに、態度だけはやたらに大きいのね――

本当に、生意気な子だわ。


「……もうイヤなのよ。考えてもどうにもならない事に悩むのは、もうイヤなの。

 これがあるから――こんな物にいつまでも縋ってたからいけなかったんじゃない。

 こんな物を、いつまでも未練がましく持っているからダメだったのよ。

 そしてアナタの奇跡のお陰で、やっとそれが解ったの。だからアナタには感謝してる。

 けれど、お願いだから――もうこれ以上、私たち家族を掻き乱さないでくれる?」


 意図的に語気を強めて彼を突き放し、その見せしめとして、まるで彼への当てつけのように、私は手に持っていたロケットを遂にゴミ箱へ放り投げた。

20年ものあいだ私を苦しめたそれは素朴な音を立てて、いよいよ呆気なくクズカゴの底に沈黙した。

これでいい――これでやっと、私は私らしく、私の人生を生きる事が出来る。


「これでもう、二度と、こんなつまらない事で頭を抱える事も無くなるわ。」


クズカゴを睨みつけ、憎しみを込めて吐き捨てるようにそう呟くと、気分がスカッと晴れやかになった。


「そうですか、残念です。」


「……。」


 そうした私の決意表明に、ようやく彼は諦めてくれた。

けれど嬉しい反面、何故だか急に悲しさのような虚しい感覚を覚えた。

それは、どうしてだろうか――

やっと前に進める筈なのに、なにかが……。


「それじゃぁウィラさん――」


 胸につかえた、よくわからないモヤモヤ。

私がそれについて思考を巡らせていると、彼はおもむろに口を開いた。


「今アナタが捨てたロケットは、俺が処分しますよ。」


「え――」


 その言葉に一瞬で思考が硬直し、私は耳を疑った。

ロケットを、彼が、処分する――


「どうして……アナタなんかに――」

 

 本当に――どうしてアナタなんかに、そうされなければならない理由があるって言うのよ……。

どんな権利があって、アナタにそんな事をされなくてはいけないの?

――そしてなんで……私は、彼に対して怒りを覚えているのだろうか。


「だって、そんな家のゴミ箱なんかに捨てたら、いつ未練が湧くかもわからないでしょう。

 外に投げ捨てるのも同じような理由でダメです。きっと血眼になって探し回りますから。

 それなら俺が、散々迷惑を掛けたその償いとして、また責任を持って、その思い出を処分しますよ。」


 あっけらかんと……。

全部任せてくださいとでも言うように、彼は私の目を見て笑った。

そして私の回答を待つことなく、おもむろに席を立ち――


「し、処分って……。」


「タダではダメだと言うのなら、買います。」


そう言いながら、彼はゴミ箱から風化した思い出を難なく拾い上げ、当然の如くズボンのポケットに仕舞った。


「そういう、問題じゃ……。ちょっと待って……。」

 

 それはあまりに唐突な出来事だった。

飄々と身勝手な行動に出た彼に、私は動揺を隠せないまま思わず彼を制止してしまった。


「……。」


 けどいまさら、私は何を迷ってるの――もう忘れるって、自分で決めたんじゃない。

私が私の為に、これからの人生の為に、自分の手で捨てたんでしょ?

それならもう――あんなもの、どうなったって、構わない……。

えぇ、そうよ……。構わないじゃない……。


「わかったわ……。お金なんて、別に要らない。その代わり――」


私の気持ちを最後までかき乱したそのせめてもの腹いせに――


「それを持って、今すぐここから出て行ってちょうだい。」


私は彼を思い切り突き放した。


「はい。もちろん、そのつもりです。」


「……。」


最後まで、生意気な――


「本当に、ご迷惑をお掛けしました。では――」


「二度と……。」


本当に生意気な子供だったわ。


「もう二度と、ウチに来ないで。」


「……。」


 彼は背を向けて、淡々と玄関の方へ歩いて行った。

そして扉の閉まる音を最後に、家の中は無音となった。

これでやっと、終わったのだ。

これでやっと、解放されたのだ。

これでやっと、私は前に進めるのだ。

私はやっと、生まれ変われるのに――


「なのに、なんで――」


なんでこんなに――


「涙が……零れるのよ……。」





このパート書くのに何日かかったか解らん。



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