Deathbeds_7
「ねぇクソタロウ兄ちゃんっ! サムライとニンジャはどっちが強いの?!」
「ん~、難しい質問だなぁ~。剣の腕前ではサムライの方が上だけど、ニンジャは素早いからなぁ~。」
「そうなんだぁ、じゃぁクソタロウ兄ちゃんとサムライとニンジャで闘ったら誰が勝つの?」
「それは勿論、俺っ!」
「「あ~はっはっはっはっはっはっ!! 冗談は顔だけにしろっ!!」」
「おいっ!!」
「「まったくどうかしてるぜっ!!」」
フィルとラニーが起きて来たのは、あの後すぐのことだった。
朝食の用意の為にウィラさんとの話は一旦打ち切られ、そのあいだ俺は子供たちと遊んでいるというわけだ。
そしてご覧の通り、俺は既にこの子達から格下認定されてしまったらしく、2人は目に涙を浮かべて腹を抱えて転げまわるのであった。
「じゃあ俺ニンジャ!!」
「アタシはサムライ!! しかも二刀流!!」
「うおぉぉおお!! 2人纏めて掛かってこーい!!」
フィルとラニーのバトルスタイルが決まると、必然的に俺のジョブは「クソタロウ」という謎の生命体(多分パワー系)となった。
そうして性懲りもなく再び始まったルール無用の大乱闘だが――
「ぐわぁぁああああ!!!」
「クソタロウ破れたりぃ!!」
「なんのおぉぉおお!! パワーアーーップ!!」
「な!? クソタロウが光ってる!!」
倒せども、また倒されども――
「喰らえ必殺!! クソタロウゴリラシンドロームスマッシュ!!」
「「ぐわぁぁああああ!!」」
「はーっはっは!! ヒトがゴミのようだぁ!!」
「くそ!! なんて力だ!!」
何度でも立ち上がり――
「ぜぇ、はぁ……(そろそろガチで疲れたな……。ウィラさん早く朝食作ってくんないかな……。)」
「うおりゃぁあああ!! ネンドウラセンッ!!」
「ぐわぁああああ!!――ってそれなんか違くない!?」
「アタシも!! 奥義!! フタエノキワミ、アッー!!」
「ぐはぁぁあああ!!――いやなんで知ってんの?!?」
とまぁ、この調子でかれこれ30分近くは遊んでるんだが……。
いよいよ寝不足の俺がマンシンソウイ、アッー!! となった頃――
「朝ごはん出来たわよ~。2人とも、運んでちょうだい。」
「「は~い!!」」
「ぜぇ、はぁ……。や、やっとか……。マンシンソウイ、アッー……。」
ようやっと朝食の用意が出来たらしく、ウィラさんが料理の乗ったお皿を運ぶように促すと、子供たちはバタバタと嬉しそうに食事を運び始めた。
そんな中、ヨボヨボな俺がヨタヨタと席につくと、不意に穏やかな笑顔のウィラさんと目が合った。
朝からお疲れさま――まるでそう言われているようだった。
「それじゃぁ、頂きましょうか。」
「あれ、とうちゃんは?」
席に着き、なんてことない様子でウィラさんが手を合わせると、フィルとラニーが不思議そうに顔を見合わせながら首を傾げた。
ポッカリ空いた席――当然というか、案の定というか、エンベリィさんは朝食の時間に起きて来ない。
まだ寝ているのか――或いは起きていて、出てこないのか……。
「まだ寝てるんじゃないの? アタシ起こして来るっ。」
「ラニー、お父さんはいいのよ。ちょっと疲れてるみたいだから、寝させてあげて。」
「はーい。」
「それじゃ、いただきます。」
「「いただきま~すッ!!」」
何も知らないままの、無邪気なフィルとラニー。
いつも明るく、賑やかな食卓。
いつも楽しく、鮮やかな日常。
朝が来て、目が覚めても。
夜が来て、眠る時も。
いつでも一緒。
傍に居る限り、眩い程の幸福は続いていく。
傍に居る限りは――けれど果たして、本当にそうなのだろうか……。
そしてもし――
「……いただきます。」
もし俺に、こんな優しい家族がいたら、それを突如として奪われたとしたら、この幸せを失うとしたら――
俺は、果たしてそれに耐えきれたのだろうか――
俺なら、立ち直れただろうか――
「……。」
不意に感じたこの家族の温もりに――俺はまた、余計な事を思い出してしまった。
フレンさんのこと。そして、チトさんに言われた事も――
フレンさんの過去を知った俺は、自分自身に問いかけたことがあった。
お前なら、全てを失う苦しみに耐えきれたか――そしてその問いの答えは、今も変わることはない。
俺にだって、絶対に、耐えきれないに決まってるよ――
そして今ならば、チトさんが俺達の救いの手を拒んだ、その言葉の重みもよく解る。
俺の選択は、俺が思っているよりも、ずっと、ずっと、ずっと――あぁ、そんな事は、百も承知な筈なんだ……。
だからこそ、俺は意地でもそれに応えなくてはいけないんじゃないか。
それは紛れもなく、俺が自身の魂に突き立てた挑戦であり、これから超えなくてはならない見果てぬ絶望の一端なのだから。
それをここまで来て、何をいまさら……。
救えない理由なんか、探してる場合じゃないんだ――
***
「これは、ヴェセルが――息子が産まれた記念に、亡くなった元夫がくれたものなの。」
食後、フィルとラニーは早速外へと駆けだして行った。
俺はリビングのテーブルでウィラさんと向かい合って座り、ウィラさんが首から下げていたロケットについて、その話を聞いてた。
なお、未だにエンベリィさんが起きてくる気配はない。
「中に私達家族の写真が入っててね……。けれどもう見るのは辛いから、ずっと中は開けてないわ……。」
ロケットを手に取り、ウィラさんは少し寂しそうに笑った。
「見ても良いですか。」
「……。……えぇ。……どうぞ。」
俺の問いに対してそう答えるまでに、一瞬の間があった。
恐らく、俺がこれからしようとしていることが解って、思い出に踏み込まれることを躊躇ったのだろう。
重たい沈黙に目を伏せたウィラさんからそれを受け取り、俺はロケットの蓋を開けた。
「……。」
それと同時に、俺の中に流れ込んでくる想い――
そしてどうやらまだ、ウィラさんは全てを知らないらしい。
あぁ、よかった――俺のやるべきことが、俺にはまだあった。
ウィラさんの力になれる事が、俺にもまだあった。
その願いだけで良い――
この想いだけで、十分だよ――
「これ……。どうやら写真だけじゃないみたいですね。」
「――え?」
「多分ですけど、その家族写真の下にまだ――ウィラさん、ロケットを開けて、その写真を取ってみてください。」
「……。写真、を……。」
俺は再びロケットを閉じ、テーブルに置いてそれを受け取るようウィラさんに促した。
けれどロケットを手に取ったウィラさんは、それを開くことに躊躇いがあるのか、こわばった表情のまま黙り込んでしまった。
きっと、逃げ続けた月日の分だけ、思い出は重たくなるだろう。
幸せだった過去を見せつけられることにすら、こうして躊躇うのだから――
そしてこの時の為に、俺はここに居るんだ。
「怖いのなら、俺がもう一度、それを開けましょうか。」
「……。……いえ。……開けれるわ。自分で、開けたいから……。」
***
もう、二度と開かない――そう封印したはずの、そのロケットを開いた。
そこに映る、自分――まるで、別人のように、若く。
見るに堪えないほど、暖かな笑顔。
胸を抉る、穏やかな眼差し。
吐き気がするほど、幸せそうな家族。
二度とは取り戻せない、永遠に続いていくはずの幸福な日々――それに睨まれた時、心の奥から、例えようのない感情がこみ上げて来た。
「私は――私たちは、本当は……こんなに幸せだったのに――」
あぁ……。引き返さないと――
「やっぱり、無理よ……。」
今ならまだ、間に合う――
「こんなことに、意味なんかある筈ない……。」
あぁ、そうだ。
やっぱり、引き返そう。
はやくここから逃げよう――私は、ぎゅっと目を閉じた。
「……。」
この心地よい暗闇に、全てを捨てて、逃げ出した。
けれどその時、暖かい何かが、そっと私の心に触れているのを感じた。
ママ、きづいてくれるかな――
――そしてそれはきっと、気のせいではなかったのだろう。
「リリィ……。」




