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「そう……。前世の記憶を、夢に見る――ね……。確かに、不思議な現象だわ。」
「まぁ、それも最近はもう、ほとんど見なくなりましたけど。」
あの後、俺はウィラさんに「前世の記憶」の事と「想いを伝える奇跡」について話した。
俺が自称旅人であること、そして旅という名の放浪をする理由の一つが、その前世の記憶を辿る為だということ。
ホットミルクも冷め始め、もう小一時間もすれば日を跨ぐという時間にも関わらず、ウィラさんは落ち着いた様子で親身になって俺の話を聞いてくれていた。
「それに奇跡が使えるって事は、つまりシーヴ君のお尻には星形の痣があるのね。」
「はぁ……。」
ン~……。いやだめだ、言うか。うん、言おう。
あのさぁ、この話シリアス回なのよ、解る?
尻アスじゃないのよ、シリアスなの。
そこ履き……いや、尻違えないで下さいよ。
というか空気を読め。
「あら、ごめんなさい、私ったらKYで。うふふ。」
お……おう。まぁいいよもう。
どうやら顔に出ていたらしい。
何が面白いのか解らないが、ウィラさんは笑った。
「……あの、ウィラさん。その昔エンベリィさんになにがあったのか、聞いても良いですか?」
俺は話しの尻を蹴るように、尻を濁した。
うん、だめだ、シリアスは死んだ。
「……そうね。シーヴ君の事情も大体わかったことだし、あのヒトの事も話しておかなくてはならないわね。――けど、その前にひとつだけ――」
そして突然、俺の目を見据えて――
「――アナタは、この世界が好き?」
「――え?」
ウィラさんはそう言った。
「あ、はい……。まぁ、好きですけど……。」
「そう……。それなら、よかった。」
あまりに唐突な問いに、はてさて一体何を聞かれたのか、全く理解出来なかったが。
けれどそんな俺の間の抜けた回答にウィラさんは安心したのか、僅かに嬉しそうに微笑んだだけだった。
この世界が、好きか――それが、一体なんだと言うのだろうか?
そして仮に、俺が「好きでない」とそう答えたら、どうだと言うのだろうか……。
そんな素朴な疑問を俺に植え付けたまま、何を答えるでもなく、ウィラさんは淡々と語り始めた。
***
私がエンベリィと出会ったのは9年――いえ、もう10年は前の話、まだケズバロンにいた頃の事ね。
ケズトロフィスの大災害から10年、田舎だった筈のケズバロンも大きく発展して、世界もようやく平和と秩序を取り戻した頃のこと。
彼は街外れの小さな鉄工所で働いていた。
その頃、私は街の飲食店で仕事をしていたのだけど、夕飯時になるといつも彼はうちの店へやって来た。
やたらに元気で馴れ馴れしくて、初めて会った時は正直「少し五月蠅いヒトで嫌だな」って思った。
けどそんな嫌な常連でも、毎日顔を合わせていたらお話しはするでしょ?
それで話してみるとあまりに気が合うもので、それこそ気が付くと仲良くなっていたの。
それが1年くらい続いたある日、彼はパタリと店に来なくなった。
またそれが一週間まるまる続いてね、なんだか心配になって、私ったら仕事まで休んで鉄工所に様子を見に行ったの。
けど彼はそこにいなかった。
鉄工所のヒトに聞いたら「一週間前に突然辞めたいと言って、それからもう来ていない。同僚が家にも行ったが、完全に引き篭もってしまってるらしい」そう言っていたわ。
どうやら鉄工所のヒトも、何度か彼の家を訪ねたみたい。
当然その後、彼の家に行ったわ。
家の扉を叩いて彼を呼ぶと、顔も見せないで「帰ってくれ」って、それだけ。
なんだか扉とお話したみたいだった。
けど私はそれから毎日、仕事前と、そして仕事の後に必ず、彼の家を訪ねた。
扉越しに彼に声を掛けて、玄関の前に食べ物を置いていくの。
何度追い払われようと、居留守をされようと、しつこくね。
照り付ける酷暑でも、大雨でも、大雪のダイア期でも――必ず。
そんな事を続けていたらとうとう自分が風邪をひいて、私はついに寝込んでしまった。
彼の家に行けない状態が数日続いたある日、いよいよ家の食料が尽きて、買い物に出掛けないといけなくなったの。
重たい体を起こして数日ぶりに外に出たら、玄関の前に食べ物が置いてあった。
それも結構な量よ、何日分も置いてあったの。
けど一体誰が――なんて、考えなかった。
――きっと、もう既に何度か来ていたのね。
わざわざ日持ちのする物ばかり選んで――
声くらい、掛ければいいのに――




