Paper Planes_4
「へっへへ~ッ! ミッションコンプリート! いっちょあがりってなぁッ!」
「いやぁ~マジ最高にスカッとしましたよぉ! ははは~っ!」
デンスケとデンスケのベイビーに愛と平和という名の凶器でリンチされていた俺は、ゼロさんの大分微妙なタイミングでの登場によって百何回目かの九死に一生を得た。
ゼロさんはデンスケの野郎を顔面パンチ一発でマウントに沈めると、デンスケの野郎はコロッと態度を豹変させ、ベイビーの野郎と100万レラと無駄に1レラを置いてひとりでさっさと逃げやがった。
それを見て狼狽えるベイビーの野郎をゼロさんは殴らなかったが、俺としてはあのラブアンドピース・ベイビーにも顔パン一発かまして欲しい所ではあった。
「漏れなく100万レラも手に入りましたしね! ひゃっほうッ!」
とはいえ労せずして100万レラともの大金を一瞬で手に入れた俺達はそれはもう上機嫌になり、その祝杯としてケズバロンの酒場「マッシュルームヘッド」で酒を煽って、軽い小金持ち気分を味わっていた。
荒くれ者たちの集う酒場、マッシュルームヘッド。
初めてメノさんと出会った場所だ。
メノさん、元気かな――
昔を懐かしみながらエンジェルフォールを煽ると、ふと久しく会っていない友人の事を考えて――いや、友人というより、仲間か――
いやそれもなんか違う気がする。
なんだろうか、もっと近くて、身を寄せ合うような――
う~ん、なんかムズいな……。
まぁいいや。
「すいませ~ん、クワーティくださ~い!」
「あいよー。」
「そういやシーヴはなんで旅人なんかしてんだ? やっぱロマンか?」
「え? あ、いや、そんなカッコイイもんじゃないですよ。」
慣れた感じで景気よくお酒をオーダーすると、ゼロさんが唐突にそう質問をしてきた。
そういえば、まだこのヒト達には魔女のこととか、前世の記憶のこととか、聞いてなかったな。
「俺、ときどき前世の記憶を見るんですけど――」
「あ? 前世……?」
「はい、友達と遊んでたり、家族っぽい人達とご飯を食べていたり、って些細なことばかりなんですけどね。」
けど最近は、パタリとそれも止んでしまって、すっかり音沙汰ない。
結局、アレが何だったのか解らず仕舞いで、恥ずかしながら自分の中から旅をする理由というものが薄れてしまいつつあった。
俺の前世、奇跡、リンネ、不幸な死、静かな病室、そして患者服――
なぜ、なんで、どうしてここに――
俺はそれを知るのが怖くて、現実から目を逸らしてるだけなのか――
「へー、不思議なこともあんだな。俺なんか何も思い出せねーや。」
「ほいほい、クワーティお待ち~。」
「あ、どうも。」
話に割り込むように店員さんが近づいて来ると、さっそく注文したお酒が俺の前に置かれた。
クワーティ――メノさんがいつも飲んでいた、真っ黒なお酒だ。
「…んで、それがどうして旅をする理由になんだよ?」
「え、えっと……。」
旅をする、理由……。
ヒトからそれを問われるのは初めてではない。
けれど、戸惑ってしまった。
だって、俺にはもう――
「んと、正直、もう意味なんてないだと思うんです。」
それは事実だった。
「だって、別にあの現象が何なのか知らなくったって、俺にはもう大切なものがいっぱいあるんですから。」
あの頃の俺は空っぽで、自分には何もないことが、誰とも繋がりがない事が、怖くて仕方がなかった。
だから、自分が何者なのか、この世界へ生まれて来た理由を知りたかった。
「今は、愉快な仲間が大勢います。大切な家族も――」
いや――ただ理由が欲しかったんだろう。
ここに居ても良いんだ――そう思える言い訳が、そんな安心感が、無性に欲しかったんだと思う。
けどそれだって、ファラの母親探しの為に結構無理に作った理由だったんだよ。
「仮屋とは言え住むところもありますし、恥ずかしながら、旅人なんて名ばかりで――」
それに今の俺には、大好きなの仲間がいて、大切な居場所があって、こんなに楽しい日々を送れている。
何も、もう何も――俺の為に旅を続ける理由なんて、もう何もないんだろう。
「だから結局のところ、これはある種、日々の惰性ということになるんだと、思います。」
言っていて、なんだか悲しくなった。
こんなにいっぱい、大切なものがあるのに。
俺はもう、空っぽじゃない筈なのに。
「……。」
なのに何故だろう、時間が止まってしまったような、ぽっかりと穴が空いたような。
自ら首を絞めて殺してしまったような、この張り裂けそうなほどの、複雑な気持ちは――
「いぃーや、ソイツはちげー。絶対にちげーなぁ。」
「え?」
違う……。何がだろうか。
ゼロさんは景気よくジョッキの酒を煽ると、俺の目を見て自信満々にそう言った。
その目は、あのヒノマルに睨まれた時の気持ちを呼び醒ますほど、メラメラと熱いものだった。
何かムキになっているような、けれど自分が100%正しいと信じているようにも思える。
「いいか、よく聞けシーヴ。ソイツはなぁ、お前にとっての、絶対のロマンなんだ。いやマジで。」
「絶対の……。」
絶対の、ロマン――
前世の記憶を求めて、旅をする理由が。
俺が何者なのか、それを知るためのこの旅が……。
それは、そうであって欲しい、……けれど――
「…いやいや。……。」
これは謙遜ではない、影も曇りもない、確かな否定だった。
俺の旅は、ロマンなんてカッコイイものじゃない。
これは――ただの寄生だよ。
例えるならそう、生への執着――逃げられないが故の惰性、そして依存だったんだ。
「…だから、そんな大たもんじゃ……。」
「ちげぇちげぇ! 絶対のロマンになるんだよ。」
けれどゼロさんは、顔の前で右手を強く振ってそう言い切る。
何をそこまで、必死になるのかは解らないが、違う事など何もない。
だって俺自身の事は、俺にしか解らない事だ。
それこそ、赤の他人に否定される筋合いなんて――
「お前が信じれば、お前が諦めなければ、誰にもお前を咎めることは出来ねぇ。
それは『お前自身』にもだ。わかるか?」
咎められない――俺自身、にも……。
「えっと――」
「意味なんか探すな、理由なんかファッキンシット、クソ喰らえだ。
そんなもんは全部不毛なんだよ、この絶対のロマンの前じゃな。」
よく意味が解らない、そう言おうとした俺の言葉を遮ってゼロさんは「理由なんかクソ」だと、言い切った。
けれどそんな事を言われたって、意味も理由も、俺にとっては必要なんだ。
だってもう、空っぽになるのは、怖いから……。
「……。」
みんなそうだ、生きる理由が無いと、惨めになるんだよ。
だから存在意義で、埋め合わせないといけないんじゃないか……。
だれしもアンタみたいに、プライドもなんも捨てて、雑な生き方が出来る訳じゃない。
「いいかシーヴ。」
けれど――
「弱くてもいい、負けが込んでもいい。」
けれど、その眼差しは――
「一生勝てなくっても、別にいいんだよ。」
包み込むように温かく――
「翼がないなら地をいけ。足がないなら這っていけ。」
俺が忘れてしまった、大切な「なにか」を宿していて――
「乗り越えた先に、お前にだけしか見えない世界が必ずある。」
どこか懐かしく――
「それがお前の生きる、この世界の価値になんだ。」
胸を焦がす、情い言葉だった。
「だから続けろ、シーヴ。お前の為に。お前自身の、人生の為に――」
「……。」
「最後まで、諦めんな。」
俺の、為に、旅を続ける。
絶対のロマンにするために――
意味も理由もない俺の人生の為に――諦めない……。
「お前の人生、一回きりだぞ。まじで。」
あぁ、そうか……。
「それは――」
一度きり、一度っきりなんだ。人生は――
「めちゃくちゃ、ロマン、ですね……。」
「だろ。」
物の見事に、救われた。
俺の世界がひっくり返るほどの強烈な言葉だった。
ひとりの男だから解るのか、ひとりの人間だから解るのか、けれどそれは悽絶に胸を焼き、痛烈に心を抉るシンプルな真言のようだった。
絶烈――なんて言葉はないけれど、今にもマントルを突き破って吹き上げようとするマグマのような感情の凄まじさは、そう呼ぶにふさわしい。
ハルさんがこのヒトに惹かれる理由は、こう言うところなのだろう。
「まるで、父親みたいだ。」
頬を伝う温かい痛みを拭ってそう呟き、俺は真っ黒なクワーティを飲み干した。
いや~ロマン。




