The Storytellers_1
「ファラちゃん、おかわりは?」
「わーいっ! ありがとー! すっごい美味しくてついつい食べ過ぎちゃうわねっ!」
「はっはっはっ、好きなだけ食べてくれ。なにしろウチの家内は、料理だけが取り柄だからねぇ。」
「もうお父さんったらイヤですよ?」
「はっはっはっ。」
その日、俺とファラはゼロさんと共にハルさんの家に招かれ、図々しくもハルさんのご両親から晩御飯をご馳走になっていた。
ハルさんにはご両親のほかに2人の兄姉がいるらしいのだが、何年も前に家を出ており、今はハルさんとご両親の3人で暮らしているという。
「でよぉ! ナッルートとサッスーケってヤツがそりゃもうスゲーかっけぇのよ!!」
「まぁまぁ、ゼロ君たらっ。うふふ。」
「はっはっはっ、ゼロ君は本当にニンジャが好きだねぇ。」
ゼロさんが豪快に笑い、ハルさんの御両親がそれをみて幸せそうに笑う。
いつものようにファラが美味しい料理にガッつき、ハルさんはそれを見てドン引きしている。
いつかのような懐かしさと、グッドシャーロットにいた頃のような喧騒、そんな楽しい一時だ。
心地よさに溺れそうになる反面、実は気がかりもあって、本当なら急いで帰りたいところなのだが――
「へへっ! な? シーヴ! お前も知ってんだろ?」
「……。」
俺が気がかりになっていること――それは、愛しのパトラッシュのことだ。
実はメディスさんの一件で数日戻らずにいたせいか、あれから一月近くパトラッシュが行方をくらませてしまっている。
アスとナツからは「無責任でハゲな飼い主ゆえに嫌われたんじゃないか」と冷たく言われたが、何も言い返せず深く反省するばかりだった。
あの日から俺は、夜を迎えるたびに枕を涙で濡らし、ギルドへはしつこく捜索願いも出し、街の至る所に似顔絵の手配書を張りまくったのだが、一向にその足取りは掴めずにいる。
「……あ? おいシーヴ?」
「……。」
「…しー君?」
あぁごめんよパトラッシュ……俺が無責任なばっかりに、辛い想いをさせてしまったんだね……。
どうか、どうか無事でいてくれ……。
「…はぁ。」
「おいおいどうした? なんだ急に。」
思わずため息が漏れた。
「…シーヴ君? 大丈夫かい?」
「え?」
ふと気が付くと皆の視線が俺に集中していた。
ゼロさんやハルさんだけでなく、ハルさんの御両親までもが心配そうに俺の事を見ている。
しまった、こんな時までパトラッシュの事を考えてしまうなんて。
けど――
「まぁ、お口に合わなかったかしら……。」
「…しー君だいじょうぶ?」
俺にとっては、とっても大切な家族なんだよ……。
「くっ……パ、パトラッシュがぁっ……。」
「おやおやシーヴ君、どうかしたのかい?」
「いえ……。なんでも……。その、すみません……うぅ。」
「まぁまぁ、何か辛いことがあったのね。
よければ話してちょうだい、何か力になれることがあるかもしれないわ。」
「…はい。実は――」
ハルさんの優しいお母さんとお父さんに慰められ、俺は崩れかけていた心を少し持ち直した。
そしてパトラッシュのことを話すと、紳士にも捜索の手伝いをしてくれるというので、申し訳ないとは思いつつもお言葉に甘えようと思った。
その後、鞄に仕舞っていた似顔絵のビラをお2人に差し出すと、「可愛いブタザルちゃんね」と優しく笑ってくれた。
本当に、本当に――
「パトラッシュちゃん、無事に見つかると良いわね。」
「なに、きっと大丈夫さ。それより今しっかり栄養をつけておかないと、いざって時に動けないぞ、シーヴ君っ。」
「はい、そうですね。」
「よかったね、しー君っ。」
「うん……。」
優しいヒト達だ、本当に……。けど――
「ところで、クズよ。」
「なんだい、パパ。」
けど、自分の子供をクズ呼ばわりすることに何の躊躇いもない事が気になって仕方がない。
けっして悪気はないのだろうけど……。
そしてこのご両親の前で、俺はハルさんをクズ呼ばわりする勇気はない。
「物書きの仕事の方は、順調なのかい?」
「ちょ、ちょっとパパ、その話しは今しないでくれよ?」
因みに、ハルさんのお母さんの名前は、「クラエスヴェルン・ハル」。
お父さんの名前は、「ズィンガーヴェラ・ハル」というらしい。
そんな2人の超カッコイイ名前の頭文字「ク」と「ズ」をとって、ハルさんの名前を「クズ」にしたそうだ。
なんでだよ……。「ズィーク」とかの方が絶対よかったろ。
この世界の奴らってどこまで行ってもスチャラカポコタンだよな。
「あら? 別にいいじゃないの。
折角なんだし、ファラちゃんやシーヴ君にも読んでもらったらどう? クズ。」
「そうだぞ。聞けば2人は旅人だそうじゃないか、なにか創作のヒントになるかもしれないぞ? クズ。」
「はは、いや、そんな……。」
出来る事なら、あまり旅人であることを強調してほしくはない。
「い、いや、ボクは別に……。それに、ヒトに見せられる程のものでも、ないし……。」
しかしなんだろうか、物書きの、仕事?
ハルさんはズィンガーヴェラさんとクラエスヴェルンさんとのやり取りののち、申し訳なさそうに俯いて黙り込んでしまった。
浮かない顔をしているが、何か悩みでもあるのだろうか?
まぁ正直その名前が人生最大の悩みだとは思うが。
ふいに隣を見ると、俺同様にファラも不思議そうに首をかしげていた。
「おいクズ。」
そうして煮え切らない様子でハルさんが黙り込んでいると、痺れを切らしたゼロさんが畳みかけるように冷たく罵声を浴びせた。
その表情は真剣そのものだったが、明らかに悪意のある冷徹な物言いにしか思えなかった。
「そうやってウジウジしててもなぁ、前には進めねぇんだよ。
いいか? 俺の恩師はよくこう言った。
ニンジャのように勇ましく。サムライのように潔く。ヤマトのように堂々と、そしてウルトラのように手短にってなぁ。」
さいご意味わかんねー。
模型屋の分際でテキトーこくなや。
しかしゼロさんは腕を組み、何故か得意げにうんうんと頷いていた。
「そうか……。そう、だな……。」
いや、なにがだよ。
はてさて、何に納得したのか解らないが、ハルさんはクンッと顔を上げた。
その目は真剣そのもので、無駄に覚悟と信念が宿っており、そして暑苦しく俺とファラの顔を交互に見つめていた。
「ボク、実は夢があるんだ。」




