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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
27/402

始末屋さん

2024/8/13_改稿済み。




 俺が名前を授かった翌日、1月14日にはマラクさんが予定通り新たなデブリ25匹を引き連れて戻ってきた。

その日のお昼休みに、俺がウサぴょい饅頭で病欠したことや、内に秘めた奇跡について説明すると、マラクさんは「りんねっち、ハッキリ言ってお前は身の毛もよだつほどのブサイクだ。だがそんなことでいじける必要はねえ、お前はなかなか見込みがある男だと、ぼくは思うぜ」と言って俺の両肩を熱苦しく掴み、悪魔めいた怪しい笑みを浮かべていた。

その時やたらと気分の高揚したマラクさんの様子と刃のようにギラついた大きな目を見て、災難続きで神経過敏になっていた俺は、彼が何か良からぬことを企んでいるように思え、少し怖くなった。


 ちなみに俺の名前がシーヴになったことは、グッドシャーロットのみんなにはまだ伝えていない。

ので、俺は未だに従業員のみんなから、りんねっちだとか、キム・タクだとか、ヘタレとか、ブサイクとか、新入りとか、好き放題に名前を呼ばれている。


 チーさんとファラさんから誕生日プレゼントとして頂いた革の手袋はかなり重宝した。

自分のことだけで精一杯なへなちょこリンネの俺にとって”自分の奇跡の暴発を気にしなくていい”という感覚は、なに不自由なく日常生活を送るためにも必要不可欠だった。

なにしろ、ヒトとの対話で握手やボディタッチを気負いする必要もなく、何かの拍子に”相手の気持ちや深層心理を覗けなくなる”のだから、こんなに安心することは他にあるまい。


 そして今日は龍星期3030年、1月23日。

俺が”シーヴ”として新たなスタートを切った記念日から10日――グッドシャーロットで働き始めてから、間もなく一月ひとつき


 今日は野原に寝転んでお昼寝したくなるくらい気持ちの良い晴れもよう。

大気圏まで澄み渡る青空に、そよ風は心地よく、青い山の向こうに雄大な夏雲がゆったりと泳ぐように流れていく。

正直言って仕事なんか放り出して友達みんなとわいわい遊びに行きたい気分だ。


「こんな日は海とか良いよな。ま、友達なんていないけど。」


「ん? 今なんか言った?」


「いえ、別に。」


 お昼時、C舎で午前中の業務を終えた孤独な俺は、あくび交じりに少しのニヒルに黄昏たそがれながら、昼飯を頂くべくマーシュさんと共に休憩室を目指していた。


 ちなみに今日の昼食のメニューは謎肉カレーだ。

ここ最近、質のいい肉がたくさん手に入ったらしく、ほぼ毎日のように謎肉カレーだ。

だが俺はあの謎肉が好きだ、グニグニと噛み応えのある触感とか刺激的な獣くささとか、癖になる要素が凝縮されていて最高だと思う。

だがなんの肉なのかは謎のままだ、だからこそ何度でも食べたくなるのだ。


「待ってくれ! 許してくれ!」


『うわぁぁあああああ! いやだ! ドナドナいやだぁぁあああっ!!』


 今日こそはあの謎肉の正体を突き止めてやろう――そんなことを考えていた時のことだ。

だだっ広い芝生地帯のどこかから、なんか養豚場のダニみたいな声と、ガシャガシャと鉄格子の扉かなにかを荒々しく揺する音が聞こえてきて、俺とマーシュさんは足を止めて雑音の聴こえる方を見た。


「ん、なんだ?」


「お、やってるやってる。」


 マーシュさんの呆れた声に、未だ調教のままならないおサルたちが奏でる荒々しい雑音がキーキーと被さる。

雑音の原因は想像するまでもなく、キームとターク、ヒト呼んで養豚場のテロリスト、要するにファーマーボーイズだ。

ふたりは、朽ちて赤黒く錆びた巨大な鉄の檻の中でびゃあびゃあと赤子のように泣き叫び、力任せに鉄格子を揺らし、檻の前で仁王立ちした見慣れない黒髪の女性に許しを乞うている。

女性は黒のツナギを着ていて、よく見ればアラタ班長だった。


 アラタさんは長いグルグルパァの黒髪を珍しくポニーテールにまとめているようで、身の丈ほどの芝刈り用の大鎌を不機嫌そうに右肩に担いでおり、脱力感のある普段の廃人モードとは違い、暴力的で悪辣あくらつ且つ過激な印象を纏っている。

彼女が背負っている大きな使い古された大鎌の刃はボロボロに朽ちていて、あんなもので芝刈りをしようものなら、横へ一振りする度にいちいち草が絡んで仕事にならないだろう。


 また彼女の両脇には、背の高い不気味な集団がもれなく全員ネコ背で並んでいる。

総勢10名はいるだろうか、アラタさんを間に挟んだそのネコ背の集団は、乾いた血のように赤黒いローブにすっぽりと身を包んでおり、やたらと面積の多いフードで表情は暗くて見えない。

誰ひとりとして言葉を発さず、指先をピクリとも動かさず、まるで機械人形のように性別不明で、いつになく異様な空間を演出していた。


「なんですか、アレは。」


 謎肉のことで頭がいっぱいだったはずが、異空間に迷い込んだ俺は無意識にマーシュさんに尋ねていた。


「まぁ、よくある事だよ。」


「いや、どうみても”ただならざること”なのでは?」


「りんねっちが気になるなら、昼飯前にちょっくら見物してくか。あんま気持ちのいいもんでもないけど。」


 淡々と言って、マーシュさんは臆することなく檻の方へ歩き始めた。

事情も分からないままに俺は彼女に続いて進路を変える。

ぶっちゃけ謎肉の正体の方が大事なのだが、状況が状況だけにアイツらがどんな悲惨な目に合うのか、俺は知りたいし見たい。

安易な気持ちで、昼飯前にワクワクとそう思った。


「おう、お前ら、お疲れさん。」


「あねさん、うーっす。」


「アラタさん、お疲れ様です。」


 俺たちが芝を踏み歩く音をたどってアラタさんがこちらに気が付くと、マーシュさんは右手をぶらぶらとだらしなく振って挨拶をした。

背の高い不気味な集団の隙間から見えるキームとタークは鉄格子を揺らすのをやめ、何故か俺の方にやたらと熱い視線を注いでくるので、俺は明後日の方向へ視線を逸らした。


「これからお昼休憩かい。」


「うん。で、コイツら今度はなにしたん?」


 瞬間、アラタさんは濁った黒目をギョロリと動かして、マーシュさんの後ろにいる俺を覗き見た。

突き付けられた異様な念は、俺に何かを警告するかのような圧迫感を孕んでいて、俺の全身はギンと硬直する。


 心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚えてすぐ、気がつくとネコ背の集団は檻の前から消えていた。

そしてどうやらネコ背たちは俺の死角だけをびっしりと取り囲んでいるらしく、背後からは無数の刃を突き立てられたような絶対零度の歪んだ殺意をチリチリと熱く感じられ、背筋が鳥肌を巻き込んで凍りついた。


 俺は呼吸もできず、またたきのひとつもできず、振り返ることもできず――いよいよ自らの生存本能に見捨てられた俺は、ただただ直立して死の運命を待つことを強制され、今更ながら面白半分でここへ来てしまったことを後悔することとなった。


「ま、いいか。別に。」


 瞬間冷凍されて動けなくなった俺をよそに、アラタさんは目を伏せポツリと呟くと、おもむろにツナギの胸ポケットからタバコとマッチを取り出してスッと火を灯し始めた。

流れてきた薄紫の副流煙のドンヨリとした生々しい死の香りは、俺の鼻腔びくうから神経をツンと突き上げて、むせる。

同時に俺の背後では氷山の熱融解が始まり、俺の全身の細胞がフッと息を吹き返していくのを感じた。


「な、なんですか……このヒトたちは……。」


「ジョークだよ、ジョーク。」


 いつものボンヤリとした調子に戻ったアラタさんはぷかっと煙をふかす。

咄嗟に背後の集団に俺が振り返ると、既に数歩ほど後ずさったのであろう見おろすような猫背たちの冷ややかな視線が、深いフードの奥から俺に全集中しているのが解り、俺は足が竦んですっ転びそうになりながらも本能的に後ずさった。


「コイツらはバッドオーメンズ。平たく言えば始末屋さんだ……外には漏らすなよ。」


「し、始末屋さん……? 外には漏らすなって、どういう……。」


 動揺する俺の質問に、アラタさんは何も答えない。


「心配しなくても、真面目なりんねっちが世話になることはないから大丈夫だよ。問題はこいつらの方。」


 始末屋さんなどと可愛らしく誤魔化しているが、この星の世界観にあるまじき物騒な響きに狼狽うろたえた俺に対し、相変わらず慣れた様子のマーシュさんはへらへら笑い、次に不機嫌そうに眉間に皺を寄せると、檻の方をジトっと睨みつけた。


 つぶらな瞳を潤ませたキームとターク。

よく見れば、見開かれた潤んだ瞳は焦点がぶるぶると乱れており、ほとんど錯乱しているらしいことが解る。


「 『一番子分のキムタク……この悪魔を血祭に上げてくれっ!』 」


 ふたりは声を揃えて俺に祈願し、アラタさんを指さした。


「うるせえ黙ってろ!」


「 『へい。』 」


 再び声を荒げたキームとタークの檻をアラタさんは感情に任せて思いきり蹴り飛ばす。

乱れた呼吸を落ち着けようとして逆に過呼吸になっており、ギョロギョロと暴れったく焦点のズレた黒目や、首の筋が浮き出るほど引きつった口元や、顔中の筋肉がビクビクと痙攣していて、しかも心臓の辺りを苦しそうに抑えながら「うるせえどっか行け」とか「てめえは呼んでねえ」とか俺たちには見えない何かに向かって怒鳴り散らし、遂には"うぇ"とか"はぉ"とか"ぬぁ"とか人智を超えた変な喘ぎ声まで漏らすので、俺はさすがにドン引きしてしまい、大丈夫ですかと声を掛けることも躊躇ってしまった。


 アラタさんが身に着けている黒い作業用ブーツの裏には鉄板でも仕込まれているのか、檻を蹴りつけた衝撃で生まれた耳障りな金属音は、俺の鼓膜を貫通し、脳にまで反響し、痛々しい耳鳴りを誘発する。

この星に似つかわしくない物騒な状況にもかかわらず、キームとタークは機械の電源が落ちたみたくシュンと不気味に沈黙し、いよいよ彼らからは人間味を感じなくなった。


「あの、一体なにをしたんです、このふたりは。」


「ばぅ……コイツらはね、D舎の仕事サボって、ブタに乗ってレースしてたんだ。ぶぁ……ムカつく……。だからこっち来んなつってんだろがっ! Fuck!」


「ほらね、いつものことよ。いつものこと。」


「え、なんです……? ブタに乗って、なに? ちょっと意味がよく……。」


 状況がカオス過ぎてまったく思考が追い付かず、俺は頭を抱えた。


「挙句の果てに次の出荷予定だった半数も逃がしやがって、このゴミどもが……ボスに迷惑掛けやがって……バラしてやる。だからてめえも血祭りに上げられてえかって聞いたんだろボケがっ!」


「万死に値するなあ。やっちまえオーメンズ。」


 今にもぶっ倒れそうな過呼吸&錯乱状態のアラタさんをよそに、マーシュさんは軽々と右手を掲げ、沈黙するネコ背たちを鼓舞した。


「ちょっとマーシュさん……。」


「いいんだよ、りんねっち。こいつらに生きてる価値はないって、お前だって痛いほどよく解ってるだろ? "社会的地位がどうの"って、お前も言ってたじゃん。」


「いや、まぁ……うん、確かに。やっちまえオーメンズ!」


 俺が張り切って指揮を下すと、ネコ背の軍団は"いえーいレッツパーリー"と言わんばかりにノリノリで右の拳を掲げてきて、俺はなんだか楽しい気分になってきた。


「 『キムタク!?』 」


「俺はキムタクじゃねえ! ぺっ! 死にさらせ鼻カスども!」


 ついに俺は檻の中のサルどもにツバを吐きかけてやったぞ。


「ほら、見せもんじゃねんだ……ゔぇあ……。気が済んだんならあんた達もさっさと休憩に行きな。てめえもさっさと消えろや!」


「へーい。」


「あばよクソ兄弟! もう会えないと思うとせいせいするぜ! ぺっ! ゔぇあ!」


 遂に自分の顔面をガリガリと引っ掻き始めた頭のおかしいアラタさんに追い払われ、マーシュさんと共にその場を去る時、俺は二度目のツバを吐きかけてやった。

酷いことをしているという自覚もあったが、なんだかひと皮剥けたような清々しさの方が勝っていた。

するといかにキームとタークの存在が俺にとってのストレスになっていたかがよくわかった。


 俺たちが歩き出してから数分後、なにやら後ろの方からこの世のものならざる断末魔が聞こえてきたが、先ほどの場所で何がどうなったのかは知らない。

ただひとつ確かなことは、あの日以降もキームとタークが飄々と働いていたという事だけだ。




***




グッドシャーロット専属、ゼブラへッドホスピタル病院長の手記




――龍星期3008年02月03日




 落ちぶれた闇医者の私こと、ゼブラへッド・サラブレッドがここに配属されて、今日でちょうど一カ月になる。

今にして思えば、あのお方に救われた日から、我らが辿るべき運命の結末は、これが必然だったと言えるだろう。


 昨晩、重体のグッドシャーロットの従業員6名が突然運び込まれてから、まる一日が経過。

運び込まれた患者に感染していた未知の殺人ウィルスにより、我が院は現在、絶望と終末の淵に立たされている。


 医者、看護師、未だまともな患者、全ての健常者を経過観察室に幽閉した、残るは院長である私だけだ。


 ここはもう間もなくこの世の地獄と化す。

経過観察室に閉じ込めてしまった彼等には悪いが、誰一人として絶対にこの建物から出すわけにはいかない。

仮に感染者及び濃厚接触者が一人でも外へ繰り出せば、それは確実に世界規模のパンデミックを引き起こし、この星さえも終末へと導く最悪の事態となるだろう。


 すでに院内のあちこちに、謎の殺人ウィルスによる奇病発症者の死体が転がっている。

穴という穴から体液が溢れ出し、内臓が溶けてしまった者。

肺が石のようにカチカチになり、呼吸不全で亡くなった者。

全身が炭化していき、成す術もなくそのまま息を引き取った者。

痒い痒いと喉を掻きむしり、首の血管を自傷した者。

脳が急激に肥大化し、頭が破裂した者。

皮膚だけが乾き、生きたままミイラ化した者。

肉の化け物となり暴走した者。

無意識に殺し合い、共食いを始める者。


 たかが、痰。

されど、痰。

この私も奇病を発症する前に気が狂いそうだ。


 治療に当たっていた医者や看護師、ここに入院していた一般の患者も次々と感染し……その後の事は、思い出すだけで体の震えが止まらなななる。

そて文字通り、土痰場で私は死ぬが私は、私は、怖く私は怖な怖だからから逃げ出たたくな前るに自害をしうとようと思う、うしかそしかそのそ前に、こ。こ、この、悪夢を後世に伝る為に為、の手記を残残を残ここに残、残




***




被害報告書




――龍星期3022年、多分5月6日

報告者/ボス




ここグッドシャーロットにおいてこれまで、KTウィルス(キームとタークの痰)の被害に遭い、重傷を負った従業員の数……多分16名。


その内、意識不明や、言語、身体、脳機能等に重大な疾患を引き起こし後遺症を患った感染者の数……多分12名。


他、死者数など……多分288名。


行方不明含め、これまでの総被害者数……多分573名。


今後の対策……まぁそん時そん時で。




 なお、これは飽くまでグッドシャーロットとケズデット村周辺での話であり、それ以外の場所で起こった事なんか私は知ったこっちゃねー。

とりあえず何かあっても全部隠蔽するから大丈夫だ、頑張れ。

以上、ボスより。




※)追記――アイツらを私の許可無くここから出すな、絶対に。出したら全員ぶっ殺す。 




戦争すらも支配された世界となると、身の毛もよだつディストピアで御座います。

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[良い点] 「いや、みんな望んでいたことだ。」 「確かに。」 この作品でスプラッタは望んでないっすw [気になる点] ブタの餌だと回りまわって人の食事に混ざる…… けど、謎の覆面が食べるならいっ…
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