Helena_4
今朝キミ達に話したように、私は多くの病人に高価な薬を無償で提供している。
何しろもう、お金は十分を通り越して、余生を100回は送れるほどに有り余っているからね。
だから、お金がなく困っている者には、薬を分け与えるようにしている。
けど、それは決して、死神としての罪滅ぼしではないんだよ。
ただ、研究の一端として、出来上がった物を提供しているに過ぎない。
私は、弱者が嫌いだ。
それは、今も変わらない。
何の努力もせず神にすがり、他者の足を引っ張り、酷い者はそれらを呪い、石を投げ始める。
弱者の本質は、心が弱いことだ。
彼らの弱さは、心の弱さだ。
故に、彼らを助けるのは難しい。
助けたとして、それがその後、彼らの本質的な救いになるとは限らない。
いや、きっと、ならないのだろう。
先ほども言ったように、彼らが弱いのは、心が弱いからだ。
まずはその弱い心を克服しなければ、彼らは強者や優しき者に依存し、遂にはそれ自体を壊し始める。
ユフィと出会う前も、ユフィを失った後も、そして今も、私の思想は変わらない。
私は、弱者が、嫌いだ。
***
「おい! この薬、ひと月も、欠かさず服用、しているのに、全然効かない、じゃないかよ!!」
ぶしつけに診療室の静寂を破って、嬉しそうにその男が怒鳴り散らした。
頬が赤く、僅かにろれつが回っていない。
コイツはアルコール依存症だ。
以前、私が薬を売り捌いた顧客の一人。
毎度毎度、ケズバロンからこんな片田舎までわざわざやって来て、端迷惑なヤツだ。
「当然だろ。酒を飲んでいるうちは、治らない。」
「だから薬を、くれって、いったんだろがっ!!」
ため息交じりに私がそう言うと、酒臭い息を吐き散らかしながら、男が詰め寄ってくる。
私は椅子から立ち上がり、怒鳴る男に向かい合う。
腹の出た汚らしい髭面だ。
「なら服用を続けろ。それで治らないのなら、それはお前の心の弱さが原因だ。」
「ふざけた事言ってんじゃんねぇよ! 効く薬を出せって言ってんだ!」
どうしようもないこの男にも家族がいる。
奥さんと、まだ幼い息子が。
にも関わらず、昼夜問わず酒に溺れ、ケズバロンの賭博区に出入りし、家族には暴力を振るうという。
元々は飲食店をしていたそうだ。
ケズバロンでも人気の「ニッケルバック」という、手作りコロッケの美味しい素朴なお店だった。
一度私も立ち寄ったことがあるが、奥さんと2人で仲良くお店を切り盛りしていたのをよく覚えている。
しかし飲食店におけるケズバロンは熾烈な激戦区だ。
その店が日に日に立ち行かなくなり、遂にこの一家はおかしくなった。
「金ならあるんだ、さっさと出せよ!!」
「……。その金の出どころは。」
「何でもいいだろ。俺はさっさと治して、働かないといけねぇんだ。」
「家族のためにか。」
「…あ? あぁ、かもな。」
男の目は、その言葉と共に泳いでいた。
がむしゃら――自分がその後どうしたいのかも、コイツには解っていない。
ただ治したい――現状より、前へ。
今より少しだけ、希望の持てる明るい未来へ。
それは決して否定すべきことではない。
守るものがなく、誰にも迷惑を掛けさえしなければ。
エレナのように、なりさえしなければ――
「仕方ないな。」
私は男に背を向けて、薬品棚から偽の薬の入った瓶を取り出した。
小麦粉を詰めただけのカプセル錠。
どうしようもないコイツには、これで十分だし、これが必要だ。
「これを食後に、2錠ずつ飲め。必ずな。」
「……。」
それを小瓶に詰め直し、男の顔の前に突き付ける。
男はそれを見て、緊張した様子で黙り込んだ。
「どうした? 早く受け取れ。」
小瓶を揺らして挑発するように催促すると、男が眉をひそめた。
「……。」
治したい――アルコール依存を、治したい。
治して、もう一度、人生をやり直したい。
更正して、家族の為に、一から真面目にやり直したい。
けれど、それが怖い。
言い訳出来なくなるのが怖い。
アルコール依存だと、言い訳出来なくなるのが。
もし、失敗したら。
もしまた失敗したら。
俺はどうすれば良い――
それが、今コイツが考えていることだ。
「もしこれでダメだったら、また来い。」
「……。…あぁ……。」
私のその一言で、ようやく男はその小瓶を受け取った。
薬を処方してから毎回、このやり取りがある。
コイツが安心して言い訳出来る状況を作ってやる。
貴重な私の時間を、こんなヤツに奪われたくないからな。
「また、来る……。」
そう言って、男は10万レラを私に渡した。
「あぁ。」
本当に、どうしようもない男だ。
ヨロヨロと、弱弱しく診療所を出ていく男の背中を見送って、私はそう思った。
あの家族はもう終わりだろう。
「吐き気がするな。」
私は男から受け取ったソレを、ゴミ箱へ捨てた。
本当に、どうしようもない男だ。
本当に――
どうしようもない父親だ――




