表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第二部 7章 マイ ケミカル ロマンス
268/402

Helena_4

今朝キミ達に話したように、私は多くの病人に高価な薬を無償で提供している。


何しろもう、お金は十分を通り越して、余生を100回は送れるほどに有り余っているからね。


だから、お金がなく困っている者には、薬を分け与えるようにしている。


けど、それは決して、死神としての罪滅ぼしではないんだよ。


ただ、研究の一端として、出来上がった物を提供しているに過ぎない。




私は、弱者が嫌いだ。




それは、今も変わらない。


何の努力もせず神にすがり、他者の足を引っ張り、酷い者はそれらを呪い、石を投げ始める。


弱者の本質は、心が弱いことだ。


彼らの弱さは、心の弱さだ。


故に、彼らを助けるのは難しい。


助けたとして、それがその後、彼らの本質的な救いになるとは限らない。


いや、きっと、ならないのだろう。


先ほども言ったように、彼らが弱いのは、心が弱いからだ。


まずはその弱い心を克服しなければ、彼らは強者や優しき者に依存し、遂にはそれ自体を壊し始める。


ユフィと出会う前も、ユフィを失った後も、そして今も、私の思想は変わらない。




私は、弱者が、嫌いだ。




***




「おい! この薬、ひと月も、欠かさず服用、しているのに、全然効かない、じゃないかよ!!」


 ぶしつけに診療室の静寂を破って、嬉しそうにその男が怒鳴り散らした。

頬が赤く、僅かにろれつが回っていない。

コイツはアルコール依存症だ。

以前、私が薬を売り捌いた顧客の一人。

毎度毎度、ケズバロンからこんな片田舎までわざわざやって来て、端迷惑なヤツだ。


「当然だろ。酒を飲んでいるうちは、治らない。」


「だから薬を、くれって、いったんだろがっ!!」


 ため息交じりに私がそう言うと、酒臭い息を吐き散らかしながら、男が詰め寄ってくる。

私は椅子から立ち上がり、怒鳴る男に向かい合う。

腹の出た汚らしい髭面だ。


「なら服用を続けろ。それで治らないのなら、それはお前の心の弱さが原因だ。」


「ふざけた事言ってんじゃんねぇよ! 効く薬を出せって言ってんだ!」


 どうしようもないこの男にも家族がいる。

奥さんと、まだ幼い息子が。

にも関わらず、昼夜問わず酒に溺れ、ケズバロンの賭博区に出入りし、家族には暴力を振るうという。

元々は飲食店をしていたそうだ。

ケズバロンでも人気の「ニッケルバック」という、手作りコロッケの美味しい素朴なお店だった。

一度私も立ち寄ったことがあるが、奥さんと2人で仲良くお店を切り盛りしていたのをよく覚えている。

しかし飲食店におけるケズバロンは熾烈な激戦区だ。

その店が日に日に立ち行かなくなり、遂にこの一家はおかしくなった。


「金ならあるんだ、さっさと出せよ!!」


「……。その金の出どころは。」


「何でもいいだろ。俺はさっさと治して、働かないといけねぇんだ。」


「家族のためにか。」


「…あ? あぁ、かもな。」


 男の目は、その言葉と共に泳いでいた。

がむしゃら――自分がその後どうしたいのかも、コイツには解っていない。

ただ治したい――現状より、前へ。

今より少しだけ、希望の持てる明るい未来へ。

それは決して否定すべきことではない。

守るものがなく、誰にも迷惑を掛けさえしなければ。


エレナのように、なりさえしなければ――


「仕方ないな。」


 私は男に背を向けて、薬品棚から偽の薬の入った瓶を取り出した。

小麦粉を詰めただけのカプセル錠。

どうしようもないコイツには、これで十分だし、これが必要だ。


「これを食後に、2錠ずつ飲め。必ずな。」


「……。」


 それを小瓶に詰め直し、男の顔の前に突き付ける。

男はそれを見て、緊張した様子で黙り込んだ。


「どうした? 早く受け取れ。」


小瓶を揺らして挑発するように催促すると、男が眉をひそめた。


「……。」


 治したい――アルコール依存を、治したい。

治して、もう一度、人生をやり直したい。

更正して、家族の為に、一から真面目にやり直したい。

けれど、それが怖い。

言い訳出来なくなるのが怖い。

アルコール依存だと、言い訳出来なくなるのが。

もし、失敗したら。

もしまた失敗したら。


俺はどうすれば良い――


それが、今コイツが考えていることだ。


「もしこれでダメだったら、また来い。」


「……。…あぁ……。」


 私のその一言で、ようやく男はその小瓶を受け取った。

薬を処方してから毎回、このやり取りがある。

コイツが安心して言い訳出来る状況を作ってやる。

貴重な私の時間を、こんなヤツに奪われたくないからな。


「また、来る……。」


そう言って、男は10万レラを私に渡した。


「あぁ。」


 本当に、どうしようもない男だ。

ヨロヨロと、弱弱しく診療所を出ていく男の背中を見送って、私はそう思った。

あの家族はもう終わりだろう。


「吐き気がするな。」


 私は男から受け取ったソレを、ゴミ箱へ捨てた。

本当に、どうしようもない男だ。


本当に――



どうしようもない父親だ――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ