Separated_2
「そういやあの五月蠅いヒト、今日はいないんすね。」
「あぁ、ファラのこと? なんか珍しくギルドから依頼を受けたとかで、昨日出掛けたんだけど……。」
アスとナツにパトラッシュを託し、現在ケズドラシルを目指す道中。
ダバの背で優雅に揺られながら、俺はパトラッシュがまたムチで叩きまわされているんじゃないかと胸を痛めながらも、コロ君と世間話をして暇をつぶしていた。
ウタさんはそんな俺達の前に座って、相変わらず「鬼首」などという仰々しい名前の酒壺をグビグビと飲んでいる。
そしてコロ君は、あのやかましいファラがいない事が気になっていたらしい。
実は数日前、ギルドからファラへ、名指しで緊急の依頼書が届いた。
そしてファラがケズバロンへ出掛けたのが昨日の昼頃、2月1日だ。
どこの誰からの依頼だったのかは、何故か頑なに教えてくれなかったけど……。
「ウタさん、ファラへの依頼って……」
「禁則事項だ。」
だろうと思っていた。
案の定、俺の質問を遮ぎって、ウタさんは振り返る事無く淡々とそう答える。
誰からの、一体どんな依頼だったのか、いつ帰って来るのか、正直不安だ。
ファラは俺に何も言わずに行ってしまったし、もし危険な任務だったら……。
「ふぅ……。けどこれでやっと、自由になれるのか……。」
「は……?」
そう思って青空を見上げた時、フワフワと漂うあの雲のように気持ちがスゥっと楽になるのを感じた。
そして気が付くと、ため息と共に言葉に出ていたらしく、振り返ったウタさんが「コイツまじか…」とでも言いたげに眉間に皺寄せている。
最近思う、俺はクズだと。
「まぁ、安心しろ。
依頼主は手練れだし、万に一つもファラに危害が加わることの無いよう、最大限の配慮が行き届いている案件だ。」
「そう、ですか……。」
「え、しー君? なんでそんな辛そうな顔?」
「いや、はは……。きっと、子供のいるお父さんって、こんな気分なんだろうなって思ってさ。」
「え? あ、うん、コロッケ食べる?」
「え? あ、うん、ありがとう。けどなんで急にコロッケ?」
そうして何の脈絡もなくコロ君から差し出されたコロッケに狂気を覚えつつも、それを食べながらウタさんから今後の予定というのを聞いた。
どうやらどっかの誰かが寝坊したせいで予定が大幅に狂ったらしく、今日はケズドラシルで宿をとるだけになりそうだという。
まったくとんだ不届き者がいたもんだ。
そして最近思う、俺はクズだと。
「あぁあとな、コロスケ、お前は部外者だから、その間は観光でも何でもしてくればいい。」
「え……なん、で……。」
コロ君はウタさんのその一言にショックを受けたようで、いつになく戸惑った顔をしている。
もしかすると「部外者」という言葉に反応したのだろうか?
確かに、元々コロ君には関係のない案件ではあるけれど……。
けれどここへ彼を誘った理由の半分は、この一件でコロ君の心情の変化に期待していたからだ。
俺としても、出来る事なら彼を同行させてほしいとは思う。
「どうして…解ったんすか!?」
「「は?」」
瞬間、ショックを受けていた彼の目は、キラキラと輝きを放ち感動に満ちている。
そう、それはまるで手品を初めて見た子供のように。
これはアレだ、なにか始まる目だ。
「すっげぇ!! あれっすか!! 魔法ってヤツっすか!!」
「な、なんだ急に…気持ちわりぃな……。」
解った、とは何がだろうか?
どうも先ほどから脈絡が無くて、彼が何を言っているのかさっぱりわからないが。
そしてそれはウタさんも同じだったらしく、喰い気味に身を乗り出した興奮状態のコロ君にウタさんが身を逸らして嫌悪感を露わにしている。
「そうっす、俺の本名は、コロ・スケっす。いや、おっどろいたぁ~。」
「え? コロ……スケ……? コロ君の本名?」
「そっす。コロ・スケっす。」
「へ~……。ふ~ん。」
いい加減にしろよこの世界。
「…んで、シーヴ。ひとまず明日、依頼主から話を聞く。
その後は状況によって変わるが、多分お前の奇跡が必要になると思う。」
途端、俺を強引に誘ったあの日と同じように、ウタさんの背中から届く声が鬱屈とした調子になった。
そういえば、結局この件について詳しい話を聞いていなかったけど……
「えっと、結局どういう話になるんですか?
憶測でも良いので、何が起こってるのかくらいは知りたいですけど。
なにしろ俺の奇跡、使うにしても条件があるもので……。」
いや、ほんとに、今更だよ。
「……。まぁ、そうだな。
ん~…業苦、或いは病気、そして……」
ウタさんは大きく肩を上下させながらタメ息をつき、頭を掻いて少し困ったように唸ると、酒壺をグッと一気に傾けた。
「フレーニアだ。」
「「フレーニア?」」
「フレーニア」聞き馴染みのない五文字に、思わず声を揃えたコロ君と顔を見合わせた。
フレーニア。
それは業苦でも、病気でもないという。
そしてその言葉の響きに、俺は少しだけ不穏で、不気味な感覚を覚えた。




