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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
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フィスト・バンプ

2024/04/19_改稿済み。





 今日は1月13日。

不毛でモフモフなカビまんじゅう事件に見舞われ、俺が病床に伏してから無意味に3日が経過した。

解毒剤を山ほど買い込んだチーさんと俺は”これだけあればちょっとやそっとファラさんに盗まれても流石に大丈夫だろう”というあまりに愚かなフラグ発言ゆえに、昼夜問わず日ごと狡猾さと過激さを増していくファラさんの暴挙に、身を寄せてガタガタと震え怯え泣く子も黙るような三日間を過ごすこととなった。


 それは例えば、ファラさんを取り押さえたチーさんが手始めに腕をがぶりと噛まれ、遂には体じゅう歯形タトゥまみれにされたり。

夜な夜な盗み飲もうとしたファラさんとの奪い合いの末に、俺が彼女を突き飛ばすと逆に顔面をぶん殴りぶっとばされたりと。


 いわば彼女の本質とも言うべき攻撃性が露わとなり、俺は今後、それが仮に親しい間柄の信頼できる相手であったとしても”本能を解放した女性の前では身の振り方に細心の注意を払わなければならない”という人生で最も大切な教訓を得た。


 協力して最悪の3日間(ダイ・ハード)を過ごし共に同じ地獄を生きながらに見てきた俺とチーさんは、切っても切れないほど強い絆で結ばれるも、無駄にごっそりメンタルを削られてしまったのである。


 しかしそれでも死ぬ気で守り抜いた甲斐あってか、俺は超アポバスの効果で肉体的に目覚しい超回復を遂げることが出来たので、明日には仕事に復帰できる筈だ――というのが、目元にドス黒い不吉なクマを垂れ下げ今にも死にそうな青痣まみれの顔をしているチーさんの見解だった。

 

 なおチーさんは三日三晩寝ずの見張りで肉体的に限界を迎え、先ほど遂に睡眠不足と過労のために”あとは任せたぞ……”とだけ言い残してポックリ逝ってしまったのだが、先ほどようやく魔性の呪縛から解放され我に返ったファラさんが、自責の念に駆られながらチーさんの看病に当たっているという、ややややこしくもほとほと滑稽であまりに不憫な状況。


 まぁこの件に関しては、元はと言えばチーさんが悪いのだけれど、流石に気の毒に思わざるをえない。


 さて、俺の代わりに棺桶ベッドに横たわったチーさんに代わってリハビリがてらお使いに出掛けた俺は、現在、街はずれの小さな服飾店を訪れている。


 家から歩いて10分ということだったが、まるで両足に重しの枷でも嵌められたように足取りがまどろっこしく感じられ、特に足先の筋肉の衰えが顕著に表れた為にどうにも歩きづらく、体感では20分ほどに思えた。

この筋肉の衰えはアポカリプティカの影響も多少はあると思うが、たかだか3日寝ていただけで俺の身体機能はだらしなく低下してしまったらしい。


 チーさんから伝えられた服飾店は、村はずれの裏路地の不気味な日陰の中にあった。

住宅街の民家と民家を隔てた一本の隙間、そこから真っすぐ伸びた人ひとり通れるかどうかの”通路”と呼べるかさえ怪しいその路地は、注意深く歩いていてもなお、危うく気づかずに通り過ぎてしまうほどに目立たない奇妙な一本道。



いかにも怪しい取引などが行われていそうな薄暗い裏道を奥まで進んでいくと、不自然に開けた異様な空間に抜け出るのだが、民家の壁に囲まれた広い空間の中で、そのボロ屋は幽霊屋敷みたくひっそりと浮いており、世間から不自然にズレて不気味に佇んでいるように思えた。


「なんか変なとこにあるな……この店……。」


 本当に営業しているのかと怪しく思いながら、軽くて安っぽい古木の扉を恐る恐る引き開けると、からんからんとドアのベルが不気味に暗く鳴り響き、俺の存在を中にいる何者かに知らしめた。


「こんにち、は……?」


「あぁ、いらっしゃい。」


 店の奥へ声を投げると、やたらと調子はずれに明るいスレイブスコロニーの光が俺の足元まで差し込んできて、すぐに物腰の柔らかそうな男性の声が返ってきた。


 思いのほか広い店内、カウンターの向こうには服屋らしく仕立ての良い服装の黒髪の若い男性店員がひとり、素朴な笑顔で俺を迎えている。

世界の裏側みたいな隠れ家じみた立地と外観に反して、店内の様子は普通、というか地味を通り越して退屈な印象を受けた。


「今日はウン・チーの名前で荷物の受け取りに来たんですけど。」


「あぁ、ウンじぃのとこのリンネ君ね。いま包んであげるから、ちょっと待っててくれ。」


 カウンター越しに俺がおどおどと用件を伝えると、お兄さんはカウンターの下から長方形の小箱と焦げ茶色の包装紙を取り出して、ゆったりと物静かにラッピングを始めた。


 俺たち以外に誰もいない嫌に落ち着きすぎた平凡な空間で、包装紙がテキパキと折りたたまれていく行儀のよい音だけがパリパリと跳ねる。

僅かな待ち時間さえ持てあまして手持無沙汰になった俺は、暇つぶしに店内を物色して回ることにした。


 幾つかのハンガーラックに掛けられた衣服やローブや旅装束などは、見るからに無地の物が多く地味で、尚且つ色調も質素というか薄暗いものが目立ち、店内の雰囲気を僅かにシックな印象に上塗りする。

壁一面が鼠色の平坦な木材で、殺風景モノクロ


 どうにか興味を引きそうな品を探したかったが、生き遅れたこの空間に属していると、俺自身の服の好みがはてさてどんなものだったかさえ忘れてしまう。

或いは、俺自身のパーソナリティというものも、ここと同じくらい老いぼれた希薄なもののように思えてきて、考えるのも馬鹿らしくなってくる。

最終的に目につくものといえば、天井からぶら下がっている複数のスレイブスコロニーがせいぜいなもので、俺はすぐに飽きて考えるのをやめた。


 片田舎の退屈な服飾店、大きなあくびを一つ、ふと思う。




――退屈な店だ。




「お待たせ。どうにも辛気しんき臭い店でウンザリするだろ。」


 そして大あくびを掻いた俺の退屈は表情にも露出していたらしい、間もなく包装が終わると、お兄さんは俺の顔を見て何とも申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。


「いえ、別に。すみません、あくびなんて掻いてしまって……。」


「はっはっは、別にいいって、俺はただの店番なんだ。それにウチが染みったれてるのは事実だし、”地味で退屈な雰囲気”がオーナーの方針だからな。あ、この話、誰にも言うなよ? 話したことがバレたら俺が殺される。」


 品が良く落ち着いた見た目とは裏腹にお茶らけたお兄さんの気の良い冗談で、俺は声を出して笑った。


「どう、ここの生活には慣れた?」


「まぁ、ぼちぼちですかね……。なにしろここ数日は体調を崩して家で寝込んでましたから……。」


「はっはっは、キミがぶっ倒れた日にウンじぃから聞いたよ。まんじゅう食って死にかけたんだって? 挙げ句、常備してあった超アポカリプティカバスターもファラちゃんに飲まれちまったって。災難だったな。」


「はい、おかげで生きながらにしてこの世の地獄を見ました。俺まだここに来てひと月も経ってないのに、なんでこんな目に……もう嫌ですよ……。あ、チーさんはファラさんが暴れまわったせいで今朝ぶっ倒れました。」


「だーっはっはっは! こいつは傑作だなー!」


 いよいよお兄さんはゲラゲラと大声で笑い出しカウンターに蹲って肩を上下させると、右の握りこぶしでドンドンと卓を叩きはじめる。

店の雰囲気は退屈なものだと感じたが、お兄さんの方は話してみると意外と表情豊かで、またあまりに気持ちよく笑うので、いつの間にか温まった場の空気に俺もちゃっかり乗せられてしまった。


「いやぁすまん、しかしこいつはとんだラッキーボーイがいたもんだと思ってな。」


 やがてお兄さんは顔を上げると、嬉し涙の浮かんだ表情を拭って、暴れったい呼吸をひぃひぃと整えた。


 なにしろこんな辺鄙な路地裏に店を構えているのだから、話し相手は疎か、若い客など恐らくほとんど来ないのだろう。

久しぶりに話のタネになりそうなマヌケが来たと、スッカリ気が抜けてしまったに違いない。

そうと解ると、俺の方も別に悪い気はしなかったし、少し打ち解けるきっかけが出来たみたいで、気持ちも落ち着くのだった。


「キミには悪いが、あの家はいつも賑やかそうで、俺は逆に羨ましくなるよ。」


「ラッキーなんて……。俺なんてただでさえ役立たずなのに、仕事の方も4日も休んでしまって……。」


「いやいや、今回の騒動は不可抗力ってもんだろ。」


 一瞬、真面目な調子を取り戻すも、すぐにまた化けの皮がベロリと剥がれ、お兄さんは性懲りもなくイーッヒッヒッとうわずった声で高笑いを始める。

その悪魔めいた引き笑いに、今にもツノのとしっぽが生えてきそうだと思い、俺は呆れた。


「いやぁ、ホント悪い。しかしねリンネ君。誰かに笑ってもらえる不幸を得たってのは、唯一無二の幸福だと、俺は思うんだよね、うん。逆にさ、話した相手が苦笑いや同情で言葉や反応に詰まるんだとしたら、キミは今どんな気持ちになるかね?」


「それは……。まぁやっぱり”惨め”……とかですかね。」


「そうだろうとも。そして後に残るのは、話さなければよかったという悲しい後悔だけなんだな。より一層、自分の悲運が恨めしくなって塞ぎ込むだけなのさ。なら今度は、聞いた相手が面白おかしく笑っていた場合はどうだい。」


「まぁ、腹が立ちますよ。」


「あぁ、そう……? え、怒ってる?」


「ぜんぜん?」


「そうか……。けど、誰かが自分の苦労話で笑ってくれてるのって、どっかがポっと暖かくなってこないか?」


「ポっと、暖かく……ですか?」


「あぁ。自分が辛い時に相手が笑ってくれるとさ、なんつーか、うじうじしてる自分の方が馬鹿らしくなってくるんだよ。”あぁ、なんだ、俺は人に笑われちまう程ちっぽけなことで苦しんでたのか”って、何故だか胸の奥から火がおこって、笑ってくれた相手の笑顔が、仲間と囲った焚火みたいに愛おしくなるんだな。そして、いまキミが暮らしているあの家にはね、本物の”人情(おもいやり)”があると思う。本物の”人間らしさ(えがお)”があると思う。だからさ、本物ばかりに囲まれて暮らしているリンネ君は、やっぱり大が付くほどの”ラッキーマン”なんだって、俺は言いたかったわけ。決して”こんな大マヌケどもが近所に住んでるなんて、次の酒の席で酔った勢いを言い訳に知り合い全員に話して村中に広めてやろう”とか、ゲスなことを考えたわけじゃ断じてないんだからな?」


「はい。」


「やっぱ怒ってる?」


「ちょっと。」


  盗人猛々しいともいうが、なんだか自分の悪行を正当化しようと言い訳がましく聞こえて仕方が無いのだが、しかしお兄さんの話に耳を傾けていたこの時、俺はここ数日のことを思い出していた。


 ファラさんが胸の内に仕舞っていた筈の”リンちゃん”などというガキくさい愛称。

それをチーさんから揚げ足を取ったように小馬鹿にされて、心に余裕のなかった俺は、あの時わずかに腹が立った筈だ。


 けれどあの時の俺は、何故だか二人が笑うとちょっと嬉しかったのを覚えている。

笑われたことが悔しくて恥ずかしいほど二人の笑顔が愛おしく感じられて、ざわざわと胸の内から込み上げるむず痒さみたいなもどかしい感情と共に、どこか懐かしく潤いを含んだ想いが重なると、ポッと涙腺の温度が急上昇して、ジリジリと胸が焼け焦がれていくのを確かに感じていた。




――俺が自分らしく笑えていた時、いつもすぐ傍には、一番大切なホンモノの笑顔を見せてくれる人間らしい誰かが必ずいたのだ。




 こんな当たり前を悟ると同時、今度の酒の席で俺達三人を話のネタにしようと企むお兄さんから思いきり喝を入れられた気がして、俺は返事をする代わりにただ深く大きく頷いた。


 お兄さんはうんうんと頷きながら薄ら笑いを浮かべているので、たぶん今度の酒の席では酔った勢いでベロベロに口を滑らせることは確実だろうと解る。


「あーそうだ。ゲラゲラ笑っちまったお詫びと言っては難だが、こないだの”年末祭”で余った金券あげるからさ。何か着るもので困ったことがあったら、いつでもウチにおいで。うちも表向きはじじくさい服ばっか扱ってるが、若いヤツの仕立てもばっちりこなすんだぜ。」


「え、あ……。」


 おもむろに吊るし上げお兄さんの胸ポケットから取り出された二枚の金券は、彼の手の先で一匹の蝶のようにヒラヒラと踊って見えた。

吊るし上げのお詫びか或いは友好の証とも言うべきその金券には、半額の二文字。


 励ましの言葉まで頂いて、むしろお詫びをするのは俺の方だとさえ思ったがしかし、向けられた善意という名の賄賂わいろを無下にすることも憚られ、俺は言葉に詰まり、お兄さんの手元を見つめて固まった。


「なに、遠慮しなさんな。困った時はお互い様が、この星”スチャラカポコタン”の流儀ってもんよ。」


「どうも……。」


 結局俺はおどおどと賄賂を受け取って、粛々と頭を下げて敗北を宣言するのだった。


「しかしまぁ、親だとか家族がいないぶん自由で気楽そうに思えるけど、突然知らない所に放り出されるなんて、リンネってのも楽じゃなさそうだな。」


「いえ、俺なんて……別に……。本当は大変なことなんて、全然なんにも無いんです。ぜんぶ、身から出たサビ……自業自得なんですよ。」


「そうか、"ヘブンorヘル(ジゴウ/ジトク)"ね……。そいつが解ってんなら話が早いぜ、地球人。あとは漢らしく、”自分らしさ(ガッツ)”を貫くだけだろ。」


「ありがとうございます。」


 俺が再び会釈をすると、ニヤリと笑ったおじさんの自信に満ちた右の握り拳が、スーッと俺の顔の前までズームしてきた。

なにひとつ気負いしない気さくな笑顔で友好の儀式(フィスト・バンプ)を求められ、俺は本能的に”触れる”という行為に戸惑い、拳に拳を突き合わせられず、またも言葉に詰まってしまう。


「えっと……。」


「え、あぁ、そっか……色々あったんだってね、ごめんごめん。」


 動揺を隠せない俺を見て、お兄さんは慌てて右手を引くと、そのまま頭を掻く素振そぶりをして苦笑いを浮かべた。

お兄さんの腫れ物に触るような素振そぶりと口ぶりから、チーさんからおおよその事情は聴かされているようで、俺は急に居心地の悪さを覚え、シュンと気持ちが冷え込んでいくのを感じた。

どうやら俺はまだ、人から向けられた善意と向き合うことに抵抗があるらしい。


「そんじゃ、チーさんにもよろしくね。」


「いえ、どうも……ありがとうございました。」


 お兄さんの名前を聞き返すことも無いまま、無意識に”ごめんなさい”と言いかけて、俺は強引に想いの温度を裏返す。


「道中、気を付けて帰るんだよ。」


 逃げるように踵を返して、振り返ることなく店の戸を押し開ける時、”自分に負けるなよ”と、お兄さんからそっと優しく背中を押された気がした。




――そしてもし、先ほど俺がお兄さんの心の声を聴いていたとしたら、彼は俺にどんな想いをくれただろうか。




「負けんなよ、”リンちゃん”。」




――そんなことはもちろん、聴くまでもなかったはずだ。




生きているだけでお金が掛かるものですから、空気もタダじゃないと思うと美味しいものです。

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