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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
22/402

リンちゃん

2024/04/06_改稿済み。




「う……ここは、どこだ……。」


 ぐわんぐわんと波打ち霞む視界。

意識を取り戻すと同時に強烈な眩暈に襲われ、頭もぐるりんぐるぐるりんに回りまわって、さっそく二転三転する景色に吐き気がした。

今までで一番最悪な目覚めだ。


「気が付いたか、調子はどうだ。」


「良いわけゲホ……ねーだろ……。」


 どうやら俺はベッドで寝ているらしい。

ベッドの脇には、いつになく歪な形のチーさんが7人くらい座っていて、童謡に出てくる陽気な小人たちを彷彿とさせ、さらなる吐き気を誘発する。

俺の頭上には白き雪の妖精の美姫……もとい、ファラさんが心配そうに俺の顔を覗きこんでいるのだが、彼女の心細げな顔もやはり7つくらいあるので、たぶんこれは俺の頭が相当にやられている証拠だろうと解る。


「一体どれくらいゲホ……寝てたんですか……。」


「安心したまえ、まだ昼過ぎだ。」


 どうやら饅頭食ってぶっ倒れてから数時間は気を失っていたらしい。

とするならば、無断欠勤は確定だな。


 しかし今はそんなことよりも、とにかく視界がぐちゃぐちゃに揺れ乱れていて気持ちが悪い。

頭痛で頭はカチ割れそうだし、全身は毛穴の奥からズキンズキンと痛んで、膨張した心臓の鼓動に呼吸をするのも苦しくて、内側から食い破るような腹痛で死にそうだ。

俺は目を閉じて、錯乱した視界情報を遮断した。




――生きてるだけで辛い。




 さて、衛生管理がサルよりザルなチーさんによって無駄にカビの塊を喰わされてしまった俺は現在、生死の境をさまよって病床に伏している。

こうして意識を取り戻すくらいに回復したとはいえ、未だ予断を許さない状況(デッドorアライブ)であることに変わりはない。


 俺が胃袋に納めてしまったカビは、生きた化石として遥か太古から伝わり、人々から”悪魔の苗”として恐れられている”アポカリプティカ”なる種類の猛毒カビ菌だった。

マルカメ屋のウサぴょい饅頭の表面をもっさりと覆っていたアポカリプティカは、繁殖能力と寄生能力が異常に高い悪性種らしく、俺のようなヒュム族が誤って胃に収めてしまおうものならば、絶命するまでに半日も要さないそうだ。


 また、龍星期以前には罪人への処刑法の最高峰として君臨していたほど、アポカリプティカを体内に取り込んでから死に至るまでのプロセスは、残忍で惨たらしい所業だったという。

ぶっ倒れる前にチーさんからその話を聞かされて、ウサぴょいなんて紛らわしい名前の饅頭とその見た目に惑わされ、何の疑いも持たずに食べてしまった自分と、渡す前に気付かなかったボケくそジジィと”一粒食べれば天までぴょぴょいのぴょい”なんてフラグめいた謳い文句を本気で呪った。


 消化と同時に環境に適応し繁殖を始めるアポカリプティカ菌は、手始めに胃壁を食い破り、血液と骨髄から全身に循環していく。

次に脳機能と心肺機能をズタズタに破壊しながら毛細血管と各臓器を溶解し、全身の穴という穴から血が噴き出してくる。


 カビ菌に感染された血液はアポカリプティカ菌同様に機能し、最終的に目玉を溶かし、脳を溶かし、筋肉細胞を溶かし、皮膚を溶かし、骨まで溶かし尽くし、死後、最終的にその場に残るのは、歯、のみ。

また、感染者から噴き出した血液に触れた者が誤って目鼻口などの粘膜に触れてしまうと、これも即座に二次感染を引き起こし、同様に半日で死に至るそうだ。


 これほど恐ろしい殺人カビが野放しになっていながら人々がのうのうと暮らせているのは、安価で手に入る特効薬が存在しているからなのであるが――。


「う、このジジィよくも……俺にあんなカビのかたまり食わせやがって……ぶち殺してやる……。」


「その元気があるなら、回復の見込みがありそうだな、とりあえず気づかなくてごめんて。」


「ごめんで済むかよゲホ……ちくしょう……頭がガンガンして……めんたまがケツの穴から飛び出しそうだぞ助けてくれヒィ……。」


「ふーむ、噂に聞いた通り、凄い幻覚作用だなぁ。」


 制御不能の悪夢に俺がヒィヒィふぅーと白目をむいて懸命に過呼吸気味な心臓のテンポを整えていると、ファラさんは俺のおでこに被せてあった蒸発気味な濡れタオルを新しいものに交換してくれた。

最初こそピタっと冷えて気持ちが良かったが、それもすぐにぬるくなって熱負けしてしまった。


「解毒に手間取ってすまなかったな。そもそも予備の”超アポカリプティカバスター”をファラが盗み飲んでさえいなければ、ここまで大事には至らなかったんだけどね。」


「ちくしょう……とことん俺がハマるように出来てやがるな……。食いしん坊な悪ガキかよ……。」


 俺が自分の運命に悪態をつくと、ファラさんが”ごめんね……”と言ってるのが、シュンと寂しげに潤んだキレイな瞳で分かった。

リビングの棚に常備してあったはずの唯一の特効薬、対アポカリプティカ用の解毒ドリンク”超アポカリプティカバスター”は、ファラさんが飲んでしまった。


 超アポカリプティカバスターは、飲んですぐアポカリプティカ菌に作用し、即座に増殖を止め、体内の菌を隅々まで分解してくれるという、このクソ星にしては出来過ぎなくらい美味い効果がある。

主成分には、アポカリプティカ菌に対して解毒作用のある”エグエグの木”なる樹皮の濃縮エキス”エグエグ液”が使われているらしく、それ自体は香りを除いて、名前の通りあまりのエグさに顔面が神経痛を起こして数日は顔の形が戻らなくなるほどに不味いらしい。


 ゆえに開発当時、エグエグの樹皮のエグ味が原因で飲めない子供が多くいたために、惨たらしく死亡した例も多発したそうで、頭をかかえた開発者は改良に改良を重ねた。

やがて、なるようになるべくして超アポカリプティカバスターは、子供でも飲めるジュース風味に進化した……まではよかったのだが、あまりに美味しくなりすぎたために、今度は子どもの味覚に対して魔性の中毒性を植え付けてしまい、”取り扱いには細心の注意が必要”ということになったそうだ。


 そのため、一般的にどの家庭でも子供の手の届かないところに置かれているそうなのだが、身体ばかりデカくなって頭の中はてんでスッカラカンの子供なファラさんは、チーさんがどこへどう隠そうとも子供の視点と機転で目ざとく見つけてしまうため、よく盗み飲んでしまうことがあったらしい。

なお、健康な人が飲んでも害はなく、むしろ体の機能が活性化されるまであるらしい。


 そして今回、苦しみ悶える俺の奇声で目を覚ましたファラさんは、間抜けなカラフル水玉模様のパジャマ姿のまま、慌てて超アポカリプティカバスターを買いに早朝から薬屋へ走ったというわけだ。


「というわけだから、恨むならこの娘を恨んでちょ。」


「いやどう考えてもお前のせいだろ……。マジで殺すぞハ……ゲホ……。ハゲがよ……。」


 不意に誰かが俺のおでこのタオルを取って、冷たく柔らかい何かペタっと乗せてきた、どうやらファラさんの手が熱の具合を測っているらしい。


 うつらうつらと目を開けると、ファラさんはカビの猛威に苦しむ俺を見て、何か物言いたげに口をとがらせている。

どうやら自責の念に駆られているらしいのだが、謝ろうにも口の利けない彼女を責める気には毛頭なれなかった。

というか、少しも悪びれた様子のない無責任ダンディの責任転嫁が目に余り、彼女の犯した罪など可愛いものに思えてしまい、”もう……しょうがないなぁ……”などと、俺は彼女に対してだいぶ贔屓目ひいきめに甘えた事を思った。




ーーあたしのせいでこんな大変な目に……リンちゃん、ごめんね……。




「いや、ファラさんのせいじゃ……え、リンちゃん……?」




***




 超アポカリプティカバスターが順調に効いて、だいぶ体調が落ち着いてきたころ。

薬を服用してから数時間もすると、完全にオーバーヒートして錯乱していた頭もかなり冴えてきた。


 高熱から起こる幻聴と幻覚に俺が酷くうなされている間、ファラさんが甲斐甲斐しく看病してくれたのだが、1時間おきに俺が超アポカリプティカバスターを飲む度、ファラさんはネズミを狙う猫みたく、本能をむき出しにして物欲しそうにこちらを凝視しており、彼女を押さえつけたチーさんが”今だ!わしがこやつを押さえつけてる間に超アポカリプティカバスターを飲め!”と必死に訴えている間も、彼女の瞳孔はギランギランに開いていてなんだかちょっと怖かった。


「ふむ、心の声が聞こえるか……。」


「はい、記憶が正しければ、これで三度目です。初めは気のせいかと思いましたが、さっきのファラさんの声で確信しました。」


 そして俺は今、ファラさんが俺の熱を測ろうと先ほど俺のおでこに触れた際に聞こえてきた彼女の声のことを、チーさんに話していた。


「ふーむ、なるほど……。それで”リンちゃん”ねぇ……。」


「俺の愛称ニックネームのことなんてどうでもいいんだよ、もっと他に頭使うことあんだろが。」


 チーさんが腕を組んで重々しく頷くと、ファラさんは控えめにクスリと笑った。


「あのねぇ、言っときますけど俺、マジで困ってるんですよ? 実際、この病気が原因で、仕事中にデブリの声が聞こえた時は、意識を失ってぶっ倒れましたし……。今日はなんか大丈夫でしたけど、また聴こえたらって思うと正直、気が気じゃない……。何度も確認するようで申し訳ないんですけど、リンネって、そーゆー持病があるんじゃないんですか?」


「以前も話したが、リンネとて、わしらとなんら変わらん。業苦か奇跡を宿した少数を除いてはな。」


「業苦と奇跡……。」


「そういえば、キミは心臓の位置に痣があったな。もしかすると……。」


「まさかこの病気(これ)が俺の奇跡だって言いたいんですか。」


「まぁ、確証を得るにはもう少し様子を見る必要があるけどね。だがキミの場合、色々と不可解な現象に見舞われる回数が、普通のリンネよりも多い気がしてな。仮にもその能力が奇跡だとすれば、キミはこれから長い時間、もしかすると一生、その能力と向き合っていかなくてはならないね。」


「一生……この病気と……。なにかの拍子に、心の声が聴こえてくるなんて……。」


「”病気”ね……。キミがキミの奇跡を悩ましく、恨めしく思っているのは、ハッキリ言ってキミ自身の思考の問題だ。どんな力であっても、使い方ひとつで裏にも表にもなるのがこの世のことわり。まずは制御する術を見出さなければならないが……ちと発動条件(ひきがね)を探ってみんことには解らんな。まぁ、仕事の方は心配せんでもいい。わしからマラク君には伝えておくから、体調が万全になるまではちゃんと休みなさい。キミの奇跡の謎も、わしの方で何か対策を考えておくから、安心して寝ていたまえ、”リンちゃん”よ。」


「リンちゃん言うなっつの。」


 揚げてもいない足を取りにきたチーさんがふぉっふぉっふぉと笑い、俺がムキになると、ファラさんはクスクスと目に見えて笑い始める。


 チーさんのダンディな笑い声が無駄に野太く部屋中に響くなか、間抜けな愛称で気分を害した俺の反応を見て、今度はファラさんが笑い出す。

昨日までギクシャクしていたこの空間に、俺もいつの間にか馴染んでいた。

 

 ふたりが笑った途端、俺はなぜだか、昨日の出来事などまるで何も無かったかのように思えてきて、それが少しだけ寂しくもあり、けれど、いつもと変わりないふたりの反応を見て、とても嬉しく思った。


「たくっ……なんだよ、"リンちゃん"て……。」


 家族ふたりと笑いあえる今この瞬間に、俺はすっかり安心してしまって、ふたりに釣られて、俺も自分をさらけ出して笑ってしまった。




――悲しくなるほどに嬉しくて、胸が締めつけられるほどに愛おしくて、こんな自分の器の小ささに、こころの涙は今にも溢れ、零れ落ちそうになっていた。




長い冒険になりそうなので、あまり根を詰めて読みますと、悪い病気に掛かるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほっといてくれ、っていうのは自己中ですよね。それでも人は構うもの。構うだけの理由がある。 リンネ君がどうしてそんなに人を拒むのか、優しさを恐れるのか。 ギャグに耐えながらその理由を求めてい…
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