saliva_2
「おぉ、珍しく良いとこに来たな。」
「え? はぁ。」
12時ちょっと過ぎ、ハルジオンを後にした俺は早速ギルドにやって来た。
受付でウタさんを呼んでもらうと、丁度お昼時だったこともあり、すんなりと執務室に通してくれた。
書類の山から相変わらず不機嫌な顔をヒョコっと出したウタさんが、俺の渡したコロッケを受け取りながら珍しくニコッと笑ったもんで、なんだろう、なにか嫌な予感がする。
「お前、来月の2日、暇か?」
「ん…なんですか?」
うげぇ…こーゆー聞き方、嫌いだなぁ……。
まず要件を言え要件を、と思うのは俺だけじゃないはず。
大概の場合、要件を言ったら断られると思ってそーゆー聞き方するんだ。
暇だったら何なのか、不安でしかないぞまったく。
来月の2日? 2月の2日か……なんかもう用事なくても断りたいが。
「暇かって聞いてんだ。」
う、怖い……。
有無を言わさぬこの鬼め。
そうして俺が黙っていると文字通り間もなく、鬼の形相で圧力を掛けられたわけだが、例え明日親の葬儀だったとしてもこのヒトの前では暇と言わざるを得ないだろう。
なんなら今日が俺の命日になりかねない。
「まぁ、多分……暇ですけど……」
「よ~しよし、お前じゃないといけない案件だからな、よかったわ。
んじゃ2日よろしく。」
そう言いながらウタさんの笑顔は再び書類の山の陰にスッと沈んでいった。
…ておい!
「ちょちょちょ!! なんすかなんすか! なんなんすか!!」
「任務だよ。お前のカスみたいな奇跡が役に立つ素晴らしい任務だ。」
「任務?」
いや、その前にカスとは。
「ほれ。」
間髪入れず、一枚の紙が俺の顔の前に突き出され、俺はおもむろに流れでそれを受け取ってしまった。
多分ギルドへの依頼書だろうけど。
「一から説明するのめんどいからそれ読め。」
ということらしい。
なになに……。
ー 息子が植物になる病に掛かってしまいました。調査し早急に治していただきたく、どうかよろしくお願いします。 ー
ザックリと、そういうことらしい。
依頼者は母親、ケズドラシルという街にいるそうだ。
はて……。
「植物になる病? これ、業苦ですか?」
「さてな。詳しくは直接見てみないと解らん。だが恐らく、どうにもならない案件だ。」
「え、どうにもならないって……」
書類の山に隠れたまま、タバコの煙だけがその陰から上がり始める。
声の調子はいつもと変わらないが、その物言いは何かやり切れなさの様なものを孕んでいて、少し不安になる。
何か事情を知っているのだろうか?
どうにもならない案件、もし仮にそうだとするなら、どうして直ぐに断らないのだろう。
まぁ見てみないと解らないという事は、見てから判断する、という事でもあるけれど。
「なんとなくだが大体の事情は予想がつく。
そしてそれが例え不毛でも、ギルドへ依頼があったら誰かが行かなくちゃならん。
だからお前が必要だって話。」
「はぁ……。」
つまり、俺の奇跡が必要な案件てことだ。
けれどそれは、どう転んでも絶対的に幸福だとは言えない事態だ。
どういうことかというと、そもそも俺の奇跡は、この想いを伝えるこの力は、言葉で届けることができない場合にだけ意味があるという限定的なものなのだ。
それはつまり、ライラや、アスとナツ、そしてフレンさんの時のような状況がほとんどで、嫌な言い方をすると、お手上げ、手遅れな案件、絶望、バッドエンドといったネガティブなワードが当てはまる状態。
「まぁそう不安げな顔をするな、今回は私も行くから。」
「え?」
気が付くとウタさんが書類の山から不機嫌顔をニョキっと出していた。
が、ちょっと待て。
いま、私も行く、と言ったよな?
「さすがにお前一人じゃ不安だからな。
それに無理に押し付ける身としては、お前に一人で行けというのも道理が通らないだろ。」
「え……ウタさんと、行くんですか……?」
すっげぇ不安なんだけど……。
道理云々以前に死ぬんじゃねーの俺。
「あ? テメェ目ん玉エグるぞ。」
「す、すんません……。」
心の声がもろ表情に出ていたようでマジで殺る系のコンビニ強盗に軽くどやされてしまった。
あ~ぁ、こりゃ任務断ってさっさと殺された方がマシだったかもな。
「もちろん上からもちゃんと許可取ったぞ?
たまには青空の下でのんびり仕事してぇしな~。」
と嬉しそうに言いながら腕を広げて思いっきり後ろに伸びをしたウタさんを見て、俺は今すぐ依頼者に謝れと思った。
「たはぁ!」
あーオヤジくせぇ。
このヒト美人なのに、なんだろう、このプライドも何もないド底辺感。
そういえばギルドのボスっていうのはどんな人物なんだろうか。
思えば一度も顔を見たことが無いけれど。
いずれにせよこんな部下がいて大変哀れである。
「ウタさん、ここのボスってどういうヒトなんですか?」
「ん、あぁ、別に、普通。」
ん? あぁ、そう……。
「さいですか。」
真顔で特に興味も無さそうにそう一言返すと、バカみたいに大きなあくびを一つ。
けれどその素っ気ない物言いからは別に仲が悪いとかではなく、単に興味がないだけという気がする。
「そんで、お前は何しに来たの?」
あぁ、そうそう。
強引な任務要請で用事を忘れていたけれど、なかなかどうして、ウタさんにしては鋭い。
「えっとー……。」
なんだっけ。
「あ?」
おうおうちょっと待ってよ……その顔やめてよもう今頑張って思い出すからさ……。
そもそもアンタのせいじゃないか、えーと、えーと……
「そう! 先日話していた記憶を呼び起こす奇跡について聞きたかったんです!」
「あ? それは前も言ったろ、どこの誰だかも解らんって。馬鹿かお前。」
む、バカッて、ムカつくなぁ。
アンタにだけは言われくないわ! このド底辺クズがっ。
「おい、んだその顔この野郎、燃やすぞコラ。」
「ヒィッ! こ、心読まないでくださいよぉ!」
「たくっ。ど底辺クズたぁ失礼なっ。」
「ん……?」
え、ちょっと待って、ヤバい……まじで心読まれてんだけど……。
ウタさんがブチブチと文句を言いながら短くなったタバコを思いきり灰皿に押し潰すのを見て、俺は冷え冷えに肝を冷やした。
「なんか、すみません……。
えっと、俺が聞きたいのはどこから流れて来た噂なのかなってところなんです。
火のない所に煙は立たないといいますし。」
「あん? 火のない所? んなの当たり前だろバカか。」
ムカッ!!
いちいち一言余計だなぁ! このド底辺……美人……。
「…ことわざですよ!
噂があるからには何かしらの根拠があるって、知らないんですか!」
「知るか。くだらねぇ。」
あーもう何このヒト感じ悪いなぁもうイヤよ!
「私がその話を初めて聞いたのは7、8年前だ。
酒場で飲んでる時にお前みたいに無駄にプラプラしてる冒険者の奴からな。」
「くっ!」
んー……。
くそー……けど、心読まれるからなぁー……。
俺がそうして怒りを堪えているとウタさんはどうやらそれを面白がっているらしく、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて話の合間に小ばかにしてくるようになった。
「まぁそれと、言うつもりもなかったが、記憶を呼び起こされたヤツってのは全員自殺したって話だ。」
「え?」
いま、自殺って言ったのか?
また冗談かと思ったが、けれど先ほどのようにウタさんの目は笑ってない。
「それも噂だ。そもそも死んでたら誰がわざわざそれを広めるんだって話だろ。」
「まぁ……そうですけど……。けど……」
「だから知らねーよ。」
何で自殺なんて……そう聞こうと思った時すでに、ウタさんは俺の質問を回答で遮っていた。
「なんか絶望したんじゃねーの? くだらねぇ。
そもそもなんでお前はそんなに前世の記憶に固執するんだ。
言っとくが前世に固執するなんてそんな女々しいヤツこの世界にゃいねーぞ。」
「はぁ……そう、ですね……。」
言葉が、見当たらない。
ただ、無性に気になる、と言う他に答えが見つからない。
実際、何度も自問自答を繰り返したが、未だに不安と迷いは拭い去れていないのだから。
自殺、絶望、前世に、絶望したのか。
記憶を取り戻して、死んだ方がマシだと、そう思ったのか……。
噂だ、ただの噂、けれど……そう言い聞かせようとすればするほど、俺はこの世界に来た時の格好を鮮明に思い出していた。
「リンネはろくな死に方をしていない」と、以前誰かが言っていた気がする。
俺は、記憶を取り戻して……俺は……どうなる……
「おい。」
「え。」
「コロッケ、ありがとな。」
ボーっとしていたように見えただろうか。
それとも今の考えも読まれてたのか、変に気を使わせてしまったらしい。
あのハチミツ味噌チーズを咥えたウタさんに、なんか、珍しく礼を言われた。
「あぁ、いえ。」
「とりま、2月2日な。ケズドラシルはこっからダバで南に3時間くらいだ。
日帰りはキツいからな、2~3日はみといてくれ。」
「はい、わかりました。」
「それと悪いが当日はこのギルドに10時集合で頼む。
ダバ代はこっちで持つからケズブエラからそのまま乗ってこい。」
う~む、ちょいめんどいなぁ……。
「返事はっ!」
「はい。」
「よろしい。」
鬼教官か。
それにしても2~3日か……。
う~む、やはりパトラッシュのお世話が一番のネックだな。
なにしろファラに任せるのは心配だし、アスとナツにまた頼んでみようかな。
アイツらの存在価値ってそれくらいだし。
いや待てよ? アイツら勝手にスパルタ教育しやがるしなぁ…しかもクソくだらねぇ芸仕込むし……。
「話は以上だ。それにしても……」
そうして俺が頭を悩ましていると、余程まずかったのか、いつもより一層険しく眉をひそめてハチミツ味噌チーズ味のコロッケをジッと見つめるウタさん。
一言文句でも言われるのかと思ったが……
「これ、うめぇな。」
「え……。」
味音痴かーい。




