Vindicated_9
「ハわわわ……。」
「だ、大丈夫ですか? シルフィさん……。」
先ほどまでの威勢はどこへやら、エントランスに足を踏み入れた途端、シルフィさんは口元に右手を当ててオドオドし始めた。
まぁ、無理もないが。
セイオシンの館内はまるではなわ君の家のようであり、なんか今にもあのブルジョワァ~ズィ~なBGMが聞こえてきそうであった。
広いエントランスの床は鮮やかな赤色のじゅうたんで埋め尽くされ、大理石のような太い柱があちこちに無駄にあって、正直ちょっと邪魔。
まぁ予想通り、あっちのヒトもこっちのヒトも、どこかの富豪さんかな? って感じで、今にも「ざます」とか「デア~ル」とか聞こえてきそうでありんす。
「さぁ、グレートエリザベスセンチネルアブノーマルリベリオン3世ちゃん、うんまい棒ざます。」
さっそく聞こえて来て草。
「わっフゥ~んッ!!」
サクサクッ!!
みればいかにもお金持ちそうな膨よかなオバ様がペットのデブ犬に駄菓子を与えている。
あ~ぁ、ありゃ相当躾がなってないな、お利口さんなウチのパトラッシュとはえらい違いだね。
サクサクッ!!
「がっはっは~! 吾輩のグレートエリザベスセンチネルアブノーマルリベリオン3世はうんまい棒以外食べないのでデア~ル!!」
これまたいかにもお金持ちそうな膨よかなオジ様が――もう突っ込むのも面倒くさい。
犬の名前とかスルーしようと思ったけど気になって仕方ねぇよ、なんだアブノーマルリベリオン3世って。
壮大なハリウッド映画みたいな名前しやがって。
「うぅ……。」
そして、シルフィさんは相変わらずワタワタと狼狽えていらっしゃる。
その戸惑った姿も可愛いんだけどさ、さっさと終わらせて、はなわ邸から脱出したいってのが今は一番だわな~。
「シルフィさん、落ち着いてください。俺達には確かめなければならないことがあるんじゃないんですか?」
「シーヴさん――そう、そうですよね!」
ちょろ可愛いな~。
俺の惰性から出た薄っぺらい一押しにパァ~ッとシルフィさんの顔が明るくなる。
大丈夫かなこの子、こんなちょろくて。
「ところで、ミリアさん達が泊ってるお部屋は解ってるんですか?」
「それが、流石にそこまでは調べられなかったようで、判らないんですよね。」
調べられなかったようで――て、もしかしてシルフィさん、誰かに調査を依頼したのか?
まぁそれはさて置き、部屋が判らないとなると、2人がこのエントランスに現れるまでここでこっそり待機するほかないが――
「お客様、如何かなされましたか?」
まぁ、そうなるよな。
まるで事件の臭いを嗅ぎつけた様に、こちらへやって来た超できそうな感じのイケメンフロントマンに声を掛けられてしまった。
まぁ当然と言えば当然、いや必然か、俺達みたいな普通の格好のヒトなんてここにはいないわけで、明らかに浮いてるんだ。
故に、こうして受付にもいかずにエントランスの真ん中でワタワタと狼狽えていたら相当に不審がられるのも無理はない。
さて、ここはひとつ気の利いた小芝居を――
「あ、いえ、ちょっとね……。我がゴールド・エクスペリエンス・レクイエム邸に忘れ物してしまったみたいデア~ルっ。はっはっはっ」
先ほどのオジさんに倣って高笑いを決め「あー死にてぇのらー。」そう思いながらチラッとシルフィさんを見る。
「や、やるんですね……。」と、どこか引き気味に覚悟を決めたような表情だ。
そして――
「ザ!! ザマスザマスぅ~!!!
わたくしったらサイクロプスの金のタマゴをうっかり超豪邸ゴールド――ゴールド? えっと……?――邸に忘れてしまったようザマスおっほっほっ!!!」
おいアンタ! 出端くじくようなことすんなよ!!
なんだサイクロプスって!! せめてドラゴンて言えよ!!
ゴールドしか言えてねーしな! まぁそれは俺のせいもあるけど!!
シルフィさんは「ごめんなさいごめんなさい!!」と目で訴えてくるが、こりゃもう流石にどうにもならん。
俺達は問答無用で外につまみ出され――
「そうでしたかっ。」
え? イケメンフロントマンはそう言うと「ははっ」と白い歯をのぞかせて清々しく笑た。
なぜだろうか――その目には先ほどまでの疑念は見当たらない。
「いやはや、ドラゴンの金と言っていたら追い出すところでしたが、サイクロプスの金であれば何も問題ありませんね。」
なにが?
「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム邸の漫才師の方でしたか、いつも当館を御贔屓にしていただきありがとうございます。」
サイコパスは脈絡も意味も解らないまま勝手にあらぬ勘違いをして、凛とした綺麗な歩き方でスタスタとどこかへ去って行った。
金持ち怖い! 意味わからない!! 金持ち怖い怖い!!
「えっと? シルフィさん――これはどういう?」
「解りません。」
ですよね~。
流石にシルフィさんも今しがたの狂気じみた一連のやり取りに動揺しているらしく、表情を強張らせて額に汗を浮かべている。
もしかして俺達、試されてるのかにゃ……?
「けど、とりあえず深夜のハイで乗り切れば良いみたいですよ!」
一転、笑顔になり、自信に満ちた得意げな表情になった。
アンタいま深夜のハイなんか。
ならもう帰って良いか俺。
「はぁ……。それで、どうするんです? 流石に俺も部屋が判らないんじゃお手上げなんですけど……。」
「それなら私に策があります! ここは任せてください!」
「え? ちょ……。」
無駄に自信満々に頷き、真っ直ぐにフロントへズンズンと向かっていくシルフィさん。
不安しかねぇ――今までの経験から言えば、こういう時は必ずなにか起こるからな。
シルフィさんに関しては、ファラ程ではないにしてもちょっと抜けてるところあるし。
「本日はセイオシンへお越し頂き誠にありがとうございます。ご宿泊者様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
丁寧にお辞儀をするフロントマン、これまた出来そうな感じのイケメンだ。
さて、シルフィさん、なにか策があるとは言ったが、この子は一体何をする気なのか……。
俺はひとまず固唾を呑んで見守る形となった。
まぁ間違いなく何か起こるが。




