Vindicated_8
はいはい。
まーね。
そんなわけで、血の池地獄。
当然俺達全員宿を追い出されるかと思ったが、宿主が「これはこれで味があって良いねぇっ!最高っ!」とかなんとか言って免状。
殊更イカレてやがるよ、この世界のヤツらはよ。
というか俺、今日だけで何回死んだのかね。
なんかもう慣れたけどさ、俺、主人公なんだよね、一応。
というか死に過ぎて飽きたよ、いい加減。
まぁそれはもういいとして――俺とシルフィさんは、メノさんとイスタさんの協力の元、部屋で寛ぐ残りの3人の目を盗んであの超高級旅館「セイオシン」にこっそり来ていた。
「いよいよですねっ。」
「はぁ、そっすねー。」
グッと表情が引き締まり、緊張感マシマシのご様子のシルフィさんに反して、俺はどうにも気乗りしなかった。
それは決してコイツ――じゃなくってシルフィさんのパーティングギフトが怖いからとかではない。
というのも、この「セイオシン」門構えから既に品格の次元が違い過ぎてあまりに俺達は場違いなのだ。
例えば、立派な瓦屋根をこさえた大きな赤い門には金の装飾がこれ見よがしに贅沢に施されており、その門から奥にはまるでドミノのように幾重にも連なった赤い鳥居がズラリとみえる。
たしか京都にこんな感じの光景があった気がするが、実際には見たことが無いので定かではない。
また、何食わぬ顔で俺達の脇を通ってセイオシンへ入って行くお客さん達は皆、いかにもお金持ちと見えるこれまた絢爛豪華なクジャクのような恰好をしていた。
その為、俺は至って普通の格好をしている筈なのに、何故だろう、心底居たたまれない気持ちでいっぱいになり、肩身がギュウギュウに狭いのは。
そんなわけで居心地が悪いだけじゃなく、一歩踏み込む事にすら躊躇ってしまうのであった。
「シーヴさん? どうしたんですか?」
場の空気に気圧された俺と違って、意気揚々とズンズン歩みを進めていたシルフィさんが振り返る。
やる気満々で、修羅場不可避だなこりゃ。
まぁ女性なら血なまぐさい殴り合いに発展することも無いだろうが、いざとなったら止めに入らないといけないだろう。
多分その為に俺は連れてこられたんだろうし。
「いえ、別に。」
シルフィさんの後に続いて「辺りに危険がないか」「細心の注意を払いながら」赤い鳥居のトンネルを潜って入口へと歩みを進める。
品のあるシルフィさんの小さな背中。
右肩にクロちゃん。
傷を癒す奇跡と、色盲の業苦。
傷――あ、そういえば……。
「あの、シルフィさん。」
「はい?」
ん? と僅かに首をかしげて再び振り返るシルフィさん。
大事なことを忘れていた。
コロ君の事だ。
先日会った時に勝手にした約束をこうも簡単に忘れるとは、いやはや俺もなかなかのバカ野郎である。
「実は――」
けど、虐待の事は、言わない方が良いか――
「傷を治してあげて欲しいヒトーー友達がいるんですが。」
「傷を……? えぇ、別にいいですけど。」
「そう言ってくれると思っていました、ありがとうございます。」
「けど急に改まって……その方、なにかあったんですか?」
まぁ、理由は聞かれるだろうとは思っていたけど。
けれどこれはデリケートな問題だ、当然俺がいけしゃあしゃあと勝手に触れ回って良い話題ではない。
「まぁちょっと、仕事で怪我してしまったみたいで。」
「はぁ……わかりました……。」
あ、ちょっとテキトーすぎたかな、シルフィさんは納得したのか、してないのか、少し不思議そうに頷くだけだった。
まぁいいか、どのみち嘘は嘘なのだから。
「それで、いつが良いんでしょう?」
「あぁ彼、ケズバロンで屋台をやってるので、シルフィさんの都合がつけばいつでもいいんですけど――」
「そうですか。それなら、そうですね――来年、1月の7日とかどうですか?」
「全然大丈夫です。」
「じゃぁまた、ケズバロンの図書館で、時間は……14時に。」
「はい。彼にも伝えておきますね。」
「じゃぁそれで。」
シルフィさんはニコッと笑って、肩のクロちゃんを両腕で包み込むように抱いた。
「さぁ、そんな事より今はこっちですっ。行きましょう!」
レッツゴー! と右の握りこぶしを掲げて、シルフィさんは再び元気よく歩き始める。
なにかこう、鳥居を潜る度にシルフィさんが元気になってるような――これから起こる修羅場を楽しみにしているような気がするのは気のせいだろうか。
いつになくウキウキな後姿を見ていると、いよいよ入り口が見えて来た。
「おぉ~……。これは凄いですね。」
「わあぁ! 私! 一度でいいからこんなところに泊まってみたいですっ。」
これまた金の装飾の――ご立派な入り口ですこと……。
そうして呆気に取られつつ俺達が入り口の前まで来ると、扉の前に凛と立っていたドアマンが深々と頭を下げる。
「セイオシンへようこそ。
本日は遠路はるばるこの萬恵湯畑へお越し頂きありがとうございます。長旅の疲れを当館の温泉で存分に癒して下さい。」
そう言ってドアマンが赤いの扉に手を掛け、ゆっくりと押し開く。
場違い感、半端ねぇ……。




