You Are All I Have_5
「話は聞かせて貰ったわよシーヴちゃん! ファラちゃんったら、おめでたいじゃない!!」
「ボ、ボーラさん……。」
一体どこから……。
「いや、それより早く止めないと。」
「ちょっとシーヴさん!! 何言ってるんですか!! 乙女の恋路を邪魔するなんて絶対ダメですよっ!!」
「シルフィさんまで……。」
あのあと結局、根負けしたファラはホロさんとデートすることに。
並んで歩く2人――俺が建物の陰からその様子を見ていた時、どこからともなく興奮した様子のボーラさんとシルフィさんが背後から現れたのだ。
ボーラさんは首元にベージュのファーをどっしりこさえた、いかにもロシア軍とかが着ていそうな真っ黒なロングコートを着ていた。
こーゆーの殺意の波動つーのか? おどろおどろしいオーラが湧き出ていて近寄りがたい。
対してシルフィさんは桃色のトレンチコートに白のマフラーとロングスカートが、見た目と相まって控えめでなんとも可愛らしい印象だ。
というかぶっちゃけ結婚してほしい。
「シーヴちゃん、ワタシ達3人であの2人の恋の花、満開にしてあげましょう!」
「え、いや……。」
「ですねっ!!」
などと、2人は目を輝かせて意味不明な事を言っていますが、嫌な予感しかしねぇ。
というかシルフィさん、アナタはあまり近づかないでくれませんか。
俺もう無様に死にたくないので。
建物の陰にへばり付き、デートをしている2人に熱い視線を送るボーラさんとシルフィさんから俺は少し距離を取った。
下手したらまじで、身体がもたんやもしれん。
「あっ! 見てくださいっ! 今ちょっと肩と肩がぶつかりましたよ! あぁ~ん、もどかしいっ!!」
「いいわねいいわね~! あぁもう早くチュッチュッしちゃいなさいよぉっ!!」
ていうかこの2人、たしか面識なかったよな?
何いきなり意気投合してんだよ。俺、もう帰っていいかな。
「あ!!」
ん? なんだ?
勝手に盛り上がってどんどんヒートアップしていくこの2人の背中を冷ややかに見つめていると、遠くに見えるホロさんが何かを踏んだようで突然驚いたように飛び跳ねて叫んだのが見えた。
「ウンコ踏んだれらぁ~~~……。」
「え! ちょ、ちょっと! それ以上アタシに近寄らないでよっ!!!」
どうやら犬か何かのウンコを踏んだらしい……。
必死に逃げ回るファラに泣きながら助けを求めている姿が痛々しい。
「あらあら災難ね……。ホロちゃんあんな調子で大丈夫かしら……。」
「んー…流石に彼氏がウ〇コ踏んで泣きじゃくるのは引きますね~。減点です。」
アンタは何様なんだ。
「あ、でも……。このフルーティーで甘い匂い……。」
突然ホロさんは立ち止まると、何かに気付いたように鼻をスンスンと動かした。
どうやら、なにか良い匂いに集中しているようだったが、なんだろうか?
はて、この近くには屋台も無いし――
「僕が踏んだこのウンコ――クソモグリブタザルのれらっ!!」
「え……。ちょ、嘘……。それって……。」
ホロさんが嬉しそうにそう言うと、反比例するように後ずさりするファラの表情が青ざめ一層引きつるのが見えた。
「ファラさんは知ってるれら?
クソモグリブタザルのウンコを一緒に踏んだカップルは末永く結ばれるって伝説があるれらぁ!
あ! あそこにもクソモグリブタザルのウンコがありますれら!
あ、よくみたらあっちにも! こっちにもあるれら!!
はははっ! 踏み放題れら!! さぁファラさん一緒に全部踏みましょうれらっ!!」
クソモグリブタザルのウンコを踏む――あろうことかそれはカップルにとって幸運の証なのだというが、そもそも何故クソモグリブタザルのウンコがこんな街中至る所に落ちているのかは甚だ疑問であるし、何か見えざる者の力が働いているようにしか思えなかった。
「ちょっと! ほんとに待って! 手引っ張らないでよぉーーー!! いやーーーーー!!」
「そぅれらあっ!! ははぁっ!!」
嫌がるファラの腕を掴んだホロさんは勢いよく飛び跳ね、何故かあちこちにあるそのクソモグリブタザルのウンコを高級感のある綺麗な黒の革靴で嬉しそうに踏んで回っている。
その光景はまるで雨上がりに水溜まりだけを踏んで家路を辿る無邪気な小学生のようでもあったが、これは流石にファラが気の毒であった。
グチャァ。
「もうイヤーー!!!」
「あっ!! まってくださいれらーーーーー!!」
あ~あ、可哀想に。
そして誰得を堪能するホロさんに反してファラはどうにか回避していたのだが、ついにホロさんの腕を振り払って大声で泣きながら観光区の方へ逃げてしまった。
まぁ無理もねーよ。
「あぁ~、惜しかったですね~……。」
――なにが? いい加減にしろ?
シルフィさんは今の騒動を見て「くぅ~っ」と何かを悔しがるように両手の拳を顔の前でグッと握ったが――この子こんなキャラだったっけか。
「そうね、あともう少しの勇気があれば、踏めたわね。」
そーゆー問題じゃないだろう。
ホントにコイツらヒトの気持ちとか解んねぇよなぁ。
ちゃんと見てたか? 泣いて逃げてったぞ、可哀想によ。
俺がファラに同情するなんてなかなかないが、このスチャラカポコ助どもはホントによぉ。
そしてそんな不毛なやり取りをしている内に、逃げ出したファラを慌てて追いかけて行ったホロさんの姿が見えなくなってしまった。
「あ! このままじゃ見失うわよ!! シーヴちゃん! シルフィちゃん! 行くわよ!!」
サササッ!!!
「ですね! 行きましょう! こうなったら何としても結ばれて欲しいです!!」
ササササッ!!!
「……。」
2人は影を渡る伝説の忍びが如く姿勢を低くして建物の陰から飛び出し、ホロさんの駆けて行った後を追い始めた。
が、俺はそろそろ帰りたいんだけど――とはいえ、放っても置けないか……。
あーだる、シム。へへ、のら。
空を仰ぐ、曇りという程でもないが、気が付くと随分と雲が増えていた。
この気温だと雪が降るかもしれないな……。




