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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
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持病

2024/03/17_改稿済み。




 気が付くと、俺は見覚えのある木の天井を仰いでいた。

空間は眠るように静かだが、小窓からは日が差し込んでいるので、まだ日中。


 全身にこんもりと覆いかぶさった砂のような重力に逆らって、ゆっくりと体を起こすと、いつの間にか自分が革のソファに横たわっていたらしいことが解った。

どうやらここはグッドシャーロットの休憩室らしい。




――しかし、なぜ俺は”ここにいるのだろうか”。




 そう考えたところで、どうやらまた気を失ったらしいことが解る。

つい最近にもそうだった時のように、全身がフワフワと軽く、半透明の柔らかな膜が張ったように、気持ちがボンヤリとくぐもっているのを感じる。


 眠っている間に、気持ちが真っ白な光に包まれていた気がして、意識も思考も安らかにボーっとしていて、一度死んだように落ち着いていた。


 淡々と”心ここにあらず”と僅かに自覚しながら、休憩室内を見渡すと、食卓の一番手前のイスに座ってテーブルに肘をつき、だらだとタバコを吸いながら明らかにサボりと思われるアラタさんを見つけた。


「あの、俺……なにが。」


「お、起きたか、新入り。」


 タバコの煙を眺めながら宙を見上げてリラックスしているアラタさんの背中に声を掛けると、アラタさんはフクロウみたいにムクりと首だけをこちらに回し、深く沈んだ真っ黒な目でジロリと俺を見て、ふっと怪しく口角を上げた。


「気分はどうだ。」


「はぁ、まぁ……ちょっと頭がボンヤリします。熱っぽいというか、なんというか……。」


「そうか。マーシュの話だと、急にぶっ倒れて気を失ったって聞いたよ。寝不足で無理したか、それとも元から貧血持ちか?」


「いえ、その……。」


 寝不足ではない。

それに、貧血とも絶対に違う。

そうと直感したものの、石のように固くなった思考は思うように転がらず、ただ言いよどみ、言葉は俺の喉元で硬直する。

意識喪失とも言うべき今の空虚な感覚では、どうやら人と会話をすることすらままならないらしい。


 俺はアラタさんに自分の”持病”を説明することをきっぱりと諦めて、思い起こせる限りの記憶情報に意識を集中することにした。


 まず、俺は朝起きた。

ファラさんの手料理を食べて、いつものように仕事に出かけた。

朝礼が終わって、俺はマーシュさんとC舎で――。


「あ、そういえば出荷って。」


「ウチでの仕事はもう終わった。今はマラク班で手の空いたヤツらが宅配業者までデブリを輸送中だ。」


「そうですか。」


「つーわけだから、りんねっちの仕事のノルマは終わり。疲れてるだろうから、今日はもう帰っていいぞ。」


 どうやら俺が目を覚ますまで傍にいてくれたらしい。

アラタさんはあくび交じりに席を立ち、グッと背筋を伸ばして、厄介事から解放されたように大きなため息を漏らした。


 壁に掛けられた時計を見る。

時刻は27時を回った頃……だいたい昼の3時くらいだろうか。


 俺はどのくらい眠っていたのだろう。

体感では丸一日以上、グッスリと深い眠りの底に沈んでいた気がするが。

今朝の始業時間(16時)から、デブリにリンゴを与えるまでの作業時間を考えると、そのあと実際に俺が眠っていたのは、8時間前後……地球の感覚でいうと3~4時間くらいになるのだろうか。


 つまり俺は、気落ちしたマーシュさんや他のマラク班の人たちに出荷作業の大部分を丸投げして、悠々自適にこのソファで眠っていたことになるのだろう。


 憶測とはいえ、自然と導き出された後ろめたい結論は、俺の胸に”罪悪感”という名の錆びついた大きなくいをドスンと深く打ちつけたようで、不愉快な眩暈にも似た脳震盪のうしんとうをぐらりと誘発する。


 風通しの悪い濁った思考は、徐々に黒いもやとなって、出口のない狭い頭の中でグニャリと鈍く形を歪めながらあっという間に充満し、やがて鉛のようにズッシリと硬直し、地獄のどん底へと俺の精神を沈めていくのだった。


「”ごめんなさい……”。」


 無意識に口をついた六文字が、低くうめいた怨念のように、俺の耳元で不気味に暗く反響する。

何か良くないものに身体を乗っ取られたようで、或いは背後にいる邪悪な存在に光を奪われてしまったようで、救いようのないささやかな自責の念に、俺の気持ちは抵抗することなく、自らの意志で寄り添い始める。


「? 気にすんな。別にアンタのせいじゃない。」


 特に声の調子を変えることも無く、アラタさんは腫れ物に触るように俺を一瞥いちべつして、副流煙をゴワッと吐き捨てた。

その慰めめいた励ましの言葉が今の俺には煙に巻かれたように無神経に感じられて、返事を躊躇うほどに後ろめたく、目も合わせられないほど不愉快で、真偽の判別にひとり溺れるほど、俺は疑心暗鬼に怯えていた。


「そんじゃ、ウチもそろそろ戻るわ。さっさと帰って、家で休みな。」


 タバコも吸い切らないまま、アラタさんは休憩室の表口から出ていった。




耳鳴(リーン)




 パタリという扉の閉まる音は、時間が安楽死した室内に大きく反響する。

同時に、アラタさんと入れ替わりに訪れた孤独と耳鳴りが、俺のこころをじっとりと舐め回し、刺し責めるように背後から睨み付け、ベットリと肩の上に粘着した。




耳鳴(リーン)




――この”持病”のせいで、変な気を使わせてしまっただろうか。




耳鳴(リーン)




――それとも、面倒くさいやつだと、距離を置かれてしまったのだろうか。




耳鳴(リーン)




――いずれにせよ、俺の抱える謎の”持病”が、グッドシャーロット全体に迷惑をかけた事には変わりない。




耳鳴(リーン)




「”ごめんなさい……”。」




耳鳴(リーン)




傍にいる人で、全部変わります。

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