Firefly_2
フレン君と共に村の霊園に着く頃には、それはもう偉い数の白光共が辺りを飛び交っていた。
私の後ろを気だるげについてくる彼は、やはり気が進まないのか、時折振り返ると一層顔色が暗い。
ここ「セオリー オブ ア デッドマン」は墓場のあちこちに蠟燭が立てられており、白光の明かりも手伝って、ヒトの少ないこの村の中では一番明るい場所となる。
「ここ……。どうして、こんなに明るいんですか?」
ふいにボソボソと、後ろから彼の声が聞こえた。
流石にこの奇妙な光景を不思議に思ったらしい。
無理もない、何しろ辺りには私達以外に誰もいないのだから。
「決まっている。みんな、想いビトに会いに来るからだよ。」
「はぁ……。そうですか……。」
彼は相変わらず面倒くさそうに返事をするだけだった。
まぁ、今は半信半疑のままでいい。
こんな時間に墓地をうろつくなんて、一般では考えられない行為だからね。
「着いたよ。」
そうして暫くフレン君を後ろに従えて、月と薄明りの灯る墓場を進むと、兄さんの立派な墓が姿を現した。
「ふぅ……。」
私が歩みを止めると、今度はため息と共に僅かに緊張した気配を感じる。
横から吹く緩やかな風で、蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れる。
堂々と刻まれた「想」という文字――読めずとも、今の彼には届くだろう。
「タバコ、一本貰えるかな。」
私がそう言うと、彼は緊張した面持ちのままタバコをズボンのポケットから取り出した。
僅かに震える彼の手からそれを受け取り、持っていたマッチで火をつける。
「ふぅ……。」
私がふかしたタバコの煙を見て、彼もタバコを口に咥えた。
兄さん、ちゃんと連れて来たよ――あとは彼が――彼次第だ……。
兄さんはいつも正しく、そして強かった。
誰が何と言おうと、兄さんは私の誇りだ。
けれど――例えどれだけ正しくとも、沢山間違えた。
彼がそれを受け入れられるか、許すことができるか――それはもう、彼次第だ。
けれどね、ここに来た――それがもう答えだと思うから、後は静かに聞いてあげて欲しい。
彼の想いの丈を――
「フレン君、ワシは妻の墓の方に行ってくるよ。」
兄さんの墓前で無言で煙をふかす彼を残し、私は嘘をついて、少し離れた木陰に腰を下ろして見守ることにした。
白光が寄り添うように、私の腰かけた辺りに寄ってくる。
あぁ、お前達の想いも、いつか浮かばれると良いね――
「お父さん……。」
フレン君は左手をズボンのポッケに突っ込んだままタバコを宙にふかすと、兄さんの墓の前で静かに、ポツリポツリと、少しずつ、少しずつ、その想いを紡ぎ始めた。
「た――ただい、ま……。……。ただいま――も、戻りまし、た……。」
声は震え、その横顔は強張り、肩が小刻みに震えている。
それでいい――それでいいんだ。
キミはもっと、泣けばよかった。
「もどるのが、おそく、なって……。」
大きくなろうと、大きくなければならないと、いつも一生懸命努めて来たね。
けれどもういいんだ。
もう、背伸びはしなくていいから――
「すみません……。」
墓石にそっと左手を掛けて静かに紡ぐ彼の目から、キラキラと蝋燭の明かりに照らされて何度も涙が零れ落ちるのが見えた。
やっと、素直になれたのだろう――
やっと、帰ってこられたのだろう――
彼の想いも、願いも、失われていた時間も――
「守れ、なくて……。……。
僕は――俺は何も……。エルザも……ルーシィも……。
大事な……家族を……。なに一つ……守れなくて……。
アナタはいつも、俺の事……想ってくれてたのに……。
俺はそれを、知ってたのに……。
ほんとは……。ずっとアナタがすきだった……。
アナタは……厳しかったけど、尊敬していたんです……。
ほんとうはもっと、話したいことがいっぱいあったんだ……。
もっとたくさん、アナタには聞いて欲しい話がいっぱいあったんだ……。
けれど俺は、大黒柱なんだって……。しっかりしなきゃダメなんだと思って……。
アナタのくれた言葉の意味なんて、考えもしないで……。
いまになって、こうして戻って来たって、もう――アナタはいないのに……。
エルザやルゥは、もういないのに……。
こうなる、前に……。俺はもっと、本気で――」
そこに
「泣いていればよかった……。」
どれだけの想いがあったかは、私にもわからない。
計り知れない想いの大きさを、溢れ続ける涙と嗚咽が永延に絶叫していた。
夜の静寂と満点の星空が、誰もいないこの場所で「今はありったけ泣き叫べ」と、彼に訴えるかのように輝いている。
そうしてただ子供のように泣いていると、彼が左手を掛けた兄さんの墓石に、一匹の白光が止まった。
想――という文字をなぞる様に、その場所を優しく照らして。
呆気に取られた彼がそれを静かに見つめていると、それはゆっくりと宙へ浮かび、今度は彼の左手に止まるのだった。
あぁ、良い夜だ。
「今まで……。本当に……。」
良い夜だよ――
「ありがとう、ございました……。」
お帰り――フレン・モーメント。
私はタバコの灰を落とし、それを口に咥えた。
そして――
「今日ならきっと――会えると思っていたよ、サラ……。」
タバコを指で挟んだ私の左手にも、一匹の白光が、そっと止まっていた。
暫く寄り添うようにその灯りを見つめていると、それはゆらゆらと、優しく笑う様に、ゆっくりと星空へと還って行く――
「今まで、ありがとう。――お休み、サラ。」
満天の星空を見上げて、きっと――私は笑っていただろう。




