Daddy_2
「おや! ほんとに来たのかい! 懐かしいねぇ!」
「どうも……。」
な、懐かしいな……。
このしゃかりきなテンション――小さい頃は特に苦手だったのを思い出した。
俺はルギィさんと別れたのち、妹のラナンさんの経営しているという「ヴァレーハート」に訪れた。
ラナンさんは何年たっても変わらない、いつまでも雰囲気が若く、誰なのか一目でわかる。
「ラナンさん、お久しぶりです。」
「まぁこんな大きくなって! おや、ちょっと老けたかい?」
思った事をなんでも言う癖、変わってない――
「はぁ……。そうかもしれません。」
「ほっほっほっ。まぁ元気そうでよかったさね。ほら、これが鍵ね。部屋は2階だよ。
あそーだ、その前になんか飲むかい? ちょっと話そうじゃないか。」
相変わらず目まぐるしい勢いで喋るヒトだ……。
俺はエントランスの客席に座らされ、活き活きと喋るラナンさんとしばし歓談した。
ラナンさんは数日前ここに来たシーヴ君とファラちゃんの話を、まるで孫の事でも語るように、嬉しそうに話していた。
「それであの坊主、ゴリラの鼻くそ入りのアイスティーを飲んだのさ!
まったくバカだよねぇ~~~!!」
「な、なるほど……。」
シーヴ君、可哀想に……。
聞けばゴリラの鼻くその入ったアイスティーを飲んだり、殺人の冤罪をかけられたり、オバケ騒動に見舞われたり「絶倫パコパコ媚薬太郎」で熱い夜を過ごしたり――俺があの部屋で眠っていた数日の間、どうやら彼は大変な目にばかり遭っていたようだ。
「ほっほっほっ。まぁけど、あの子らのお陰かね。
今アンタが、生きてこうしてあたしと喋ってるのは。」
「……。」
ラナンさんは大声で笑うと、穏やかな表情で俺の顔をジッと見つめていた。
それがやたらに極まりが悪く、思わず目を逸らしてしまう。
居心地の悪さというか、むず痒さというか、とても居たたまれない気分になった。
「フレン、元気そうで本当によかったよ。」
「どうも……。」
「正直、本人の前では言うまいと思ってたんだけどね、アンタは小さい頃から気が強かったから――」
「え……。」
「きっと早くに亡くなった両親に、心配させまいと頑張ってたんだろうけどね。
――張りつめて、張りつめて、張りつめて…あの頃から本当に大変だったねぇ。」
……。
「一人で生きていく、一人で何でも超えていく。それは一人だったから出来たんだよ。
アンタはそれを家族に持ち込んでしまった。」
なんで、そんな話を……。
「独りで全部しょい込んでね。」
今更…そんな話なんか……。
「家族ってのは、その親の代までの繋がりさね。
みんなで助け合っていかなきゃ、夫婦だけじゃいつか苦しい時が来る。
もっとあたしらを頼ってよかったんだよ。」
なら――どうして――
「どうして!!! …………。…助けて、くれなかったんですか……。
俺は……。俺は……。そんな、誰かを頼る余裕すらも、なくて……。」
喉の奥が……苦しい……。
「考える――余裕すら、なくて……。アナタたちを――突き放して……。」
締め付けられるようだ……。
「知ってたなら、どうして……。助けて、くれなかったんですか……。そんな話、今更されたって、もう何も――」
何も――帰って、こないのに……。
「ずっと……。力になりたかった。」
そんな、言葉――
「え……。」
「――けどね、助けられないのさ。ずっと、アンタがそれを望んでいなかったじゃないか。
だからいま、今更になってやっと……。やっとこんな大事な話ができるんじゃないか。」
ラナンさんは、泣いていた。
静かに。
そうか……。
ずっと……。ずっと……。
小さい頃から両親の居なかった俺は、よく近所に住んでいたこのヒトの世話になっていた。
けどあの頃から俺は、周りの大人たちに子供扱いされるのが嫌で、だれにも、心配かけたくなくて……。
早く、早く立派に――大人になりたかった。
俺は――ずっと、子供のまま、間違え続けていた……のだろうか……。
このヒトは――ずっと……。
見ていたんだ。俺のことを――
「本当に、辛かったね……。ほんとうに……。」
待っていて、くれてたんだ……。
「あの……。僕は……。」
俺が、ここに帰ってくるのを――
「なにも、なにも――言わなくていいさね。全部、解ってるからね。」
「……。はい……。」
ただいま、ラナンさん――




