Cold Play_7
「それじゃぁ、乾杯。」
「かんぱ~いっ!! ぐっ……!! ぐっ……!! ぷっはぁ~~~!!!」
「はっはっはっ、ファラちゃん相変わらずいい飲みっぷりだねぇ。ほら、シーヴ君も遠慮せず飲みなさい。」
「はぁ、どうも。それじゃぁ。」
時刻は18時。
俺達は「ゴリラの鼻くそアイスティー事件」の後、ルギィさんの妹であるラナンさんから酒場の場所を教えてもらい、約束の時間より少し前に到着した。
村はずれ、川沿いにある落ち着いた雰囲気の酒場――コールドプレイ。
そこに俺達が到着するより前にルギィさんは着いていたようで、中に入ると既に一杯やった後のようでなんとなく良い感じに出来上がった様子だった。
日は暮れたがまだ時間が早いからか、お客さんは俺たち以外にほとんどいない。
女性がひっそりとカウンターの隅に一人で座っている。
それと円卓に若い夫婦が1組だけだった。
そんな落ち着いた店内の雰囲気もお構いなしに、ファラは浮かれたバカ学生のように豪快に酒を煽っていた。
「おじさーん! オフスプラベルはある?」
「あるよ、プリティフライになるけど、いいかい。」
「やった~! ありがと~!」
コイツは何というか、パンクしてるよなぁ……。
カウンターではしゃぐファラに反して、ルギィさんはなんとも落ち着いた様子で静かにお酒を飲んでいる。
「わっはっは~~~! ぉきゃわりぃっ!」
「……。」
アイツはよぉ……。
俺とルギィさんの座った席からは川と夕闇の空が少し開いた窓から見える。
時折涼しい風がそこから入り込み、虫の声と相まってそれはなんとも心地が良かった。
「あの、ルギィさん。」
「ん? なんだい。」
「その、明日の事なんですけど。」
「あぁ、観光ね。」
観光……。
まぁ、いいか。
「あの日記を託す上で、キミには見といてもらいたいモノが幾つかあるからね。どれ、地図を――」
そう言うとルギィさんは胸のポッケから畳まれた地図を取り出し、それをテーブルに広げた。
「今いるのがココ、ケズマラディークの外れだね。
その右上にあるのが、ケズトロフィス。だが、いまこの場所は、海の一部だ。」
「うわ……。」
街が丸ごと沈んだというが、こうして地図で見ても相当デカいな……。
不自然に水色が、膨らんだ風船のように大地に食い込んでいるのが描かれている。
「キミらの泊まってる宿はここ。まずは――宿から真上に位置するこの『紅星灯台』が近いな。」
「アカホシ――灯台ですか?? そんなところに何が。」
先ほど「日記を託すうえで」といったが、灯台……?
というのがちょっとよく解らない。
「なに、ここを通った方が道に迷いにくいというだけだよ。ここは少し高台になっていてね、遠くまで海の水平線が見渡せるんだ。
そこを降りると浜辺がある。昔は街の家族やカップルたちが、よくこの浜辺に遊びに来ていてね。もちろん、フレン君たちもね。」
「海……。」
海か……。
遊びに行くのではないと解っていても、俺は何故だか少しワクワクしてしまった。
記憶にはないが「海は楽しかった」という感覚が俺の中には確かにある。
「そしてこの灯台から道沿いに、ケズトロフィスへ向かう途中に霊園『アッシュズ リメイン』がある。
この霊園に、エルザとルゥちゃんの眠っているお墓がある。」
「霊園。」
あれ――なにか……。
なんだろう……。俺は――なにか、見落として、いる……。
霊園――お墓……。
お墓……葬――あ……。
「あの……。」
聞かずには、いられない――
「凄い失礼な事聞くかもしれないんで、先に謝っておきますが……。」
「ん? なんだい?」
「お葬式――やったんですか……?」
できれば、信じたくない。
「葬儀かい?」
フレンさん――
「もちろん。」
アンタ――
「兄さんも、エルザとルゥちゃんも――」
なにしてんだよ……。
「葬儀はちゃんとしたさ。」
なんでアンタ――
「シーヴ君……。」
自分の家族の葬式に出てないんだ……。
「フレンさんは――」
シゴールさんが、いたから――
「――来なかったんですね。」
「……。」
シゴールさんが、いたから。
エルザさんとルーシィちゃんの葬儀に、シゴールさんがいたからか?
そんな理由で――
「ふざけてる……。こんな――ふざけた話。」
どこまでもふざけてる。
知れば知るほど、救いようがなくなっていく。
俺はあのヒトを救い出す前に、あのヒトを――人間として――見れなくなりそうだ……。
俺は一体、何を、救おうとしているんだろうか――
「シーヴ君。気持ちはわかる。ワシらも同じ気持ちでいる。」
「あんなやつを――」
「シーヴ君、しっかりしてくれ。キミは何しにここまで来た。」
「……。わかっています……。大丈夫です。自分で、決めたことですから――必ず全うします……。
けれど、俺はあのヒトを……。今までのように優しいヒトだとはもう、思えない……。」
辛いのは――アンタ一人じゃないんだぞ……。
アンタは――アンタは周りのヒトの想いを、気持ちを、心を、こんなにもズタズタに踏みにじって、今ものうのうと生きているんだよ……。
わかってんのか――
気が付くとルギィさんが神妙な面持ちをしていたのは、きっと俺がこんな顔をしていたからだろう。
怒りと悔しさと歯がゆさと――一度にあらゆる感情が頭を埋め尽くし、眉間に皺が寄り、口元が歪んだ。
僅かに開いた小窓に反射して写る俺の顔は、まるで別人だったと思う。
「解ってんのかよ……。」
あぁクソ……。
クソ――クソ――クソ――ダメだ……。
俺、熱くなってる……。
「すみません。少し夜風に当たって来ても良いですか……。」
「あぁ、ゆっくりしといで。マスター、エブリデイライフを……。」
「…はいよ……。」




