Cold Play_1
「それじゃ、いくか。」
「オッケーっ! 美味しいもの沢山あるかなあ~? しー君楽しみだね~!」
「あんなぁ、遊び行くんじゃないんだぞ?」
「おーき~どーき~! わかってるって~!」
次の日、朝の8時。
俺達は部屋で朝食を済ませて宿を発った。
俺はフレンさんの為に。
ファラはまだ見ぬ美食の為に。
それぞれの思いを胸に、ついに今日ケズトロフィスを目指す――
昨日あのあと、俺達はフレンさんと少し口論になったことをボーラさんに謝罪した。
それに関しては、フレンさんの様子がいつもと変わらなかったらしく特にお咎めはなかった。
そして実は昨日の昼、俺が図書館に行く頃には既にルギィさんから手紙の返事が来ていたらしく、早速ボーラさんから手紙を預かったのだ。
手紙には歓迎ととれる内容と共に地図が添えられていた。
***
~ 親愛なるボーラ君へ。 ~
子供たちがバカンスに来たいという事で、大変楽しみにしています。
ウチの近くで妹が宿を経営しているので、いつでも泊まれるようにこちらで手配をしておきますね。
それにしてもまさかあのボーラ君に2人も子供ができるなんて、叔父さんビックリして腰が抜けました。
腰が抜けるほど驚いたのはヒケコイの最終話を読んだ時以来です。
まさか不死身の火消しと謳われたあのヨシネンが、愛するコトミさんを庇って最後は炎に焼かれて死んでしまうとは……。
そしてヨシネンの死によって、死んだはずのお父さんは自分の過ちに気付きヒトとしての心の炎を取り戻しました。
ヒケコイはまさにラブロマンスのレジェンドです。
こんなに儚くも愛おしい作品は他にありません。
ヒケコイは私のすべてです。
~ ルギィより。 ~
***
いやだからしっかりネタバレしてくんなや!
なんか変な勘違いしてるしよ!!
道理でボーラさんがなんだか虚しそうな顔してると思ったよ!
お陰でめちゃくちゃ気まずくなったわっ!!
ありがとよっ! 色んな意味でなっ!! バカ野郎!
そんなわけで現在――俺達はルギィさんから貰った地図を頼りにケズバロンから北北西にある村、ケズマラディークを目指してダバに揺られていた。
いかにも普段ヒトが通らなそうな林道の緩やかな下り坂をひたすら進む。
なんでもダバに乗って向かっても最短で4時間はかかるらしい。
「これは予想以上に大変な道のりになりそうだな……。」
「ん? こんなの寝てればすぐよ。」
「お前、もうちょっとダバをねぎらえよ……。」
ケズデットからケズバロンを目指して旅に出たあの日を思い出す。
あの日は徒歩だったからな……。
希望と期待でどこまでも歩いていける気がしていたけど、今にしてみれば恐ろしい……。
「あそーだ、すっかり忘れてた。ねぇねぇしー君。」
「ん?」
「じゃ~んっ!!」
「は? なんだそれ。」
毛?――
「これは、ウィッグですっ!!」
ウィッグ……?
ファラは嬉しそうに俺の顔の前にフリフリとその得体のしれない馬のしっぽみたいのを突き出した。
ウィッグって、なんだ?
「ほら、頭こっちに向けて?つけてあげるからっ。」
「え? あぁ……。」
なんかよく解らんが、悪いようにはされなさそうだ。
ファラは俺のウンコ帽子を取ると俺の髪に何やらしているようだった。
もしかしてこれ――
「これをしー君の頭の禿げたところに着ければ~?
あ~らふしぎぃ~っ! まるで禿げなんて無かったかのように自然な仕上がりにぃ~。」
満足気な笑顔のファラから解放され、手鏡を向けられる。
それを覗き込むと、なんと――
「おぉ~~!!」
なんとなんと!
なんとなんとこれはなんと!!
俺のハゲが!! 無くなってるではないかっ!!
「すっげぇぇええええ!! まじ!? え! まじぃ!?」
よいではないか! よいではないかっ!!
「へっへっへぇ~!! 感謝したまえよぉ? ワトソンく~ん?」
「おぉ! 感謝する! 感謝するよ崇めるよ!! まじありがとう! おまえコレすげぇよ!!」
「えっへへ、昨日しー君が図書館行ってる間に買ってきたんだ~。気に入ってもらえて何よりですっ。」
はぁ……。ありがてぇ……。
このまま髪が生え揃うまでこのウンコ帽子を被ることになると思ってたから……。
感謝しかねぇよ、ホントに……。
「お、俺の為に……。ありがとうなぁ……。ファラ……。」
「しー君……。」
ファラが真剣な表情で右手を差し出す。
俺は思わずその手を両手でギュッと握っていた。
強く。強く――
この時初めて、俺達の間に強い絆が芽生えたのだと思う。
そうして林道を抜けると、突然妙な岩壁に囲まれた細い道に出た。
「あれ――なんだここ。なんで急にこんな地形になるんだ?」
「今通ってきた林道って昔は湖だったそうよ?
確かケズバロンが栄えてきたから、無理やり道を切り開いたんだっておじいちゃんが言ってた気がする。」
「そうなんだ……。それにしてもお粗末なつくりだな……。」
よく見りゃいたるところに落石注意の看板がある。
岩壁が脆く危険な場所のようだし、注意して進んだ方が良さそうだ。
時刻は10時、ここを抜ければもう2時間もしないでケズマラディークに到着するだろうが――
「腹減ったし、そろそろ飯にするか。」
「わーい!! さんせーい!!!」
ファラは早速ダバから飛び降りると目にもとまらぬ速さでお弁当を広げて食べ始めた。
唯一の特技。
好きこそものの上手慣れ。
そんなファラの様子に呆れながらも俺はダバを休ませながら食事を与える。
「……。」
俺が落石の心配をしながら美味しくサンドイッチを食べていると、ファラは不思議そうに岩壁をジーっと見つめていた。
なんだ? どうしたんだ?
「また虫でも見っけたのか?」
「……。あ! ねぇ見て見てしー君!」
何かに気付いたようで、突然立ち上がると岩壁の方へせっせと走って行ったが――
なんだ? やっぱ虫か?
「危ないからあんま近づくなよなー。」
「あの壁おもしろ~い! なんであそこだけ色がちょっと違うんだろ?」
ファラは岩壁の飛び出た岩を指さしながら、その真下へのこのこと近づいていった。
だから近づくなって言ってんのに。
しかしファラの見上げた先にあるあの岩――
「んー……。なんか、なんだろ……。」
ふと色の違うその部分に俺は奇妙な違和感を覚えた。
一見すると周りの背景と同じ色なのだが、なんというか塗りが雑というか、後から付け足したようなやたら安っぽいお粗末な感じなのだ。
それはいかにも――
ミシミシッ……。
「ん? なんだ? なにかが……。あっ!!」
ガクッ!!!
「あー! おいバカー! そーゆー安っぽい色のは落ちてくるお約束なんだよっ!!」
「ほぇ?」
ファラはその落ちてくるその巨大な岩をぽけーっと見つめている。
ヒュゥ~~~~!!!
「ファラーーーーー!!!」
あーーもうバカ野郎っもうダメだ! ペチャンコにされる!!
ー ズゴオオオオオォオォオオオンッッッ!!! ー
「どぇぇえええええええ!?!?」
「ダバーーーーーー!?!?」
そのあり得ない光景に、俺だけでなくダバまでもが目を見開いて悲鳴を上げていた。
無残に押し潰されると思われたファラがハエでも払う様にその岩を軽くハタくと、それは紙風船のようにポンっと軽く吹っ飛び岩壁に当たって粉々に砕け散ったのだ。
「え!? は!? え!? おま!? え!? えぇ!?」
ゴムボール!? え? ゴムボールだったのかいっ?!
「え? なに……? やだもう、そんなに驚かないでよ……。アタシ別に怪力じゃないよ?
魔法。ほら、一瞬だけ重さを変えられる魔法があるって言ったでしょ? アレアレっ。」
「えー……。」
恥ずかしそうに控えめに笑うが、色々と心臓に悪いぞ。
新手のドッキリかと思ったわマジで……。
いや、まじビビったぁ~……。
「あっ! よく見たらあちこちにあるっ!
ねぇもしかしてアレもコレも近づいたら全部落ちてくるのかなっ?――よぉ~~~しっ!!」
ファラは嬉々として変な色の岩の下へ「ひゃっは~~~!!」と叫びながら走っていった。
するとやはり変な色の岩はミシッと音を立てて崩れて、まるで狙ったようにファラ目掛けて落下するのだった。
ミシミシッ……。
ガクッ!!!
ヒュゥ~~~~!!!
ー ズゴオオオオオォオォオオオンッッッ!!! ー
「ぅおぉ~~~! た~~~のし~~~い!!」
どうやらファラはその奇行に快感を覚えたようで、次から次へと落ちてくる岩を粉砕しながら、新しいおもちゃを手にした子供の様に目を輝かせて喜んでいた。
ミシミシッ……。
ガクッ!!!
ヒュゥ~~~~!!!
ー ズゴオオオオオォオォオオオンッッッ!!! ー
ミシミシッ……。
ガクッ!!!
ヒュゥ~~~~!!!
ー ズゴオオオオオォオォオオオンッッッ!!! ー
ミシミシッ……。
ガクッ!!!
ヒュゥ~~~~!!!
ー ズゴオオオオオォオォオオオンッッッ!!! ー
そうしてズゴーン! バゴーン! と次々に罠を破壊して回っていく。
なんつーか、絵面がクッソきめぇんだなこれが。
「あっははっ! コレおもしろ~いっ! ほらみてみてっ! しー君もやれば良いのにっ!」
そんな頭のおかしい事お前にしか出来ねーよゴリラマジシャンガール。
まぁお陰で落石の心配は少しもなくなったがよ……。
「ぐぬぬ、解せぬ……。」
そんな岩壁の心の声が聞こえてくるような光景であった。
「おーい――」
「ん?」
なんだろうか、空耳か?
どっかから声が聞こえたような……。
ズグダンズンブングンゲーム。




