Verge_1
「なんですか? その頭のウンチは。」
「ん、あぁ、ちょっとカットに失敗してね。はは……。」
「そうですか。まぁ似合ってるとは思いますけど。」
次の日の朝、俺はアスとナツの元を訪れた。
暫く留守にすることになると思い、パトラッシュの事でお願いに来たのだ。
そして今は家の前で2人と話をしているところ。
アス――相変わらず挨拶代わりに的確なジャブを打ち込んでくる嫌なヤツだ。
コイツの来世は間違いなくまた黒印持ちだろう。
「兄者、シーヴさんは別に好きで被ってるわけじゃないと思いますよ。」
「弟者、シーヴさんは生粋のド変態なんだ。
だからこーゆー変な格好をして笑われることに快感を覚える気の触れた狂人なんだよ。」
「なるほど、さすがシーヴさん。」
「いや、違うぞナツ君……。兄者、お前はもう喋るな。」
「むっ。」
アスが俺を睨んだ。
なんだよ、やんのかこの野郎。
出るとこ出てもいいんだぞ、腹話術の恨みもあるしなぁ?
お前にだけは絶対負けねぇ。
「あ、あの……。」
バチバチと火花を散らしてメンチを切っていると、ナツが突然頬を赤く染めて火消しに恋する乙女の様にモジモジと気持ち悪い動きをし始めた。
「――ところで、今日はあの、お胸の大きなおねぇさん、一緒じゃないんですか?
僕、またあの乳に抱かれたいんですけど……。」
コイツもコイツでゲスいな。
「ファラは多分まだ寝てるよ。あんまヒトの事言えないけど、アイツもグータラだからさ。」
「そう……です……か――ガクガクガクガクガクガクッ……。」
「いやそんなにガクガクする??」
露骨にガクガクッと肩を落とし、急にナツの顔色が悪くなった。
こんな顔色悪くなるヒトいままで見たことないんだけど、なにコイツ。
ヘンな病気なんじゃねーの?
「いえ、なんといいますか……。アーカイヴのお姉さんたちとは乳の質がまるで違うので……。
中毒性と言いますか、抱擁感が違うんですよ。あの柔らかみ――まるで突きたてのオモチのような……。」
「突きたての、オモチ……?」
まぁ……。
それは、解らんでもないが……。
「はい。蟻とゴリラくらい違います。」
いやその例えで大分理解が遠のいたぞ。
まずどっちが蟻でどっちがゴリラだ……。
「弟者、シーヴさんが喜ぶからそのくらいでやめておけ。」
「え、嘘――さすがシーヴさん……。」
「喜ばねぇよてめぇこの野郎!!――けど大きさで言えばアーカイヴのエヴァー……なんとかさんの方が大きかったよね?」
「ちっちっちっ。乳だけに……。」
うわ、今日イチつまんねー。
俺がそう言うとナツはドヤ顔で左のヒト差し指を振り始めた。
なんか急に元気になったのがキモいな。
「……。」
「甘いですねぇ~シーヴさん。アンタおおあまちゃんだっ。」
「アンタ?」
「大きければいいというモノではないんです。たしかにエヴァーストームさんの乳は偉大です。
けれどあのヒトのは蹂躙――完全なる支配、暴力の最果て。いわば乳のドミネーターなんです。」
「乳の、ドミネーター……?」
あ、スタッフさーん。巻きでお願いしまーす。
「――対するファラさん。確かに大きさでは惜しくもエヴァーストームさんに一歩劣ります。
しかしまるで包み込むようなあの慈愛に満ちた優しい弾力……。
いや、弾力なんて反発感のある言葉では説明のしようが無い程のディープなフィッティング……。
そう、あれは乳のフェイスハガーなんです。」
「おまえそれ何か知ってて言ってんのか?」
どこの寄生虫だよ……。
――あぁ、なんかでも半分あってんなぁ……。
「ところでシーヴさん、わざわざ乳の話をしに来たんですか? だとしたら相当キモいですけど。」
「いやちげーよっ! ムカつくなお前はよぉっ!」
たくっ! こんなヤツら助けなきゃよかったよ! まじで!!
2人はすっとぼけた顔をして俺をジーっと見ている。
寸分狂いなく同じ顔しやがって――クソ、ぶん殴りてぇ。
「もうお前らじゃ話進まねぇからチトさん呼んで来てくれよ!!」
「お爺さんは昨日の夜からケズデットの社交ダンスに出掛けています。」
「え? そうなの? へ~、社交ダンスか。意外と活発なんだなチトさん。」
「え~と、たしか――」
アスは何やら考え込むように視線を上の方に逸らした。
そういえばケズデットなんて、暫く帰ってないな……。
マラクさん、マーシュさん元気かな……。
キームさんにタークさん、相変わらずアラタさんに叱られていそうだ。
ドナドナの刑――なんか懐かしいな……。
チトさんも、あれから変わりないだろうか。
「何でも今日は大会があるとかで、朝から床の上で頭から勢いよくグルグルと回っていました。
このヘッドスピンがちとムズイ、とかどうとか……。正直ウザかったです。」
「それブレイキンな方のダンスじゃねーか……。お前のお爺ちゃん相当やべーぞ……。」
そもそも社交ダンスじゃねーだろ。
しかもまじでペアでやるんだったら殊更イカれてるぞ。
「はぁ……。まぁそんなわけで今は僕らだけです。
――もういいですか? 僕らも忙しいので用が済んだならさっさと帰ってください。
さ、弟者、入ろう、これ以上このヒトといると身体に障る。」
「はい、兄者。」
「済んでないだろ! 乳とブレイキンの話しかしてねーぞ!!」
「え? それがしたくてわざわざ来たんでしょう? 気持ち悪い。」
「ちっげーーーーよっ!? あとお前! 今の結構傷つくからな!?」
「ふふっ、冗談ですよぉ~。
そのウンコみたいな帽子を見てると、ついからかいたくなってしまって。はい、すいまて~ん。」
「くっ!!」
アスはほくそ笑むと、ウィンク混じりに片手を頭に添えて小憎たらしくペコリペコ〜っと謝ってきた。
うっぜぇなぁコイツまじ。
「ゲホッ――ゲホッ! ゲホッ!!」
「は、弟者……。」
「え? おい大丈夫か……?」
そんなアスの憎たらしい顔と睨み合っているとナツが急に激しく咳込み始めた。
流石にただ事ではない様子から、よろけたナツの身体をすかさずアスが支えたが、どこか身体の具合でも悪いのだろうか?
さっきも身体に触るとか失礼なことを言ったが、実際熱でもあるならパトラッシュの世話など頼めそうもないが……。
どうしたものか――
「うっ、すみません、兄者――ゲホッ……。」
「――いけない。シーヴ菌に身体を蝕まれているんだ……。」
おい、いま菌つったかコイツ。
なぁ、言ったよなぁ。
「兄者、シーヴさんを――こらしめて……。」
「おいコラ。」
「あぁ、まかせろ。」
「なんだその顔はぁ!!」
アスがキッと俺を睨み、右手でナツの身体を支えながら、左の手を高く掲げて指をパチンと鳴らし――
「サモン、アーカイブ。」
サモン? アーカイヴ……?
その瞬間、ドンッと地鳴りがして縦揺れの激しい地震が起こり――
「なに! ――ハッ!」
これは――来るっ!!
「いたぞーーーーーーー!! やっちまええぇぇぇええええええええ!!」
「げぇぇええええ! てめぇなんてもん召喚してんだっ!」
「ふっ、お仕置きの時間だよ、坊や。」
徐々に大きくなる地鳴り、ほくそ笑む双子、迫りくる乳ウシの群れ。
ケズブエラの災厄、ショタっ子親衛隊「アーカイヴ」だ――
「オラてめぇこのボケ老害コラァ!! ウチらのアス様とナツ様に何しやがったぁぁああああ!!」
ひぃ!! エヴァーストーム!!
相変わらずハッとするほどお美しいー!!!
「調子こいてっとウィンナー引きちぎるぞコラァ!!」
「ケツの穴に木の棒突っ込まれてぇかこのブタ野郎!!」
ヴァージ!! そしてルミナス!!
なんか歪つなゴツイ木の棒持ってる!!!
しまった! 囲まれた! に! 逃げられねぇ!!
「あらあら? またアナタですの?
本当に学習しない愚かなゴミ猿ですわねぇ? ねぇそう思わないフォール?」
「うっふふ、そうねエコーズ姉さん。
履き替えたばかりのこのポイズンニードルデッドパンチングスパイクの威力を試す絶好の機会ですわ。」
エコーズ!! フォール!!
トゲだけで20cmはありそうなそのスパイクで俺に何するつもりなんだ!!
やめろ! スパイクを手に嵌めるな!! 逆に怖い!!!
「ゲースッスゥウ~~~!!
お前みたいなブサイク老害のミザリーチクビは、アチキの新技!! 舐め舐めエンジェルシンフォニーで成敗してやるでゲスッ!!」
エクリプスーーーーーー!!!
画風!! 画風!!
舐め舐めエンジェルシンフォニーってなにーーーーー!!
「死ねオラァァアアアアアア!!!」
「あああああぁぁぁああぁぁああああああ!!!」
俺はしばし――かの京極夏彦先生も真っ青になるほどの極限の地獄というモノを味わった。
剥かれ、刺され、突っ込まれ、致死毒に蝕まれ――ボロ雑巾の様に舐め舐めエンジェルシンフォニーでチクビを蹂躙され。
「ヒャッハァーーー! ケツの穴から脳天までぶち抜いてやるぜぇ!」
フレンさん、俺――今なら……。わかるよ……。
アンタの地獄も、悪夢も、あの真っ黒な瞳の虚無も。
いまなら、わかる……。
だって俺、いま、アンタのはるか先の絶望にいるから……。
「ぁ…ぅ…………。」
「アーカイヴのみなさん、もう充分です。このブタも反省した事でしょう。」
「アス様……。よいのですか?」
視界が霞む中、エヴァーストーム率いるアーカイブがアスの前に跪いているのが見えた。
「ぅぅ……。」
「ちっ。命拾いしたなぁー、老害。アス様とナツ様に感謝しやがれ、このウンコ帽子がっ! ぺっ!!」
丸裸で何故かウンコ帽子だけ脱げないまま地面に突っ伏した俺に、エヴァーストームが唾を吐いた。
もう、ピクリとも、動けない。俺は多分、このまま死ぬのだろう。
フレンさん、ボーラさん、ごめんなさい――
約束……。果たせなかった……。
「お前らぁぁあああ!! ズラかんぞぉぉおおおお!!」
「でゲスーーーー!!」
ー おーーーーほっほっほっほっほっほーーーー!!!! ー
「……。」
そして乳ウシの群れは去って行った。
「ところでシーヴさん、用事って何ですか?」
「……。」
「兄者、シーヴさん寝てます。」
「はぁ。いきなり訪ねて来て失礼なヒトだ。
こんなまっ昼間から、天下の往来で全裸で寝るなんてはしたない。とりあえず中に担ぎ込もう。まったく、とんでもないド変態がいたものだ。」
俺は捕まったグレーな感じの宇宙人みたいに両サイドから腕を掴まれ、ズルズルと家の中へ引きずり込まれた。
せめて、服を――着せてくれ……。
くだらねぇ。




