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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 終章 ノー スリープ フォー ルーシィ
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Everything I Never Was_5

「まさか、キミが来るなんて、ね……。キミたちが帰る頃に、戻ろうと、思ったんだけど。」


「そうでしたか。けどボーラさん、心配してましたよ。」


「そうか――そう。うん、ごめんね、ごめん。」


「きゃ~~みてみてしー君! こっちの子今クシャミしたよ~~!

 う~~れうれ~~! よしよ~~しっ!や~~んかわい~~~いっ!!」


「……。」


 フレンさんを探しに俺達は賭博区に来ていた。

まぁ予想通りというかなんというか、結構危ない目つきのヒトとか、ガラの悪いのが多い。

閑散とした通りはゴミや吐瀉物で汚れ、観光客らしいヒトは一人も見かけない。

もうあと一歩でアンダーグラウンド――賭博区はそういう場所だった。 

その為ファラがゴロツキと喧嘩でも始めないかと心配になったが、誰も他人の事など気にしていない様で、声もかけられなかった。

逆にそれが恐ろしく、ここは俺の知ってるケズバロンではないのだと解る。


 フレンさんがいたのは賭博場「カルト トゥ フォロウ」から少し離れた場所にある、ヒト気のない路地裏だった。

たまたま目の前を横切った野良猫、それをファラが子供みたいに追いかけて行った先にフレンさんはいた。

フレンさんは数匹の野良猫に囲まれて腰掛け、その子達に餌をあげていた。

 

「この子達、可愛いだろう。

 こうしてたまに餌をやりに来るんだけど、もうすっかり仲間だと思われてしまったらしい。」


「たしかに、すごい懐いてますね。」


 フレンさんが一番小さい子猫を抱き上げる。

子猫はゴロゴロと喉を鳴らし、顔を擦り付けてフレンさんに甘えていた。

時折子猫の頭がフレンさんの眼鏡に当たると、フレンさんはわたわたとズレた眼鏡を直す。

それはこの賭博区には似つかわしくないほど、温かく微笑ましい光景だった。


「来るたびに顔ぶれが変わってるんだ。この子なんかも、前回来た時より更に小さくなった。」


「――ん? 小さく、ですか……?」


「あぁ、この子はね、きっと僕が先月来た時に居たヤツの子供なんだ。

 他の猫も、知らない顔ばかりだしね。3カ月前に居た子なんかは、もうほとんどいない。」


「みんな拾われていったんですか?」


「いや、逆なんだ。」

 

 フレンさんが意味ありげに頭上を見る。

その視線を追うと、建物の上から数匹の見たことない白い鷹のような野鳥がこちらを見下ろしているのが見えた。

それらは目が合うと、ビクッと警戒したように身を固め、同時にいつでも飛べるように羽根を構え始めた。


「たぶん、彼らの餌になっているんだ。」

 

「え……。」


「そうじゃなくても、ここは少し危険な場所だからね。

 猫をいたずらに殺したり、痛めつける者もいるだろう。

 けれど猫の繁殖力は凄くてね、もう誰にもこの惨状を止めることは出来ない。

 この子達はただこうして無垢に育ち、子を成し、殺され、そしてそれを繰り返す。

 あの鳥たちは頭が良くてね、そのサイクルを知っているからか、子猫のうちは絶対に襲わないんだ。」


「……。」


「あぁ……。ごめんね――こんな話。また、余計なことを、言ってしまったね。」


 フレンさんは抱いていた子猫を下すと、おもむろにズボンのポケットからタバコを取り出し、マッチで火をつけた。

子猫は犬の様にフレンさんの前にお座りをして、何かを期待するようにジッとフレンさんを見上げている。

タバコの煙を大きく吸い込み、フーッ……っと吐き出す。

肺をいっぱいまで煙で満たし、なお収まりきらなかったソレらが、あろうことか子猫の顔の辺りを覆った。


「え、なにを……。」


 俺は子猫が逃げ出すかと思ったがしかし、むしろその煙の中をまるで酔っ払ったようにゴロゴロと転がり始めた。

そしてフレンさんはそれを嬉しそうに眺めている。


「面白いだろう? こうやってタバコの煙に当てられると、気持ちよさそうに転がるんだ。」


「へ~。マタタビみたいですね。」


「――マタタビ?」


「あ、はい。ヒト世界の猫はマタタビって言う植物の匂いを嗅ぐと、こんな風に酔っ払うんです。

 もっとも、タバコの臭いは大っ嫌いなんで、今みたいなことをしたら飛んで逃げだしますけど。」


「あっはは、それじゃぁ僕は嫌われ者だね。」


 あ――笑った……。

初めて、このヒトが、俺の目を見て――笑った。

あぁ……。

こんな優しい笑顔のヒトが、どうして――


「あの、フレンさんは、どうしてここに……。ここ、賭博区ですよ? わざわざ猫に会いに来たわけじゃないですよね……。」


「ん、あぁ……。初めて来た時は、そーゆーつもりだったんだ……。

 賭け事でもすれば、気が晴れるんじゃないかと思ってね、一度だけ……。

 でも、ダメだった。どうにも性に合わないみたいでね。

 こうしてひと月に一度、野良猫の傍でタバコを吸って、ご飯を食べるのを眺めている方が僕は好きらしい。」


「そうですか……。」


「……。シーヴ君……。ボーラから、何か聞いたんだろう。」


「はい……。大災害の事と、今朝ルギィさんから手紙が届いたことを……。その、聞きました……。」


「そうか……。」


 フレンさんは思いつめた表情を浮かべると、再び静かにタバコをふかした。

今度は頭上へ、まるで空へ還すように、その煙を吐き出す。


「あの作りかけの小さなベッド、お子さんの為に作っていたものですよね。」


「ん、あぁ。そう……。だね。娘も大きくなってきてたし、誕生日も近かったから、それでね……。」


「そうでしたか――」


 それじゃあオルゴールは?――と聞こうとした時だった。

フレンさんは視線を空から下すと、真っ直ぐ俺の方を見て呟くように話始めた。


「シーヴ君、リンネなんだね。」


「え……? はい、そうですが……。」


「それじゃあもし、キミに大切な家族がいるとして――それを守るためにキミは何を犠牲にするかな。」


「犠牲――ですか……?」


 犠牲……。生贄……。なんのことだろうか?

家族を守るために――俺が、捧げるもの……。

ケズトロフィスの大災害の時、フレンさんはそこに居なかった。

このケズバロンで働き詰めで、あの夢の中の光景でもこのヒトは、家に帰りたくても帰れずにいた。

家族のために犠牲にするもの――自分自身、とかだろうか……?


「……。」

 

「僕はね……。」


俺がその質問に思考を巡らせ答えに迷っていると、フレンさんは再び視線を逸らし、汚れた地面を見つめながら、ぽつぽつと力なく静かに語り始めた。

 

「僕は、家族の時間を、犠牲にした。」


「家族の――」

 

時間――


「あぁ、家族の時間だ。」


 家族の為に――家族との時間を、捧げる……。

一言で言うなら、それは本末転倒というのだろうか……。

空っぽになったように、フレンさんはそう呟いた。


「愛する家族を養うため、お金を稼ぐために、あの工房を大きくしようとあの頃の僕は必死に働いた。

 朝早くから夜遅くまで、何週間、いや何か月も家に帰らないなんて事も沢山あったかな。

 いつも帰りが遅くてね、娘は頑張って起きててくれるんだが、それでも僕が帰る頃には疲れて眠ってしまう。

 妻はいつも寂びしそうな顔をしていたのを、よく覚えている。

 いまにして思えば、娘の起きてる姿を見て過ごした事なんて、ほとんどなかったかもしれない。

 でも僕は、妻や娘の顔が見れればそれで十分だった。」


 タバコを一口。

フレンさんは煙をゆっくりと吐きながら、少し参ったような物憂げな視線を汚い地面に落として、何かを思い出しているようだった。


「けれどお父さんは、厳しいヒトでね。

 僕が熱心なのを認めてくれてはいたけれど、家族の時間を犠牲にしてまですることじゃ無い、といつも怒っていた。

 当時僕もまだまだ若かったから、仕事で忙しいのに家族に構ってる時間なんて取れるわけが無い、といつも反発したよ。

 実際そうだったし、今でも……。あの時どうしたらよかったのか――解らないままなんだ。

 だからお父さんとは、次第に仲が悪くなっていった。

 嫌いではなかったけど――僕の中では、解り合えない存在になってたんだ。

 けれどそれでも、ヒトに構ってる余裕なんてなかった。

 必死だった――あの時は、ただ家族を守ることに、一生懸命だった。

 そしてそれが正しいにせよ正しくないにせよ、あの災害は、僕の、全てを奪っていった。」


 そこまで淡々と話し終えると、フレンさんは再び静かにタバコをふかす。

そして空を見上げて、眼鏡越しに野鳥たちをジッと見ている。


 恨むような――憐れむような――慈しむような――

その表情はどうにも、筆舌に尽くしがたい、俺の知らない深い感情を秘めている気がした。

このヒトは「そこ」に、なにを見ているのだろう。


「その後――妻と娘の死から12年くらいかな、お父さんから一度だけ手紙が届いてね。

 元気にやってるか、身体は大丈夫か、そのうち遊びにおいで――と、そう書いてあった。」


 あれ……。シゴールさんは、ケズトロフィスに居たんじゃないのか……。

てっきり、その大災害で亡くなったものだと思っていたが……。

俺はどうやら思い違いをしていたらしい。

シゴールさんが亡くなったのは災害の起きた時よりももっと後のようだ。


「けれど、あのヒトの言いつけも聞かず家族を放ったらかし、帰らなかった僕だけが生き残り、妻と娘は死んだ。

 そんな僕が、お父さんに、どんな顔で会えばいいのか――解らなかった。

 だからその後も休まず必死に働いた。仕事が忙しいことを理由に、お父さんからの誘いを断りたかったんだ。

 怖かったんだ――逃げることも、向き合うことも。

 そしてただ過ぎていく時間と共に、それが大きくなって、だんだんと希望が遠のいていく。

 とうとう、一度も、顔を合わせることなく――お父さんは、4年も前に、他界した。

 僕は、つまらないプライドと意地で自分を騙して、二度と、お父さんに謝る機会を亡くしたんだよ。」


「……。」


 フレンさんは最後に一口――大きく煙をふかすと、静かにタバコの火を消して、律儀にもマッチ箱に吸い殻を仕舞った。

そして近くにいた、今のフレンさんの気分など知りもしない野良猫の頭を優しく撫でている。


 謝る、機会――フレンさんはそう言った。

20年もの間、独りで後悔して――20年もの間、その想いに独りで苦しみ続けてきたのだ。

それはあまりにも長く、計り知れない。

俺の年齢よりも、もっと長い時間を、俺の想像を絶する絶望に捧げ続けてきた……。

たとえどれだけ月日が経とうと、薄れることがない苦しみ。

それどころかまるで業苦の様に日増しにそれは大きくなるのだろう。

心が壊れない筈がない……。

そしてこのまま最後の時を、ただあの部屋でジッと待つというのだろうか……。

なんて、悲しい人生だろう……。

なんて、苦しい日々なんだろう――


「それからは、シーヴ君の知ってる僕だ。あの部屋にいると本当に心地よくてね。

 暗くて、静かで、暖かな日が少しだけ窓から入るんだ。

 それが寄り添う様に、ただ僕を守っていてくれる。

 けれど最近は、眠っていると酷い悪夢を見るようになってね。………。」


そう言うと、フレンさんは目を細め、言葉に詰まったように黙り込んでしまった。

その様子から、どうやらこの件とは別に何か悩みがあるらしいことがわかる。


「酷い悪夢――ですか……?」


「うん。酷い――本当に酷い夢だ。………。

 突然変なことを聞くようだけど、シーヴ君は悪夢を見たことがあるかい。」


「え。」


 まただ……。捉えどころのない質問。

また、意図の見えない問いかけだ……。

悪夢を見たことがあるか――そんな事を聞いて何になるというのだろう……。


「えっと……。すくなくとも、ここに来てからは――多分一度もないです……。」


「そうか……。」


 なんだろうか……。

悪夢なんて、所詮は夢だ。

覚めればいずれ忘れる。

フレンさんは俺の回答に別段顔色を変えるでもなく、ただ頷いた。


「あの、それがどうかしたんですか……?」


 このヒトの抱えた苦しみに比べれば、そんなのは微々たるものじゃないのか?

何をそんなに思い悩むことがあるのだろうか――


「まぁ、そういう反応になるだろうとは思っていたけどね……。

 けれどシーヴ君の思う悪夢っていうのは、多分ただの悪い夢や怖い夢なんだと思う。

 僕の思う悪夢っていうのはね、目が覚めた時に、眼前に広がる現実と、夢の中の楽園との落差を生涯脳裏に焼き付けられる。

 その絶望をまざまざと味わわされる――逃れることのできない幸福で残酷な夢のことだよ。」


 幸福で残酷な夢――現実との落差。

その絶望から、逃げられない――そんな、悪夢……? 

今の俺には、それが想像ができないけれど……。

それが一体どれほどのものだというのか――解らない。


「そうやって悪夢に身を委ねたまま目を覚ますと、何故だかいつまでも落ち着かない。

 現実が、未来が――終わらない日々が、怖くなる。

 そしてついに僕は、あの悪夢を見るようになってから、お酒にも逃げられなくなってね。

 最近はもう、あの部屋にいる虚しさにすら満たされなくなっている。

 …………。あの部屋にすら耐えられなくなってしまったら――」


「……。」


「――僕は、どうなってしまうのだろう。」


 ジッと、俺の目を見据えたフレンさんの瞳は、ただ、黒かった。

枯れて腐り崩れた感情の奥底に、得体のしれない大きな「なにか」が潜んでいる。

もうじきこの暗黒にドップリと肩まで浸かり、永遠の眠りにつく。

そんな暗さだった。


 全てを受け入れた様に、ただただ安らかで――

そんな目を――生きているアンタが――しちゃだめだ……。

アンタみたいに優しいヒトが、そんな黒色に身を委ねちゃダメだ……。


「フレンさん……。俺、近いうちにルギィさんに会いに行くつもりです。」


「え? シーヴ君が……。そう――」


「必ずまたここに帰ってきます。必ずフレンさんの想いを救います。

 だからまだ――どうか生きることを諦めないでいて下さい。」


「僕の、想い。……。そんなもの、もうここにはないよ。」


「――あるよ。アナタは、意地を張ってるだけだ……。」


 一瞬、目を合わさないフレンさんが眉をひそめた様に見えた。

空気が固まるような、ピリリとした感覚。

この時はじめて、フレンさんがムキになったように思えた――


「ごめん、シーヴ君。傷つけることを言うかもしれないが、よく聞いて欲しい。」


「……なんですか。」


「そもそも、キミと僕とじゃ決定的に違う部分がある。」


「決定的に違う部分……?

 あの、フレンさん。違うからってそれがなんだって言うんですか。

 俺にとってはそんなに重要な事じゃないですけど。それより――」


「あぁ、それじゃあシーヴ君、もっと解りやすく言うね。」


「……。」


「キミと僕は。決して解り合えない。」


「……。」


 解り、合えない――

違うから、決して解り合えないなんて、そんなこと――そんなこと、ない……。

けれどいつになくハッキリと放たれたフレンさんの言葉に気圧され、俺は何も言い返せなかった。


「キミは記憶もなく、ここに来てまだ日が浅いそうだね。その見た目なら、前いた世界でも精々20歳そこらだろう。」


「まぁ――そうだと、思いますけど……。」


「僕はここで生まれ育ち、46年もの月日を生きてきた。46年の記憶と、過去と、思い出がある。

 46年の間に積み上げたヒトとの繋がり。苦労、悩み、後悔、幸福、そして思想がある。

 だから決して解り合えない。それは、視点が違うから。生きてきた世界が違うから。

 生きている次元が違うから。全てにおいて、背負ってきたモノの重さが違うからだよ。

 ――例えば、さっきボーラの家の前であの仲の良い親子を見て、キミは何を思ったかな。」


 親子……。親子……?

フレンさんが賭博区へ行く直前か。

俺達の脇を楽しそうに歩いて行った父と子。

だから……。それがなんだというのか……。

先ほどからこのヒトの質問は、常に俺の想像も及ばないところへ着地する。

今はそれが怖い……。

この黒に飲み込まれそうになる感覚が、そこにはあるのだ。


「あの親子を見て、ですか……? それは――仲の良い家族だなって……。

 俺にも、あんな幼少期があったのかなって――そう思いましたけど……。」


「そうか、そうだろうね。」


 だから、なんだってんださっきから……。

動揺する俺の対して、相変わらずフレンさんは声の調子を変えることなく、まるで何もかもを見透かすように淡々と答える。


「あの、だったらなんだって言うんですか?」


「正に、そこなんだ。あの家族を見たときに――僕はあの父親に『自分の姿』を重ねた。

 キミは息子に、そして僕は父親に。キミは子供で、そして僕は大人だ。

 ただのそれだけだと思うかもしれないけれど、それは決定的に生きてる次元が違うって事だ。

 見えている世界が違うって事だ。それが僕とキミがわかり合えない決定的な違い――もう、解ったよね。」


 この感じ――そうだ、似ているんだ……。

けれどチトさんの時と違う……。

威圧感にも似た何か――けれど……。

あぁ、そうか……。

言葉が生きていない――感情が死んでいるんだ。

そしてこのヒトは、救いを求めていない。

絶望から解放されることを望んでいない。

この地獄に、どこまでも深く沈む事を望んでいるんだ。


 無気力、破れかぶれ、自暴自棄――多分そういった類いですら無い。

ただ誰にも望まれず、期待されず――不毛な存在であることを望んでいる。

永久の罪を背負い、その生涯を賭して罰に溺れようとしているのだ。


 今この会話に意味なんて無い。

今のこのヒトの言葉に価値なんて無い。

まるで子供のように、言い訳をしているようにしか、俺には聞こえない。

そうであってほしい――


「――言いたいことはそれだけですか?」


「……。」


 ジッと俺を見据えたまま動かない。

俺の次の言葉を待っているようだ。

今にも殴り掛かってきそうな圧がある。

ボーラさん、ごめんなさい――もしかしたら、喧嘩になるかもしれない。


「俺は必ずアナタを引きずり出すよ。だから――」


「うん、わかった。期待してるよ。いってらっしゃい。」


 フレンさんは俺の言葉を遮るようにスッと立ち上がり、呆気なく背を向けて路地を出て行った。

思ってもいないくせに――期待してるなんて言うなよ。

そんな風に話を切り上げて、また逃げるつもりなのか……。

絶対に――引きずり出すからな……。

アンタみたいな優しいヒトを、優しい想いを、俺は――

…………。


「ファラ。行こう。」


「……。」

 

「ファラ……?」


返事がないもんで、何かと思えば、まさか――


「おい……。」


 壁にもたれ掛って猫に埋もれ、幸せそうに眠っていた。

あぁ、よかった――流石にキャットフードは食ってなかったか……。

そうだコイツ、なんか動物っぽいなと思っていたんだが――猫だ。

それも生粋の野良猫……。


 肩をゆすると「ン~……」と猫みたいに目を擦ってフラフラと起き上がった。

ファラの上で気持ちよさそうに眠っていた猫たちは、ファラから飛び降りると目を細めて俺の方をジッと見ている。

このウンコ帽子、邪魔するニャ――ってか? 悪いな。


「あれ……? フレンさんは?」


「もう帰ったよ、たぶんな……。それより俺達も一回家に帰ろう。パトラッシュが心配だ。」


「え……。あぁ、いたわねそんなのも――」


「そんなのもってお前このやろうっ!!!! いいから早く行くぞっ!! たくっ!!!」


 まったくコイツはよ! パトラッシュの事なんだと思ってんだ?

言っとくがお前なんかより、よっぽど賢いんだぞ?


 目を覚ますなりパトラッシュに対して嫌悪感を示すファラに苛立ちを覚えながら、俺達は街の入り口に預けたダバを迎えに行った。

きっと今頃パトラッシュはお腹を空かせて、俺の帰りを今か今かと待っている筈なんだ。

あぁ可哀想なパトラッシュ――帰ったら美味しいもの沢山食べさせてやるからなぁ……。


 それにしても――ボーラさんには刺激しないでねって言われていたけど、結局喧嘩したみたいになってしまったな……。

まさかフレンさん、チクったりしないよな?


 …………。

後日ちゃんと謝っておこう……。


「それにしても猫ちゃんのご飯って、意外とジューシーで美味しいのねっ。」


あいやー。


「……。」


「あ、ちょ、ちょっとだけだよ……?」


こっちもそろそろ病院連れてくか。


にゃんたん。

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