Everything I Never Was_1
「もぅ――せっかく似合ってたのにぃ。」
「んなわけあるかアホ。こっちの方がいくらかマシだ。」
今朝のゴブリン騒動をファラは知らない。
あの後俺は宿に戻って未だ白目を剥いて眠っていたコイツを叩き起こし、荒ぶる野犬との死闘の末に出発した。
あれから10分――俺達はようやくボーラさんの家がある住宅街へ着いたところだった。
結局俺はニャンニャンリバティ・エロティックプリティタイプは被らず、寝巻に使っていた哀れなクソ豚Tシャツをターバンみたいに頭に巻いてハゲを隠していた。
それをみたファラは眉をひそめて、ややご機嫌斜めだ。
買ってきてもらった身でファラには悪いが、アレを使う機会は二度とないだろう。
「そーいやあの猫耳頭巾幾らしたんだ?」
「ん? 10万レラ。」
「たっか! は! おまっ! え!? は!?」
俺らの全財産の4分の1じゃねぇか!!
あんなカスみたいな頭巾に10万レラだと!?
「このバカや――」
「ん???」
あーーーーそうだったコイツバカだった!
ちくしょーーーーコイツに買いに行かせた俺もバカだった!!
あーーーーもーーーーー何もかもあのバッカー・ボーンのせいだクソがあっ!!
「――ってんだろがっ……。」
そんな会話をしながら俺がやり場のない怒りに震えていると、いつの間にかボーラさんの家の近くまで来ていたらしい。
何やら口論になっているのか、ボーラさんの家の中からは野太い罵声が聞こえた。
「なんだ……?」
「ん~? なにかしら?」
ゴガァァアアアアアアンッ!!!!
「は?」
そうしてファラと顔を見合わせた次の瞬間、とんでもない爆発音とともに入り口の扉は吹き飛び、まるでハリウッド映画のワンシーンのような豪快な演出効果で爆風が巻き起こり――
「グッハァ!!」
「け! このカスがっ! 掘る気も失せたぜっ! ぺっ!!」
「……。」
「あ……。アナタたち……。」
壊れた扉ごと外まで吹き飛んできたのは――まさかのフレンさんだった。
続いてボーラさんが唾を吐きながら家の中から顔をのぞかせた。
束の間、ボーラさんと目が合う。
そんな突然の出来事に呆気に取られたのは、どうやら俺達だけではなかった。
「ん……。」
ボーラさんは極まりが悪そうな表情のまま目を逸らし、扉も直さずに無言で家の中にスッと消えてしまった。俺は「いや直せよ!」とツッコミそうになったが、寸でのところで思いとどまった。
その後俺はファラと共に、仰向けになったまま苦しそうな表情のフレンさんを一先ず抱き起した。
「これは、ひどいわね……。歯、折れたんじゃ……。」
「あの、大丈夫……。ですか……。」
「ってて……。あぁ、ははっ……。」
「しー君知り合い?」
「フレンさんだよ……。」
て、そうか、ファラは顔見るの初めてなんだったな……。
フレンさんは右頬を殴られたのか、鬱血して膨らんだ患部を痛そうに擦りながら作り笑いを浮かべて起き上がった。
が――その顔をスッと逸らして、相変わらず目を合わせてはくれない。
しかしこうしてフレンさんの顔を見るのは、かれこれ2か月ぶりくらいだろうか……。
思えば直接話したのも、闘技場でファラが闘うよりも前の事だ。
それもたったの一度きり、たまたま俺がトイレに行こうとしたあの時だ。
食事を取ろうと部屋の戸を開けてフレンさんが顔を出した、あの一瞬だけ――
そうだ……。
作りかけの小さなベッドも……。
夜に聞こえた物悲しいオルゴールの音も――
「キミたち、どうして、ここに?」
「あ、はい。特に用事という訳でもなかったんですが、散髪のついでに久しぶりにご挨拶に来たんです。突然ですみません。」
「――そうか……。これは、また……。良いタイミングだね……。いっつ……。」
フレンさんは皮肉を言いながら辛そうに頬を擦っていた。
「あの、何があったのか聞いても良いですか?」
「――あぁ、なに、大したことじゃ、ないよ……。」
「それであんな殴られ方はしませんて……。
ファラ、挨拶代わりにボーラさんの様子見て来てくれる? 事情が分からないんじゃ中にも入れないし。」
「えぇ!? アタシ!? やっ!! やだやだっ!! 挨拶代わりに殺されちゃよぉ!!!」
う、そうか……。しかしまるで待ち構えていたかのような上手い切り返しだ……。
だが、無理もないのだ。
ファラにはあの日のトラウマがまだ残っているのだろう……。
ファラはブンブンと首を横に振り、髪を振り乱して必死に抗議していた。
「いや――ほんとに、大した話じゃないんだ。
いい加減おまえも働けって言われてね、働いたら負けだって、そう言った、だけだから……。」
「は、はぁ……。」
働いたら…――負け……?
そりゃぶん殴りぶっ飛ばされるわなぁ……。
よく生きてたなこのヒト……。
んなもんボーラさんじゃなくてもとりあえずぶん殴るだろ。
ふとそんなやり取りをしていた俺達の横を、仲のいい親子が通りかかった。
「えーー! お父さん今日はサッカーするって約束したじゃんかっ!」
「そうだっけか? けどヨシキもヒケコイ見たいだろ?」
「見たいけど、今日じゃないー!」
男の子が楽しそうに父親の手を引いている。
向こうは気にもしていないようだが、なんだか少し極まりが悪かった。
その間フレンさんはその親子に顔を見られない様に逸らしていた。
「ちょっと、久しぶりに、賭博区に行ってこよう、かな……。」
「え? あの……。」
目の前の光景が堪らなくなったのか、そう言って立ち上がると、トボトボと歩いて行ってしまった。
賭博――それはなんだか、ちょっと……モヤモヤするな……。
「大した話じゃないって――」
どういうつもりなのだろう。
ボーラさんの気持ちとか、考えないのか。
……。
これは流石の俺も、ちょっと軽蔑してしまう――
「ねぇ、しー君……。」
「あぁ。そうだな、止めないとな……。」
ファラの不安そうな声に応えながら、俺は溢れつつある怒りを抑えて、せめて冷静に呼び止めようと立ち上がった。
「じゃなくて――頭の、取れてるよ?」
「は……? はぁ! はぁあぁっはああ!!」
ぅあっぶねぇ! さっきの爆風でクソブターバンも吹っ飛んだのかっ!
俺はファラが指さした先に落ちていたTシャツを急いで回収し必死に頭に巻き付け直した。
「フゥ――さ、サンキューなっ! へへっ……。」
「……。」
なぁ、そんな顔するなよ。頼むから……。
ファラのとても可哀想なものを見るような目から思わず視線を逸らしてしまう自分がいた。
そして気が付くと、フレンさんはもういなかった。
本当に――行ってしまったのだ。
それにしても、あのヒトは一体いつまでこんな生活を――
「シーヴ……。ちゃん? その頭のウンチみたいなのは、一体なに……?」
落ち着いたのか、気が付くとボーラさんが再び家の中から顔をのぞかせていた。
挨拶代わりに俺が頭に巻いた茶色いソレを指さして「ウンチ」と言い放つ。
あぁ解ってたよ、解ってたさ。
寄りにも寄ってこんな茶色いTシャツだったからな?
もはやこれらすべて仕組まれた罠の様に感じているよ。
「これはその、ちょっと散髪に失敗しちゃいまして……。」
「まぁ、それは災難ね……。」
「ほらねっ、しー君? もう諦めて猫耳の頭巾被ろうよ?」
と、急に得意げなアホウシ。
あーはいはい。無視だ無視。
付き合ってらっれかこんな茶番。
そもそもこうなったのお前のせいだろが。
「そんなことよりボーラさん、フレンさんと一体何があったんですか?」
「ねこ、みみ……? ファラちゃん、それは一体どういうことなの?」
あいやー。ボーラさんは俺の方には目もくれず、扉の陰からグイっと首を伸ばしてファラに呼びかけたが――おぃぃいいい! 喰いつくなぁ!!
そこ引っ張ると読者もいい加減飽きるからぁ!!!
「へっへっへぇ~~! それはねぇ~~!!」
お前も誇らしげに乗るんじゃない!
「まぁ立ち話もなんだから、一度中にお入んなさいな。お茶でも飲みながらじっくり聞かせてもらうわ、ねこみみっ。」
「わ~いっ! しー君やったねっ! 美味しいお茶菓子あるかなぁ~!!」
「あらあら、うふふ。ファラちゃんたら、相変わらずねぇ。」
「……。」
あぁそうだったよ、こーゆー世界だったな、ここはっ!!
もうこの際だ行くとこまで行ってやらぁ!!
クソブターバン。




