Hot Air Balloon_1
時刻は朝の9時。
ケズバロン大花火大会から数日、相変わらず俺達はのんびりと無為な日々を過ごしていた。
仮とはいえ家もあり、だらだらとそこで寛ぎ、もはや旅人とは名ばかりである。
とはいえスマホは勿論、テレビもゲームもパソコンもない、現代人なら窒息して死ぬところだろう。
しかし俺は近くの川辺をパトラッシュとお散歩して、夜は一緒に星や月を眺めたり、ダバをレンタルして景色の良い所に行ってみたり、村へ食料の買い出しついでに時折アスとナツの様子を見に行き、ビーンさんの孤児院でライラや子供たちと遊んだりしながら、意外と飽きずに充実した日々を過ごしていた。
そんなある日、珍しく午前中に起きた俺は、リビングのソファに仰向けに寝そべってファラから借りた小説「火消しの恋」通称ヒケコイを熟読していた。
そんな時のこと。
「ねぇしー君、そろそろ髪伸びてきたんじゃない?」
「ん? 髪?」
「切ったら?」
ふとファラにそう言われて俺は自分の髪が大分長くなっていることに気付いた。
前髪は目元までだらしなく伸び、確かにこれは邪魔だと思う。
試しに前髪の一部を指でつまんで引っ張ってみると、なんと鼻先まで来た。
――そうか、髪って伸びるもんなんだよな。
なんかそんなのもずっと昔の事みたいで、あんま実感ないな。
「そう、だなぁ。確かにながい――か。お前切ってよ。」
「え、アタシ……?? 無理無理! 絶対むりっ!」
え、いまの切ってくれる流れじゃないのか?
散髪行くより全然良いんだけどな……。
何故かファラは慌てた様子で顔を横に振り、俺の要望は却下された。
「いやほんと、テキトーでいいからさ。」
けれどやはり散髪が億劫だと思った俺は、いま少しだけ食い下がってみたのだが――
「うぅ……。」
するとどうだろう、ファラは柄にも無く火消しとの恋に思い悩む乙女のように視線を落として、俺の様子を伺いながら恥ずかしそうにぽつりと呟くのだった。
「ち……。血まみれに――なるよ……?」
「なんで。」
あいやー、ちょとまてちょとまてどゆことどゆこと。
この子ほんとに大丈夫アル?
てかそれって過去に犠牲者がいるって事だよな?
「……。」
あぁ……。
そうかチーさんか……。ならよし。
俺は少しだけ、本当に少しだけ、いい気味だと思った。
「っね、やでしょ? ケズバロンに女性に人気のお店あったよ?
アタシもそろそろ整えたいし、そこ行って一緒に切って貰おうよ。」
「え~、俺ブエラのカット屋で良いんだけど……。
それにわざわざ髪切るためだけにダバ借りていくのも面倒臭いだろ……。」
「もう、怠け癖というか、老化が相当進行してるわね……。
そんなんじゃ陰湿な引き籠り老害として生涯を終えることになるよ? いいの!?」
いよいよファラは腰に両手を当てて、夏休みにラジオ体操に行かない子供を叱るお母さんみたいなことを言いだした。
「ならねーよ! たくっ!!」
そもそも俺はたかだか髪を切りに行くためだけに電車に乗ったり、大した用でもないのに都会に出ていくのは好きじゃない。
なんなら近所の1000円カットでも十分だ(無いけど)。
ただそれだけだってのに。
しかしもうどうにも止まらない。
「もう! このバカ老害! バカ!!」
バカが重複してるぞ、このバカ。
ほら見てみんな。そうかと思えばこれですよ、特に男性諸君。
はぁ、このモードになると女ってやつはすぐ不機嫌になるからな~。
挙句コイツは髪を振り乱してヤマンバみたいに駄々もこね始めるし。
あ~やだやだ。
まじめんどくせぇ、いい加減自立しろのら。
………。
ん、あれ――そういえば俺も花火大会にファラを誘った時――こんな、感じだった気が……。
いや、あれは不可抗力に近いしー……。
ほふーん……。ふむー……。
「まぁ、そうだなぁ。久しぶりにボーラさんとこにも挨拶しに行きたいし、ついでに切りに行くか~。」
「やったぁ~!!」
てかなんでお前がそんなに嬉しそうなの?
ファラは遠足前の子供の様にピョンピョンと飛び跳ねて「ひゃっほう~!!」とウカれている。
仕舞にはシャドーボクシングを始めた。一体何と闘っているのか。
相変わらずテンション、サイ&コウでヤバうざい。
そんなこんなで今日は4月の16日――ボーラさんには花火大会の日に会ったばかりだが、たまには家に遊びに行こうかという話に落ち着いた。
確かボーラさんは、屋台も夜だけの営業にしたと言っていたから、日中であれば家にいるだろう。
ついででギルドに寄ろう、何かめぼしい情報や依頼が来ているかもしれない。
この時間から出れば12時にはケズバロンに着きそうだし、順番的には――散髪、ギルド、ボーラさん宅訪問かな~。
今夜は宿が取れそうなら、そこでのんびり花火でも見ようか。
よし、我ながら良いプランやろどんなもんやい。
俺はソファから起き上がり早速着替えて出かける準備を始めたのら。
「そんじゃケズブエラにダバ借りに行ってくるよ。戻るまでに準備しとけよ~。」
「わ~い!」
「あと多分、今夜は泊まりで行くから、パトラッシュに餌多めにあげといてくれ。」
「え……。それ、アタシがやるの……?」
俺がパトラッシュの名前を出した途端、ファラのテンションがヘニョヘニョと下がっていくのが解った。
だがお前に拒否権はない。
「おい文句言うな、付き合ってやるんだから。」
「うぅ……。わかったよぉ……。」
遂にゲッソリと肩を落とし、まるでくたびれた貫徹の社畜みたいになってしまった。
いや、この場合――買ってから使われないまま数週間戸棚に仕舞われていよいよ朽ち果てたナス。かな。しらけど。
「んじゃ、行ってくるから。」
大体なんでそんなに嫌そうなんだよ、パトラッシュがひもじい思いしたら可哀そうだろが。
俺は一連のやり取りの後、心に一物を残したまま外へ出るとパトラッシュは相変わらず気持ちよさそうに蝉の鳴き声と陽だまりの中で丸くなって気持ちよさそうに寝ていた。
「くぅ~~んん~……。」
「ふふっ。萌え~……。」
まったく、こんなに可愛いのに何が気に入らないんだろうねぇ?




