14.ケリをつける・前編
久しぶりに王城は活気に溢れていた。
広い中庭には露天商のように張られた天幕や色とりどりのランタンがぶら下がり、嗅いだことがないような香辛料の香りと陽気な音楽、派手な衣装の踊り子たち。大道芸人の表情豊かに流れるような手さばきの出し物。そんな浮かれたお祭りのような空気が辺りを満たしている。
旅の一座が王城へやって来たのであった。
国王は王妃を伴い、ゆっくりと散策を楽しむ。
本来王城に住まう者と働く者のために呼び寄せるこれらだが、今回いろいろと心労をかけたシャトレ伯爵夫妻と、甥のルーカスにも声をかけた。
罪滅ぼしという訳ではないが、少しでも明るい気分になってもらえればと思うが。そんな心境にはなれないかもしれない。
同伴者を伴っても構わないと言ってあるので、伯爵夫妻は息子を、ルーカスはアドリーヌの友人であるという子爵令嬢を伴って現れた。
憑りつかれたような頑なさのあったルーカスが、アドリーヌの友人といえ令嬢をエスコートして登城したことに王は驚いたが、少しずつでも傷ついた心が癒されて行ってくれればと切に願っている。
「おや……何やら心配ごとと困りごとがあるようだねぇ」
見た目は皺の多い老婆。だが思ったよりもハリのある声でそう言ったのは、占い師。
「ほう、解かるかね?」
王は魔法使いもかくやと言わんばかりの、紫色のローブを着込んだ老女に相槌を打つ。
「はい、勿論。この水晶玉には全て映って見えるのですよ。過去も未来も」
占い師の言葉を受け、王妃は窺うような瞳を王へ向けた。
「全てね」
旅の一座には色々な国、様々なバックボーンを持った人間がいる。間者のまねごとをする人間が入り込むこともあるが、そう大したことをするでもない。情報とはいえないような情報を小銭に替える程度だ。
万が一に備えて見慣れた人間以外には王とは解からないように普通の貴族の格好をしているが、身バレしているのかもしれない。
少し前まで、王子の婚約者だった伯爵令嬢が行方不明であるということは、情報提供を呼びかけるために国内に大きく知れ渡っていた。
「それは凄いね。是非他の人を見てやってくれ」
「……。では、最後に。もしも『かの少女』のことを知りたかったら、本日一座が帰った後すぐに、少女の元部屋の前の庭においでを」
王妃は静かに目を瞠り、王は微かに瞳を眇めた。
「……今ここでは聞けないのか?」
「…………」
占い師は気味悪く笑うと、またのお越しをと言って頭を下げた。
時を置いてルーカスたちと伯爵夫妻も同じ伝言を受け取ったと確認できた。それを知って再び占い師のもとへ行ってみたが、違う人間が異国の商品を売る店に変わっていた。周りの人間に老婆がどこに行ったのか聞いてみるが、初めから老婆などいなかったと声を合わせる。
まるで夢か幻かのように消えてしまった老女。
意味深な言葉を残し、煙の如く消えてしまった占い師。
全員が狐につままれたような顔で、お互いの顔を見遣っていた。
一方。フェイスベールに異国風の衣装を纏ったエヴィが、目の前でえっちらおっちら、南国のカラフルなフルーツを運んでいた。
占い師のおばば様がいた場所の斜め前に構える店。正体は何のことはないこの国の果物屋らしいが、異国感を出すために異国風の服装で参加しているらしい。
おばば様の知人ということで短期の手伝いをさせてもらっている訳だが、見知った顔を見てはビクビク・こそこそしているエヴィをあざ笑うかのように誰も気づかないので、今では開き直って走り回っていた。
ちなみにランプチャームの魔人は、奇術師のところで『ランプの魔人』のふりをしている。
おばば様は出番が終わったため幻視の魔法を使って姿を変え、果物屋の後ろの椅子に座っていた。
幻視の魔法。文字通り本当の姿とは全く違う姿を人に視せる魔法である。おばば様は黒髪に青い目の、とても美しい女性になって、エヴィと同じ異国風の衣装を身につけていた。
詐欺である。全くもって詐欺以外の何ものでもない。
「…………」
「なんだい? 何か言いたげだね」
じっとりとしたエヴィの顔を見て、おばば様が鼻を鳴らした。
「幻視ったって、まるっきり嘘って訳でもないよ。これは昔のアタシの姿だからね」
「えっ!?」
エヴィは思ってもいない言葉に酷く驚いて、思わずおばば様を振り返る。
(昔のおばば様の姿……? もの凄く美人だけど、本当に?)
いくら何でも別人が過ぎるであろう。
「…………」
「何だい、文句あるのかい?」
「……時って、残酷ですのね……」
「うるさいよ! 失礼な子だねぇ」
いろいろ吞み込んだエヴィの表情を見て、美しいおばば様が怒ったように柳眉をひそめた。
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