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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十三話 コーヒーは天空に薫り高く
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13-2

「待っていたよ、ブルーキャノピーのお二人さん」


 ナクメル・ホテルの最上階、スイートルーム。オーナーにしてアルレヒトを世界でもっとも高い場所にあるリゾート地へと仕立て上げた、エストリア共和国で一二を争う大富豪エルネスト・オークスは両手を広げてアンジェリカとリックを迎えた。


 空飛ぶカフェ〝ブルーキャノピー〟は二人がカフェを営業する際の店名だ。機体に書かれた名前を店名と勘違いされたのがきっかけだが、蒼い天蓋、青空を意味する名前はオープンテラスカフェの店名としても合っていて、気に入っている。


「到着するなり注目の的とは、流石だね。君たちを呼んだ甲斐があったよ」


 ブルーキャノピーが『着陸』する様子は、アルレヒトに住む村人とリゾート客の注目を集めていたらしい。いい宣伝になったと前向きに捉えておくことにする。


「お褒めに預かり光栄です、オークスさん」

「気軽にエルネストと呼んでくれたまえ。部屋を用意させるが、一緒でいいかね?」

「僕は構いませんが」

「いいえ、別々でお願いします」


 とんでもないことを言い出すリックに肘を入れつつ訂正すると、何をするんだと言いたげに睨まれた。当たり前だと怒鳴りつけてやりたかったが、依頼人の前だからとそれ以上の暴力を自制した自分を褒めてやりたい。彼とはそれなりに長い付き合いだが、そういう関係にはなっていない。そうなりたいという願望もない。


「ふむ。個人的にも楽しみにしている。ホテルで雇っているバリスタも腕は悪くないはずなんだが、どうも物足りなくてね。明日から二週間、よろしく頼むよ」

「あ、ええ……ご期待に添えるよう、最善を尽くします」


 上機嫌に微笑むエルネストと契約条件の確認をして、部屋を後にする。ホテルの滞在客に飲料と軽食を無料で提供し、諸経費と代金はエルネストが一括で支払う。期間は明日から二週間で、満了時に所定の報酬をいただく契約だ。


 エルネストとは一ヶ月前、別のリゾート地でカフェを開いていた時に出会った。彼はブルーキャノピーが飾りではなく、実際に飛行が可能という部分をいたく気に入り、自身が経営するナクメル・ホテルでの仕事を紹介してくれたのだった。


「はあ、気が重い……」

 部屋に荷物を置いて機体の側まで戻ると、思わずため息をついてしまう。

「まずは被害を報告してくれ、アン」

「……飛行不可、自力での修理不可。ブルーキャノピーはもう一歩も動けない」

「機体の状況は了解した。貨物室もめちゃくちゃだね。被害を数えるよりも、無事なものを数えた方が早いかも知れない。はは、これから最低でも二週間は営業しなくちゃならないと思うと、先が思いやられるね」


 横滑りして止まった機体は過剰な負荷で脚が曲がり、正面から見ると傾いている。後部の貨物室はさながらシェイカーの中身のようで、固定が甘かった木箱が破損したり、調理器具が散乱したり、酒瓶が割れて食材が酒浸しになったりと酷い有様だ。


「笑ってる場合かよ!」

 抑えきれなくなって、感情的に叫んでしまう。

「道具も食材もダメ、ご自慢のコーヒー豆まで酒浸しだ! 機体も壊れて、仕事が終わったところでここから動くこともできないんだぞ。分かってるのか!」


 こうなった原因が自分にあることは理解した上で、アンジェリカは叫ぶ。

 たかが猫一匹のために、全てを台無しにしてしまった。

 自己嫌悪に、頭をかきむしりたくなる。


「落ち着くんだ、アン」

「これが落ち着いていられるかっての!」

「そうじゃないよ、アン。こんな時だから、状況を笑い飛ばすんだ」

 地団駄を踏むアンジェリカに、リックはあくまで穏やかに言葉をかける。

「いくら悔やんだって、ダメになった食材は戻らないし、壊れた機体は直らない。僕たちにできるのは、どうやって立て直すかを考えることだけ。そのためにも冷静に状況の把握に努め、リラックスした状態で柔軟な判断を下さなくちゃダメだ」

「なんで、お前は!」


 唇を噛んで、そこで言葉を切る。

 リックの言葉は、きっと正しいのだろう。

 しかし、大切な機体をみすみす壊した自分を許せなかった。


「……あたしは貨物室の片付けと、カフェを開く準備をしておく」

「そうだね。まずはそこからだ。僕も手伝うよ」

「手伝わなくていい!」

 ついつい、苛ついた声を上げてしまう。

「頭を冷やす時間が欲しいって言ってんの! リックは食材を確保してきたら!」

「……了解だよ、アン」

 軽く肩をすくめて、素直に踵を返すリック。

「……はぁ」


 リックが村の家々の間へと姿を消すのを待って、盛大にため息をつく。なんて嫌な女なんだろう、と自分でも思う。彼は悪くない。それどころか、この事態を引き起こしたアンジェリカを責めもせず、対応に当たろうとしているのに。


「……バカ。ほんと、バカなんだから……」


 大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。操縦中と同じだ。酸欠の頭ではまともな判断を下すのは難しい。深呼吸を繰り返して、千々に乱れた気持ちを落ち着かせる。


「……よし」


 せめて自分で口にしたことくらいはやらなければ。機体側面の扉を全開にして、酒臭い貨物室に足を踏み入れる。衝撃で壊れた道具や酒浸しになって使えない食材と、幸いにも無事だったものと、まずは区別せずに運び出す。力仕事はお手の物だし、無心で身体を動かすことで段々と気分も上向いてくる。


「椅子、テーブル、パラソルあたりは無事、と。形だけなら店を開けそうだね」

 折りたたみ式のテーブルを並べて、荷物を片っ端から積み上げていく。貨物室を空っぽにしないことには、風通しをよくして乾かすこともできないからだ。

「はぁ……はぁ……ちょっと、休憩……」


 小一時間ほどで息が上がって、動けなくなる。標高が高く、空気が薄いからだ。動きを止めた途端、頭痛と吐き気、目眩に襲われて椅子に座りこむ。典型的な高山病の症状だった。しばらく息を整えていればよくなるはずだが、どうしても気が急いてしまう。五分ほど深呼吸して、多少は頭痛が和らいだところで作業を再開した。


 悪いことは重なるもので、焦りと体調不良で狭まった視野のせいで天候の変化を見落としていた。冷たい水滴に頬を打たれ、ようやく空が鈍色の雲に覆われているのに気付く。慌てて帆布を引っ張り出し、テーブルに広げた物品にかぶせた。


 次の瞬間、一気に雨が降り出した。


「もう、勘弁してくれよ」


 次第に勢いを増す雨に打たれ、全身びしょ濡れになる。

 雨は好きではない。特に、冷たい雨は人を惨めな気分にさせる。

 それでもアンジェリカは顔を上げて、作業を続ける。必要な仕事だからだ。


 リックが経営するペント・エアトランスポート社は、その名が示す通り空輸が本業で、カフェの営業はよく言えばサイドビジネス、実態としてはリックの趣味に近い。飛行士として雇われたアンジェリカは、人手不足からウェイトレスを兼任させられることになったのだが、当初はずいぶん抵抗したものだった。


 リックが食材に関して一切の妥協をしないため、売り上げと諸経費を考えると採算は常にギリギリで、普段は輸送業務で立ち寄ったついでに営業するスタイルを取っている。今回のようにカフェ業務を主目的として来訪するのは例外中の例外で、それでも採算が取れるだけの破格の報酬を提示されたからなのだが、この不時着でそれもご破算、機体の修理代で大赤字はすでに決定している。


「……っくしゅん!」

「風邪を引くよ、アン。作業は中止して、休むといい」

 いつの間にか戻ってきていたリックに傘を差し掛けられる。

「でも、明日には店を開かなくちゃいけないのに、サボってるわけには……」

「山の天気は移り変わりが早い。そう教えてくれたのはアンだろう?」


 リックは微笑みを浮かべて、傘を傾ける。

 傘の向こうに覗くのは、雲間から差しこむ光の筋。

 湖を抱く山間の村、アルレヒトを照らす柔らかな陽光だった。


「雨上がりは風が吹く、だったね。女の子なんだし、身体を冷やすのはよくないよ。ホテルに戻って、ゆっくり温泉に浸かって温まるといい」


 夏でも涼しいアルレヒトの風が吹き抜け、急速に体温を奪っていく。

 リックの言う通り、風邪を引いたらカフェの営業どころではない。


「……こんな時だけ、気を遣いやがって」

「ん、なにか言った、アン?」


 小声でつぶやいた言葉は、彼には届かなかった。

 それでいい。彼は雇用主なのだ。

 リックにそれ以上を望むつもりはない。


「別に。ほら、そうと決まったらさっさと行くよ」

「混浴かな? ついでに明日の打ち合わせをしたいんだけど」

「ばっ……なに言ってんだアホ!」

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